11話 ハナヲ、目上を叱る
悲劇はその夜、突然に。
そしてそれは、起こるべくして起こった。
いつかはこーなると思ってた。分かってた。それなのに。
わたしもアホチンだよ。
――この日、巫リン試験官が帰ろうとしたところ、ベストなタイミングで惟人が帰宅した。
何回も説明してるけども、たぶん忘れてるか、初見の読者ばかりやと思うんでしつこくゆーと、彼はれっきとした勇者。それでもって、巫リン試験官は、魔女っ子。そやからこれまた、れっきとした魔物の類。
両者犬猿の仲ってか、本来のところ仇敵同士。それが鉢合わせってやつで。
先に攻撃を仕掛けたのはリン試験官。
視界に勇者を捉えたとたん、魔法の杖をひねって暴風魔法を炸裂させた。玄関のシューズボックスもろとも飛ばされた勇者は、玄関ドアに思いっきり身体を打ち付けた。
しかしそんなのでは彼はひるまない。往時に比べ劣ったとはゆえ、そこは勇者。
間髪入れず彼から放たれた火球がうなりを上げて、魔女っ子・リン試験官に直撃。
そこは廊下の奥。ってーと、場所的には和室。
リン試験官オキニの手提げと、畳ぜんぶが焼け焦げて消滅した。
リン試験官、防壁を展開しつつ、ふたたび反撃開始。
玄関に通じる廊下全体が、瞬時に紅蓮に染まった。
「だあぁぁぁーっ!! もーヤメテぇぇ!」
必死のパッチで叫び、制止を試みるも、先に手を止めた方が死を見ることになりそうな勢いやったもんで、急停止は不可能っぽかった。
「ルリさま! ボケッとしてんとなんとかしてっ!」
ところがルリさまは課題の事でアタマがいっぱいらしく。まったく戦力外。
わたしの出番しかないと悟る。
「やっめろぉぉぉ、アホチンどもおぉ!」
剣と杖、久々の二刀流を現出し、ありったけ魔法を叩きつけた。
目を丸くしたふたりは防壁ごと滅しかけ、同時かつ瞬時に攻撃を止め、わたしの眼前にヒザを屈す。
「ハナヲちゃん、さすが限定解除だね」
「ちゃう! 設定変更使って、上限排除を実行したんや。ゆってみりゃ、超限定解除や! てーか、そんなんどーでもいーわっ、アホチンがっ! 新築一年経たずしてもう我が家、廃墟ドーゼンになってもたやろっ」
一か八かの設定変更行使はなんとか成功した、でももう手遅れやのよ。家ん中は目も当てられない惨状ですわ。
壁はボロボロに剥がれ落ち、床はひん曲がって水浸し。さらに天井は黒焦げの穴あき。
「アンタらなぁ! どないしてくれんねんなあぁぁ!」
「ずびはせんでしたぁ!」
ふたり、ヒザ打ち揃えて土下座の平謝り。
そう、「あの」リン試験官も。いーや、試験官かビーカーか、なんか知らんけど、家壊していー道理はないやろ!
何よりこの家、わたしがそれこそ死にかけながら得たお金で買うたヤツやねんぞっ。
そこへ、スタバの持ち帰りコーヒーすすりながら階段を下りて来た「ドテラの女子」ひとり。シータンさん。
「……あらあら。にぎやかに運動会かと思ったら魔法大会ですか。それより早く晩ゴハンをお願い出来ませんか?」
「これが行事に見えるんやったら、晩ゴハンよりも眼科に行ってコンタクトレンズ頼む方がいいで!」
「あらあら。まぁまぁ。前回の後書きで調子に乗って、上手い事言おうと励んでますか?」
「あっ! これは正五位さま! お疲れさまでございます!」
土下座のはずのリン試験官がはじかれたように立ち上がり、緊張を走らせて最敬礼した。
「ん。ご苦労さま。巫従六位。新入生」
「従六位? で、新入生?!」
「ええ。今年、魔女入りしました。……何か?」
「つまり、ルリさまよりエラくて。……でも新人であると? しかしながら試験官だと?」
「……そーですけど? ……別にいいじゃないですか?」
「あ、いや文句があるわけじゃないし。でもちょっとそれで安心した」
「どういうことですか?」
リン試験官に詰め寄ってやる。わたしなりの反撃。
「あいにくわたしは体育会系でなくって文化系出身や。上下関係のノリは分からへんし、分かりたくもない。従六位やからってエバっても、悪さは許さへんからなってコト」
「は、はい。べ、弁償しますから」
「子供にそんなんできるわけないやろっ。出来ひんことを『やります』とかカンタンにゆーの、大人の世界じゃ『無責任』ってゆーねんで? それよりも、『悪いと思ったら素直に謝る』、『二度とせんとこって自省する』、『相手への思い遣りを持つ努力をする』、そーゆーコトの方が、子供にとってはもっと大事ちゃうかとわたしは思う」
「説教くさ。立派な元アラフィフです。ズズズ」
「シータン。コーヒーブレイクで茶々入れんとってくれる?」
「コーヒーなのに、茶々なの?」
「ルリさま。どーにも役立たんタイミングで話の輪に入らんとってくれる?」
わたしはショボンとしてしまったリン試験官に気付き、あわてて、
「ヘコまんといて。年端も行かん子をイジめるつもりは無かってんから。ヨシヨシな?」
アタマを撫でてその場をごまかした。
「幼女を泣かそうとして、イタズラを企んでますね?」
「逆や、逆! 取りなそうとしてんの!」
リン試験官がわたしの手を払った。
「ご、ごめんっ。触られてイヤやった?」
「やーいやーい。ロリコン少女」
「いちいち絡むなー、クソー」
ウザさ五割増しのシータンに閉口する。
「わたし、幼女じゃありませんから」
「え?」
「わたし、暗闇姫ハナヲさんと同じく、『元』中年オヤジです」
「ええっ?」
ごちゃごちゃモメてる渦中に、娘の陽葵が帰って来た。
「ただいまー」




