04話 魔女っ子シンクハーフ
異世界アステリア領。
そこの領府ってとこに招かれたオレ。
主のスピアさんという若くて偉めなお姉さんにお目見えした後、魔女学校の寄宿舎に戻った。実の所、彼女の役職とかは知らずじまい。ま、別にキョーミ持っても仕方ないんだけど。
『ヤレヤレ。人間がウヨウヨいて鳥肌立っちゃったよ』
ヌイグルミの姿で毒吐く魔女っ子はココロクルリさん。金髪ツインテの女の子。
いーかげん人見知りやめて、元の姿に戻りなさい。
「あー。小っちゃくても寮部屋は安らぐなぁ。もう出掛けたくない」
とは言え、本宅はリボルトって魔女学校の先生の家、なんだよね。
だってオレ、ソイツのヨメだから。
けども、ずぇええったいに帰りたくない。
なので「部活だから」「生徒会なの」「勉強に追われてるんだ」とか、色々理由を言い募り、キョヒって寄宿舎に戻った次第。
……そもそもなんで、そんな言い訳をせなならんのかとも思う。
だいたい、あのサラって子がオレの個体スキル【設定変更】を失効させて死んでしまったので、オレは、自身で無思慮に設定しちまった女の子の姿のまま、不本意かつ不慣れな生活をしいられる事態になってるんだ。
『……オマエ、元気ないな。領府に呼ばれたんでしょが? 人族にとっては最高に名誉なコトでしょ』
「……そぉ? 元気ないかなぁ?」
『サラって人間のコトを気にしてるから?』
「……んー。まぁ……どーかなぁ」
『スピア姫、泣いてたね。だからなの?』
「ああ、まぁ。だね。従妹だってゆってたね。そりゃ悲しむよね」
ココロクルリの問い掛けにぶっきらぼうに応えたものの、オレは心の中で、もう一度彼女とちゃんと話がしたかった、もっと早く助けに入ってあげたかった……などと後悔していた。
懐から棒きれを取り出す。
彼女の死に際に手ずから受け取った【魔法の杖】……だそうだ。
――魔女学校の生徒は全員持ってる代物だそうで。
ココロクルリによると、魔力の入出力をより効率良くしてくれるアイテムらしい。……でもなんで、オレなんかに呉れたんだろう。
リボルトセンセによると、とても大事にしていた物みたいだったのに。
『オマエ、その後の体調は?』
「いくないよ」
繰り返すがココロクルリは魔女っ子という枠組みに当てはまる。
見た目は人間だが、人間ではないって話。
分類的には魔物とかモンスターといった、ファンタジー世界での特殊キャラに該当するようだ。
ここで大事なのは、人間の中でも魔力を帯びている者はいて――彼らは【魔力保持者】と呼ばれるが――あくまで特殊人間であって、魔女じゃないらしい。
魔女じゃないんだから、魔女レベルの魔力を使えないのは当然のコト。
なので、人間風情が魔女っ子のマネをしようモンなら、それ相応に体に負担が掛かる。死期を早める可能性すらあると。
こういう話は全部、ココロクルリが教えてくれた。ま、オレにとっては手遅れ感が否めんが。
どおりでさ、白翼団を懲らしめた後、大量の吐血をし、高熱に苛まれたワケだよ! 魔力使ったら寿命縮むってよくある設定だが、お願いだから自分だけは間違いにして欲しい。
――おっと。
ココロクルリが金髪ツインテの姿にもどった。
やっぱしヌイグルミより、そっちのほうがいいと思うぜ?
ひょっとして、テンションがだだ下がりのオレを気にしてくれてんのか? ……いや、そんなコトはなかろうな。
「そっちはなんだか機嫌イイやん?」
「オマエ。色々教えてアゲてるのに、どーしてタメなの?」
「ああ、タメは不可? えー……じゃあ、ルリさま?」
「ルリさま? ウゲ。とてつもなくキモイ。まーいけどね」
怒り出すかとドキドキしたが、今日はいつもよりやっぱ、ゴキゲンのようだ。
「……いいわよ、【ルリさま】で。ところでオマエさ、スピア姫から依頼されたよね。裏町に住む魔女を連れて来いって。早く行こうよ!」
「うん、そうだっけな。……えーと」
「フィルコレーヌ、森奥の魔女。シンクハーフ・バレーヌでしょ! 行こうよ、早くー!」
フーン、そうか。
なるほど仲間に会えるから嬉しかったのか。ナットク。
「でも、連れて来るってさぁ。そんなにカンタンにはいかんやろ?」
「わたしがいるでしょう? 任せてよ!」
やっぱしご機嫌うるわしいな。
にしても。外出メンドーだなー。
「陽葵に関する情報、知ってるかもだし」
そうか。それもあったな! よし、すぐ行こう!
