12話 ハナヲ、同類を得る
「ただいま」
――わが娘、暗闇姫陽葵がご帰還。
それまでシータンにへつらっていた巫リン試験官は、今度は土下座を維持したまま百八十度身体を反転させて、お出迎え。
おでこと床に「磁石」でもついてたん? って思えるほどの俊敏さで。
その媚び方、天下無双やな!
てかさぁ、さっきまでわたし対してしてなかったっけ? その土下座。
げんに惟人は、まだこちらに向きの正座を崩してないねんで?
そんなモヤモヤな感情を一蹴したリン試験官。上ずり気味の声で、
「三位さま。ご機嫌麗しゅう」
はぁ? 三位! 三位って。陽葵は三位ってか。
すごいんやな。
わたしは九位、娘は三位。
へー、そーなん。なんかイヤだ。
それなのに陽葵、
「三位? それ嫌味なの? 一位ヤロウに跪けとでも? そーゆーコトを遠回しに言ってんの、オマエ?」
陽葵よ。ナニユエそんな風なひねた解釈すんねん。充分な高位職やんか。率直な感覚で例えたら常務取締役くらいの響きがこもってんで?
わたしなんか下っ端の下っ端ってカンジやで?
「滅相も! しかしながら、正冠さまを嘲弄されては、いついかなる罰を受けるか知れません……」
「なんやと? 罰やと? 誰が、誰に対し?」
「あ、いえぇぇ!」
「フン。黒姫でえーわ、わたしのコトは。今後は必ずそう呼称なさい」
「ははぁっ! く、黒姫さま」
「良かろ。オモテを上げ」
そう言われてもまだ躊躇し、平伏している巫リン試験官を睥睨する、黒姫・陽葵。
ふたりの周囲に、ひんやりとした冷気と、瘴気を連想させる黒い霧が立ち込めだした。
それに、いつの間にかシータン、ルリさまも跪いてる!
魔宮か、ここは。
いや、ちゃうって。
荒れ具合サイアクやが、正真正銘、わたしんちの玄関や。まちごーたらアカンで!
「……って、アレ? あなた、田中さん? 田中さんやないですか。今晩はぁ。以前は父が大変お世話になっておりました。その後もお元気そうで、なによりです」
へ? 陽葵? どーした?
何、その豹変?
「あ、いっ、いえ。こちらこそ。ひ、ひ、ひ、いや、黒姫さまも」
「あ。陽葵でいいですよォ」
おおっと?
急に「ですます」調になってる陽葵さん。
かたやどーして良いのか困惑の極致っぽい、リン試験官。
……田中って言った?
田中って?!
「今日はどーしたんですか?」
「は、はいぃ。今日はですねぇ、お宅のハナヲさんに魔女試験を……偉そうに申し訳ございません」
「あー。お父さんの。これはこれは、奇縁ですねぇ。わざわざ済みません」
「ちょちょちょ、ちょっと待ち。陽葵、アンタこの子と知り合いなんか?」
「……無論。コイツは新参の部下よ。巫リン、従六位」
「いやいや、そっちの関係性も気になるけど、もういっこの方の……」
「田中の関連? そっちはお父さんの方が詳しいんとちゃうの? 田中さんでしょうが、お父さんのいた会社の、元同僚の? ちゃんと挨拶したん? 社会人として常識とちゃうかったん? わたしはしっかり挨拶したで、いま?」
――あ。
え……ま、そ、そーはそーやけど。
にしてもなんやけど!
「――って、田中ぁぁぁぁ?! あの、田中?! 試験官、田中やったんかっっ!?」
――田中秀一。
わたしがオッサンやった頃の同僚で、後輩。ちょっとクセあるヤツやったけど優秀な社員やった。なぜかわたしに懐いてた印象がある。うん、もちろん当時、ヤツは男やった。
「元中年オヤジってゆってたな。……アンタ、ホントに田中か?」
「は、はい。そーです。いまは超絶ロリ美少女・有能魔女っ子ですが、前は中小企業勤務のしがない中年。二十五歳・独身男でした」
「二十五で中年ってゆーなよ……」
そーか。って、むっちゃ恥ずくなってきた。
なんで自分の過去を知るヤツの前で女の子づら晒しとんねん、わたし。などと。
公開処刑でしょ、コレ。
「ま、まぁ、そー恥ずかしがらないでください。わたしたちは『同類』なんですから」
「やから余計恥ずかしいんやわっ!」
なぁ田中。頼むから、そんな憐みの目で見んとってくれる?
それと、シータン。頼むから、その蔑みの目、ヤメテほしい。おなじくルリさまも。動物園でオリの外から『ヘンタイ』観察するような目つきすんの、止めなさい。
「田中さんさぁ。けど今は六位の魔女だっけ。わたしさ、これからあなたに対する態度、どーしたらいいかな? 田中さんを通すの?」
「いっいえ! 三位のお心のままにっ。じゃなくって、黒姫さまのご意向にままにっ」
小五女子が素早く拝跪して、小六女子の足のつま先にキス。
うっわ、なんて光景やねんっ。ヤメレっ。
「田中あっ! うちの娘に……! あ、いや、陽葵も陽葵やっ! 子供がそんなヘンな遊びに走ったらアカンっ!」
「遊び? 遊びちゃう。忠誠を誓う挨拶やんな、田中さん?」
「真名だけは、それだけはごカンベンを」
「フフ。分かったわ、巫試験官」
はあぁぁ。
魔女の世界も大概や。
わたしはその仲間入りをするための試験を受けてるんやなと思い至る。
今後を想像したらゾッとした。
田中秀一改め巫リン試験官。
さよなら。わたし、ついていけません。
「わたし、やっぱ魔女なるのやめる」
「へー。オジサンに戻るんや? そのほうがいいんとちゃう?」
ニヤつく陽葵にムカつく。
でも魔女っ子の末路。こんな屈辱的な挨拶をするのはイヤすぎる。
どうすんや。
「魔女になるのを諦めるなら、憐れな中年、独身独り暮らしに逆戻り。無職就活者の誕生やね」
「……あ」
「そこまで発想せんかった?」
「……せんかった。てか、陽葵はおるやろ? 独り暮らしやないやろ?」
「おるわけないやろ。お父さんから解放されて、元の世界に帰るって」
「えっ、そんなんアカン! ゼッタイにアカンっ」
中年も独身もしゃーない。自らが招いた結果や。
でも独りぼっちになるのだけは、イヤやああぁぁあ。
「黒姫さまっ!」
「なんだ? 巫従六位試験官」
「ハナヲさんが試験に合格した暁には、彼女がわたしのクツをナメてくれるんですか?」
「トーゼンな」
「なんでも命令を聞いてくれる? あんなコトとかこんなコトとか」
「もちろんな」
「うっはああああ。いーですねぇ!」
興奮度、最高潮のリン試験官。美少女面をゆがませて、鼻血でも噴きそうな勢い。
スマンが正直キモすぎ。
陽葵、お父さんもう限界。そろそろその辺で止めといてくれますか。
「あ。そうだ、お父さん。リボルトセンセがさっきそこの公園にいたよ? 迎えに行った方がいいんやない?」
「リボルトセンセ?」
「元気なかったなぁ。けど、声かけすんのは辛かったしなぁ」
「そーなん?」
「今日も就活うまく行かんかったんちゃう?」
「就活……あっ!」
いやいや。ちゃうねんっ。
彼なら心配ない。
もう就活する必要ないんや!
明日、南田センパイが、校長か教頭に真実を話してくれるんやから。
学校クビにならんで済むんや。
一刻も早くゆってあげなきゃ。
「わたし、迎えにいってくる!」




