24話 逮捕されちゃいました
サラさんとカエさん。
ふたりとも気が強そうだし、正直何仕出かすか分かったもんじゃなかったし。
ヒヤヒヤだったけど、おたがい知り合いのようでとりあえず良かったあ。
「労働組合の人たちは、わたしが呼んだの。魔女が冥界内で暗躍してるってウワサが立ってるようだったから、ちゃんと説明して誤解を解きたいって思ってね」
幅広のメチャ大きな執務机に頬杖をつくサラさんはとても格好がいい。
泰然自若ってゆーんだっけ、ムリヤリ例えるとまるで富士山みたいに懐が大きく見える。
そんな彼女の真正面に据えられた応接セットはこれまた大きく、ちょっとした打ち合わせが出来るようにしつらえてある。
カエさんとルリさま、わたし、バズス、そして失神中の巫リン。
その向かいに労働組合の人らをつかせて、サラさんが応対する。
「魔女が、例の【蜘蛛の糸騒動】があったときに、冥府で便乗騒ぎを起こしたのは事実よ。それは認めるわ。しかし、それがヒラ閣下の差し金であったと言うのは完全な言いがかりであり、事実無根のでっち上げです」
「ではそのウワサは、ヒラ氏に敵対する前冥府長派が仕組んだ陰謀だと言われるので?」
「その通りです。さっきのこの人たちの会話を聞いていましたね? この者たちの中に【魔女】がいるのは理解したでしょう?」
「ラ、ラマージ……!」
組合のおじさんらに、再び動揺が走った。
空気読んでサラさんに忖度しよう。
とりあえずここに魔女がいるって証拠を見せとくか?
こそっと小声で、
「ルリさま。ほら」
「なによ? 『ほら』って?」
なによ? やないっす! ここは魔女って証、見せなきゃでしょ!
んもぉ、こーゆーとき鈍感なんやからぁ。
「えーとさ。この人たちになにか、魔力を披露してあげてくれない?」
「え? どーして? こんなところで?」
んもぉ。
バズスがあからさまに小馬鹿にした表情を浮かべている。ルリさまがそれに気付かないのは幸い。気付いちゃったら絶対ケンカになるから。
「んじゃ、仕方ねー。オレっちが金髪ロリっ子に代わって見してやるベーよ」
ゆうなり、ボッと爪の先に火をともした。そうしてグルグルと手を回す。
一回りごとに炎が大きくなり、すぐに天井に燃え移りそうなほどの火柱が立ち上がった。
「うわっ。わ、分かった分かった。分かりましたから。……その魔女の方たちが、お仲間を探しだと?」
「ああ、そーだヨ。もっともオレは魔女でなくゴブマージだけどナ」
「魔女は、魔女をだました連中に天誅を喰らわせて、魔女仲間を連れ帰りたい。さっきから彼女らはそう訴えているわけです。そうですね? 魔女さん?」
「そ、そうよ! 魔女を利用しようとした連中のアジトを知ってるなら、さっさと教えなさい」
ルリさまがようやくわたしらの会話に追いついてくれた。
労働組合の人らは顔を見合わせ、激しくうなづきあった。
「路面電車で東一番地区に行きなされ。下車した所に一等大きいビルがありまして。そこが野党本部ですわ」
「でも、そーゆってもただの野党本部やん。彼らは秘密の結社を組織して地下活動をしているんでしょ? そんな目立つとこには根城は置いてへんのんとちゃうのん?」
「まあ、無論そうですが。ときどき我々組合に接触してくるんですよ。場所借りして。ちょうどたまたま、今日の三時に呼び出しを受けておりまして」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
一等大きなビルというのはすぐ分かった。
前面ガラス張りの地上三十階建て、二十階以上が双頭になった高層建造物。人間界ではそう珍しい物じゃないが、冥界では類を見ない規模。
「ヨシ、入るだすー」
「待って。こんな真夜中に、しかもこんな大勢で入るわけ? 警戒されるって。見張られてたらどーすんの?」
じゃんけんの結果、バズスとルリさまは居残り組。対面のファミレスで待機。
(意識の戻らなかった巫リンはサラさんに預かってもらった)
勝ったわたしとカエさんが潜入することになった。
玄関に向かう。シータンを探しながら。
よそ見してたので、ビルから出て来た人とぶつかりかけて平謝り。ナニやってんだか。
――さぁ。いよいよ入ろうとした。……んだけども。
説明できひんのやけど、入館の直前、虫の報せとゆーか、ヤな予感がした。
なんだろう……?