◆◆
「ホンマにこんなやさぐれた裏街に、お目当ての魔女が住んでんの?」
「オマエは、いーや人間どもは、いっつも上から目線でモノを言うよね。ホントにナマイキ」
「……でもさ。このあたり、結構スラムだよ? ……ホラ、今すれ違ったアベックの目、見た? カツアゲして来んのがフシギなくらい、ヤバイカンジしてたよ?」
『アベック? オマエ昭和なの? いっそバカなの? このあたりは秘伝の技術を持った職人が沢山すんでるから余所者をケムたがってるだけなの!』
「ルリさま。ずいぶんこの街の肩を持つね? 魔女仲間が暮らす街やから?」
『知らない!』
細い路地奥からトンテンカンと鉄鎚の音が漏れてくるのを心地よく聞きつつ、オレはルリさまが案内するまま、ある建物の前までやって来た。
ルリさま、ココロクルリはドアの前でヌイグルミから抜け出し、金髪ツインテ姿に戻った。
最初からそうしてて欲しかった。ここまでずっとヌイグルミを抱っこしたもの。傍からはイタイ子全開に見えてたろうからな。
などと多少ムカつきながらも、一方では、居住まいを直している彼女の後ろ姿に健気さを感じつつもあり、密かに心を和ませた。
「どーぞ」と言われて建物の中に入り、驚いた。
様々な工作道具と本の山。そしてミニチュアの模型、大小の絵画や彫刻、それに陶芸品など雑多な物で室内があふれかえっていた。古物商でもなく美術商でもなく、アトリエでも工房でもない、「なんでもやりたがりの自由人」が長年かけて作り出した空間だった。
中央に小さな事務机を据え、背中を丸めたドテラ着の少女が採血をしていた。……献血か?
処置をしているナース姿の子が針を抜き、赤い液体の詰まった試験管を容器に収める。ドテラ着の女の子と目が合った。
異世界でドテラですか。そーゆーの普通?
「ふむ。スピア姫から連絡を受けてます。つまりあなたは、異世界から来た、二巡目人生満喫少女モドキさんですか?」
「え? 二巡目? あ、……その」
「二巡目変態人生暴走満喫ドチビ少女エセモドキさんですか?」
ん? 気のせいか? 罵詈雑言をサンドイッチ加算してるような気が?
ドテラ少女はたじろくオレに近付き、オレのおでこにモノサシを当てた。正確にはモノサシのようなアイテム。長さ三十センチほどのヘンな字で目盛りをつけた透明の――。
「これは魔力測定計です。わたしの発明品のひとつです」
マジ、レグル。……分かんない。
「フウム。魔力111……ですか、なかなかのものです。魔能者の中でも限定解除された強者のレベル……いや、魔女域にも到達してますね?」
「えーと、シンクハーフさん……でしたっけ。ちゃんと説明してもらえますか。ソルシルとかラマージとか言われてもさっぱり……」
「……ふむ、そーでした。……まず、このモノサシは魔力を測定する魔法アイテムです。一般的な人間を【1】と定めて基準にしています。魔女学校の教諭並みの魔力保持者で30~50、限界を突破し神の域に達したツワモノで80~100。この者らを限定解除などと敬意と畏怖を込めて呼びます。そして、その上を行くのが魔女。人ならざる者。この者らの魔力が100以上となります。詳しくはわたしのつくったこの【魔力判定表】を買ってご参照ください」
か、買わせるんだ?!
「手っ取り早く素性が知りたがったので失礼させていただきました。ごめんなさいでした」
「……えーと、でさ。知ってたらぜひ教えて。黒姫のコトなんやけど」
シンクハーフはチラッとルリさまを見た。
「――黒姫は360年前、このフィルメルク大陸に出現した魔王魔女です」
「娘の陽葵と何の関係が?」
「陽葵……さんがその魔王魔女。前世で【黒姫】と呼ばれていました。わたしとココロクルリは、彼女の元部下です」
部下……?
「それで? シンクハーフさまにご用向きの件とは?」
ナースさんが、受付を通せとばかりにせっついてきた。
うわっ、このナースさん、メッチャ色白……どころか真っ青……? とりあえず白皙の美女と言っておくが、その子に圧倒されながら、オレはドテラ着の魔女、シンクハーフに用件を伝えた。
すると、大概チビなオレよりも更に小っちゃく思える魔女は、ちょっとだけ首を傾け、「分かりました。支度します」と、あっさり快諾した。
ウソ。そんなあっけなくっていいの?