09話 まなかなに翻弄
――眠みーなぁ。
瞳を閉じちゃったら、もう夕方になってそうな気がする。
しかしながら、ただいま授業中やし。そーゆーわけにはいかんし。
「次、暗闇姫。読んでみろー」
あ。担任がなんかゆってる。
後ろの子にツンツンつつかれた。メガネちゃんだ。
分かってるよ、五六ページでしょ!
「――私は、彼の魔法棒のために……」
颯爽と読み始めたら即座に怒られた。英語の時間だったですか、いま。
――昨晩も、夜の十時から翌四時まで冥界でバイト。三人のカタコト日本語の人らと『寒天?』 づくりに従事した。
「はなをサーン。早クシテクダサーイ」
「するってナニを?」
「魔法注入デキルノハはなをサンダケデース。機械ノ装入口ニ注入シテクダサーイ」
「魔法注入? わたしが? それが原材料っての?」
――以上が初日のやり取り。
その後は一定の間隔を置きながら火球魔法を装入口に打ち込み続けた。じわじわ溜まる疲労感と引き換えに新たな製品が生み出されてく。
魔法注入、取り出し、箱詰め。これが大まかな作業工程。
早朝に帰宅し、グッタリとベットに倒れ込んで爆睡。そんで三時間後に起床して登校。
放課後は自宅で魔女の巫リン試験官の来訪を受けて、課題の打ち合わせ。さらにその後、リボルトセンセの再就活報告を聞き、十時に冥界に出勤。
そんなサイクルの生活がかれこれ四日ほど続いている。
「ねぇ、その気になってくれた?」
放課後、後ろの席のメガネちゃんが話しかけて来た。
「な、なにが?」
「同人誌活動よ。暗闇姫さん、今日時間ある?」
「ほえぇ……っと……」
今日はバイトが無い。
でもでも。悪いんですがわたしには重大な用事が。
今日こそは教頭、出来たら校長捕まえてリボルトセンセのコトを問い詰めなきゃなんないの!
「教頭? 校長? ふたりとも九州の姉妹校に遊びに行ってるじゃん。あ、違った視察旅行か。担任がペラペラしゃべってたでしょう?」
そうやったね。……わたし昨日も一昨日もそれ聞いてた。
「わたしん家で冬コミ本の打ち合わせしよ?」
「ふ、冬コミ……って、コミケ?」
「そう! わたし同人誌つくるの初めてなんだー。一緒につくろーよ」
「う、うーん……あんましゆっくり出来ひんけど、いい?」
巫試験官の訪問、今夜もやったよなぁ……。
課題はいちおー決めたんやけど、まだちょっとどーするか悩んでんねんなぁ。
「ね、じゃ行こ」
招かれた部屋はごくフツーの、いかにもこの年頃の女の子が好みそうなファンシーグッズやポスターなんかの装飾で満たされた――とは程遠い、純和風のたたずまいの部屋で――、だだっ広い畳の間に、これまたごっつい座卓が「デン!」と据えられてて、まともに推察すると、この部屋は彼女の部屋ではなく、お父さんかおじいちゃんのじゃないのって気がする。でもれっきとした中学生女子の部屋。
それは別にどーでも良かったんだけど、何よりもわたしの思考を乱したのはその座卓の向かい側に座っている女子、メガネちゃんとは別の、二年生の先輩。
ちょっとヤンキー入ってる?
ヤンキーってもう絶滅してんだっけ? でも現実に目の前にいるのは、わたしの表現力じゃヤンキージャンルにしかくくれない子やねん。パイセン・ヤンキー娘。ミポリン思い起こして若干テンション上がるなぁ。みんなは知らん人やね。ごめんね。
仮称ミポリンさんが開口一番、わたしに質問をぶつけて来た。
「前から気になってたんだよね。アンタさ、あのヘンタイ教師の性奴隷だったんだろ?」
「ぶえっ!」
すすりかけのお茶を吹いた!
吹かせて頂いた!
「あ、アンタ、言うに事欠いて『セイドレイ』って……」
「先輩にむかってアンタ?」
「ご、ごめんなさい……、えと」
「二年五組、南田カナ」
「わたし、暗闇姫ハナヲです」
「だから知ってるって。ヘンタイ体育教師の……」
「わあああっ、もういいっす。センパイ」
わたしらの会話を無視し、座卓にちゃっちゃとノートを広げたメガネちゃんが、
「ところでさ、わたしの名前は判るよね?」
ごめんなさい。カンベンしてください。
「いちおー言っとくね。水無月まな。マナでいいから」
「あー。マナカナで覚えやすい―」
「バカにしてるっしょ? アンタこそ『暗闇姫』なんて、厨二全開ネームだろうが」
「あ。そんなワケでは……、あ、いえ。そーすねー。全開っすねー」
やりにくー。ホントやりにくー。
ところでわたし、ここに何しに?
「って、カナ先輩!」
「南田」
「南田センパイ! たぶん知らんって思うからゆーんですが、あの教師、リボルト先生はわたしの」
「わたしの?」
あー、えー、そのー。
「ゴシュジンサマなんだよね? そーなんだよね?」
マナさんのフォロー。
でもちょっとちがうねんー。
「彼は家族なんです。だから誤解を招いたってか……」
「分かった。そのネタで行こう、冬コミ。ハナヲがネームを描け。わたしらは作画と仕上げに専念する。いいな?」
「人の話、聞いてます? 南田センパイ?」
「いつ上がる? 週末とか言うなよ? その日は取材活動をするからな」
「は?」
「センパイ、暗闇姫さんと映画を見に行きたいんだって」
「はああぁぁ?」
カワイカッコイイ、南田センパイが頬を赤らめている。
まさか。
「心配いらないよ。南田センバイとわたし、漫研だし絵に自信あるから」
「会話が数センチくらいズレてんでっ? そっち方面の話や無くって、南田センパイの趣味嗜好ってか……」
「照れるな。わたしもデートは初めてだ」
とうとうデートってゆっちゃった。
暗闇姫ハナヲ。十三歳。
青春してます?
「映画デートっすか?」
「あのヘンタイ教師はわたしが始末してやったから安心しろ。心置きなく恋愛が出来るってもんだろ?」
「南田センパイがアイツを追放してくれたんだよ?」
「あ、アイツって、リボルトセンセ?」
「ロリコンエロヘンタイ教師はわたしが成敗してやったんだ。感謝して欲しいな」
な、なんですと?!




