03話 ソルシエールマージ
子ネコのヌイグルミの正体、それは【ココロクルリ】という金髪ツインテの魔女っ子だった。
「ヌイグルミを返せ? イヤよ。キモオジサンの持ち物になってるより、わたしのオキニになってる方が、この子にとって何億倍も幸せだもん」
真顔で言ってら。
「えーと。ココロクルリさん? ところでキミ、なんでヌイグルミに乗り移ってたん?」
「だってわたし。人間キライだから、人間の前だとヌイグルミになるの」
ほうほう。人間ギライの魔女っ子さまってか。
――いま、オレは寮の自室で密談中。
様子がヘンだからと、サラに隔離されちまったのだ。
「わたしと話すのは平気なん?」
「オマエはもう半分魔女っ子だし。【設定変更】って立派な個体スキルも持ってんし」
「そのさ、おしるこべんじょって何なん?」
「お前! アタマ悪いのも大概よねっ! 【設定変更】! 謎だらけのトンデモ無双魔法能力よ?! はあぁ、ブタの耳に小判ね。アッタマいたい」
いろいろな単語がくっついとりますが、つまりは悪口だね、ウン。
「わたしさ。娘の陽葵を追い掛けてこの世界に来たんや。ココロクルリさん、なんか手掛かりを教えてよ」
「こっちが聞きたいくらいよ。わたしもバズスって魔物を追ってんの。アイツ、人の個体スキルを盗みやがってぇ、ムカつくー!」
「そーだよ、恐らくソイツが陽葵を誘拐したんだ! そのバズった男や、きっと!」
「バズスはソイツの名前ね。……このままほっといたら陽葵、また黒姫さまにされちゃうよ!」
ノワル姫ってなんじゃ?
日本語で言え、日本語で。
「だいたいわたし、なんで女の子……魔女っ子になってんや?」
「個体スキルで変身を望んだんでしょ、オマエ自身が。それが【設定変更】の能力なんだから」
言葉が足りんわ。もうちょっと丁寧に教えろ。
「こっちの世界に転移した時、魔能者の端くれになったオマエは、個体スキルを有した。個体スキルは魔能者なら誰でも例外なく備わっている能力。その人固有の魔法能力。オマエの場合は《設定変更》。切羽詰まった時に、無意識に頭に浮かんだ人物像を自分にむけて投射させたんでしょ、多分」
――ふむ。ある程度の納得を得た。無知なオレに一生懸命説明してくれた。見せてる表情と中味がマッチしない子だな。今後は少々のナマイキは大目に見てやろう。
「……言われてみりゃ、確かにそーかもね。魔女学校のサラとか、関西弁の陽葵、それと、教壇に群がってた生徒たちなんかを眺めてて。あと、小っちゃい女の子のことを思い出して……」
「最後の【小っちゃい】って?」
「あ、いや、それも陽葵。それで無意識にイメージしたモンに変化したって? 化けたんやなくって変身したって? ……はぁ、なんともデタラメなご都合主義ファンタジーや。……にしたってさ、どーしても引っ掛かるんは、あのリボルトってセンセーよ?! なして好き好んでアイツのヨメにならなアカンの?! このカワイイ姿もちょっとは名残惜しいけど、やっぱり元の姿に戻りたいよ」
「……そうしてあげたいけどね。オマエ、あのサラって女に個体スキル封印されちゃってるし」
封印?