気付き? ……違う、と思う。だってなんも気付いてないし。
違和感? としかいいよーが無い。でも明らかに予兆がある。
だからわたしはカエさんに、
「わたし一人で先に入るよ」
「なぜですか? わたしが足手まといだと?」
「念のためやって。カエさんには、玄関付近で様子を見張ってて欲しいんや?」
彼女は一瞬不服そうな表情を浮かべたが、うなづいてくれた。
「ありがとう」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
――彼らが約束したって時間は三時。
まだ一時間以上もある。
わたしは喫茶コーナーの自販機でコーヒーを買い、応接コーナーを見渡すことが可能なベンチに腰かけた。
左側にはだだっ広いロビー、その奥の受付には、雑誌に目を落し続ける警備員が入館者を気にするでもなく、漫然と腰かけていた。
そして右側の玄関を入ったばかりのところにはカエさんが、まるで置物のように気配を消して佇んでいる。わたしの依頼を素直に実行してくれてる。
「あ、失敗した。わたし、コーヒー苦手になってたんやった」
プシ……とプルタブを開けて一口すすったところでそれを思い出した。
ビジネスシーンを想起させる場所だとつい、転生前の習慣が出てしまう。コーヒー購入もそれだ。
残業時の眠気覚ましのつもりだったんや。
「でも、ムリして飲んでたら意外とイケるようになるかも」
味覚が変わってもうたんはちょっと残念でもあり、可笑しく興味深い事でもある。見知らぬ自分を発見するチャンスだって思えるからだけど。
――ブルッと缶を持つ手がふるえた。
前面に人影を感じたので。
顔を上げたときに、もう一度ふるえた。
さらには四方に人の気配を感じたので。
「……シンクハーフ・バレーヌか?」
天上の照明で逆光になり、目が合わなかったが、恐ろし気な面相をしているのは判った。
日本でゆーところの【警察手帳】のような物を突き付けられた。
「返事しろ。シンクハーフ・バレーヌなんだな?」
更に強めの口調で繰り返された。
「はい」
ハッキリした声音で、わたしはそう答えていた。
答えながら両手をゆっくり挙げた。警官らしき人らが一斉に腰の銃に手を当てたが構わずに手首を回した。
「フワリ」と【ドテラ】がわたしに被さった。
「ドテラの魔女、シンクハーフはわたしですが、何か?」
このとき、わたしはようやく先ほどの違和感が何であったか、覚ることが出来た。
警官の後方に立っているひとりの男。
さっきビルの前でぶつかりかけた人だ。
その人の左胸には、丸い胸章が光っている。
「おじさん。アンタ、労働組合の人やったんか? サラさんとこで……」
言い終わらないうちに「ワッ」と両腕を羽交い絞めされた。
乱暴に後ろに回された手に、ガシャリと冷たい感触があった。て、手錠!
「任意だが拒否はさせん」
「暴れるな」
「魔力遮断」
「処置完了」
「現地二時一一分、被疑者確保」
「任意同行承諾」
――視界の先、玄関口にシータンの姿が見えた! ドテラは羽織っていない。
わたしに助勢しようとしたカエさんを後ろから捕まえ、口をふさいでいる。
異変を察知したのか、ルリさまとバズスの姿が見えた。シータンが何かゆってる。
ルリさまと目が合った。
そしてシータンとも目が合った。
手を振れないわたしは、スマイルを向けるのが精いっぱいだった。
ルリさまの能力で四人が異空間に跳んだのを見届け、わたしは全身に込めていた力を抜いた。