問い返そうとしたとき、窓の外で爆発音がした。
◆◆
「総員傾聴ッ。我々は白翼団! 偉大なる京師サントロヴィールは、このアステリアを悪魔の住処として認めた! すべての原因は、魔物に毒された暗愚の姫、スピアにある! そしてこの学校は悪魔を育てる中枢機関である。我々は無垢で無知な雛鳥を解放するため、ここに来た!」
ヌイグルミに戻ったココロクルリを伴って爆発音のした講堂に来てみると、壇上で女が吠えていた。彼女の周りには武器を持った大勢のお仲間がたむろしている。
壇上の端には人質の女生徒たちの姿。一様に怯え縮こまっている。
「あ。ハナヲ、勝手に部屋を出たらダメでしょう! 大人しく戻ってなさい!」
近付こうとするとサラさんに見咎められた。
「いったい何の騒ぎなん? あの人、わたしに大量のビラを渡した人やけど?」
……って、おっと。ビラを渡されたのは【おじさんだった時のわたし】か。口が滑った。
「あれは超革新派の武装集団よ。『アステリアから魔物を一掃しろ』『魔女を全員死刑にしろ』これが連中の2大要求よ」
ヌイグルミのココロクルリがガチャガチャ暴れた。魔女を死刑って言われて怒ってるんだな。
「魔物との共存共栄を目指している領主のスピア姫を追放するんだって。暴力で物事を解決しようとする大バカ集団よ」
タメ息をつくサラさん。
目を据わらせて連中に歩み寄った。
「ああ! よせ、サラ! 勝手に行動をするな、戻れ」
リボルト先生だ。オレの旦那だ。オマエ叫んでないで止めろ!
「リボルトセンセっ、サラさんを止めて!」
だが彼女の足取りに迷いはなく、早々と壇上に上がり、声高に宣言した。
「わたしが代わりの人質になるわ。この学校の生徒会長よ」
「はん? 生徒会長だと? 一介の小娘にどれだけの値打ちがあるの?」
女が、語気するどく応じた。
「値打ち? ……どうかしら、わたしはアステリアの女領主、スピアさまの従妹よ。……その程度じゃダメかしら?」
仲間らと顔を見合わせた女リーダーは、呆れたように首を振りつつも「OK、分かったわ」と即断し、サラと入れ替えに、すべての人質を解放するよう指示した。
「すごい……彼女。……サラさん」
ただただ、彼女の勇気に感動した。
その一方で、一歩たりとも前に踏み出せなかった自分にそうとうな嫌気がさした。
その時だった。とんでもない事が起こった。
解放待ちの女生徒が残り数人となったとき、白翼団メンバーのひとりが、サラさんの背後に近付き、「ドン」と背中を押した……ように見えた。……が、ガクンとよろめいた彼女はそのまま前のめりに倒れて動かなくなった。
――な、何が起こった?
「サラあぁ!!」
たまたま一番前に居たリボルトセンセが大声を上げた。
柄の生えたサラの背中、そこからあふれ出る赤いカタマリ……。
――コンナ・ガキノ・イイナリニ・ナッテンジャネーヨ。
凶徒がそうわめいて、女リーダーをも斬り殺した。
「な……な……なんてコト……!」
ギリギリギリギリ……とアタマの中で変な音が響いた。額がズキズキした。
狂ってる……!
交渉? 取引き?
端からそんな気無かったじゃねーか!
ただただ女生徒たちを脅かして、世の中の文句をわめいて、暴れたかっただけじゃねーか!
「エンドブラシ団ッ! アホンダラどもーっっ!」
『エルブランシュよ。って、オマエ、悔しいの?』
オナカにくくり付けていた子ネコのヌイグルミ、ココロクルリが訊ねる。
――ああ、そりゃな。クヤシイさ。
無意識の行動だ。オレはサラさんの元に飛ぶように走り寄った。
「なんだ、このムスメ?」
「わたしはハナヲ。一介のサラリーマンや。名前がある分、名無しでクズなオマエらよりずいぶんマシな存在や」
「なんだと、このチビ」
白い光に染まるオレ。だがフシギと驚きはない。
むしろ、内から溢れる文字列を解き放ちたい想いに駆られた。
手の平が真っ赤になったので、広げると、炎の塊が浮かんだ。
「なあっ?! こ……コイツ、詠唱無しで火弾を作りやがったぞ?!」
「ま、まさか魔女か!?」
「違う、コイツ……――限定解除だッ!」
死ねや! オマエらっ!
『死刑?』
――っと。
ココロクルリさん、妙な間で質問すなっ。ちょっと気が削がれただろ!
『死刑しちゃうの?』
えーと。ちょっとカッカきちまったが、そーだな。
「オマエら、全員逮捕や。わたしに勝てるヤツは一歩前に出ろッ!」
灼熱の右手を差しつけ、エンドブラシ団に対した。
バラバラ……と武器が床に転がった。ひとりも余さず両手が上に挙がった。
……ココロクルリさん。
キミのおかげで人殺しせんで済んだよ……。