07話 リボルトセンセの受難
学校をクビになったってどーゆーコト?!
とりあえずリボルトセンセをリビング引っ張って行き、ソファに座らせた。
落ち込み度合いが甚だしい彼。
なあ、キミ、騎士称号、得てたでしょ? 明朗快活で華々しかった面影、まるで無しやで?
天王寺の飲み屋すじでぽったくられて、しょぼくれてるサラリーマンと何ら変わらんよ。
でもな、わたしだって動揺してんねんぞっ。
なんでって、アンタのそんな、済まなさそうな、辛そうなカオ、いままで一度たりとも見たコトなんて、無かったんやから! なあっ?
「……事情、聞かしてもらおーか」
「……反抗的な女子がいたんだ、クラスに。授業に身が入ってないカンジで」
「それってただ斜に構えてただけやったんちゃうの。――で、それがどーしたん?」
「ビンタした」
「なっ?!」
「ビンタ、した。そしたらクビになった」
「ちょちょちょちょ、いきなりビンタ?! そこに至る過程があるでしょ? ちゃんと順番追って話してよ!」
――彼、リボルトセンセは、わたしの通う私立中学の体育教師。
授業中、彼の説明をちゃんと聞こうとしない生徒がいた。カンタンに言っちゃえばヤル気が感じられない子。
放課後、その子を生徒指導室に呼び出して理由を聞きただしたそうだ。
そしたらその子、「先生キモイから」って答えた。
リボルトセンセは「キモイって思うのは自由だ。思っててもいーから、授業の説明はしっかり聞いておけ。でないと思わぬケガをするかも知れんぞ」って諭した。
そしたらその子、こう返したらしい。
「『例えばどんなケガよ?』 って。だからオレは、ねん挫とか、ボールでカオを打つとかって例えを出したんだ。そしたら『そんなの自己責任じゃね?』って」
「うーん。まー自己責任ってたらそりゃそーだけど、でもいざ生徒がケガしたら、親は教師の責任だってキレて学校に怒鳴り込むよね?」
「あーそーだな。でも、そんな問題じゃない。とにかくオレは、生徒たちに痛い思いをしてもらいたくないんだ。だからそう言われて、ちょっと頭に血が上って……!」
「ビンタしたんか?! 短気やな!」
「ちがう! 肩に手を掛けて軽く揺さぶったんだ。すると素直に『分かりました』って」
「……ナットクしてもらえたんや。……ヨカッタやん」
「ちがう!」
「ちがうんかいっ?!」
「話が終わって部屋を出た後、すぐに校長室に呼ばれて。『えー。キミ、生徒に不適切な行為を働いたね?』と。校長、教頭、学年主任に詰め寄られた」
「ふてきせつな、こーい……」
「分かりやすく言うと、婦女暴行だ」
「行き過ぎやーっ、《セクシャル・ハラスメント》な?! いちおう、そこはより正確性を求めて言い直しとこ」
校長はリボルトの目の前にスマホを置いた。その生徒の物だ。遣り取りを録音されてた。それを流された。以下、リボルトの記憶による再現。
『どうして言うことを聞かないんだ。痛い思いするだろ』
『センセイ、キモイ……』
『キモイって思うのは自由だ』
『分かりました……』
うっわ。
思いっきし編集されてるやんっ。
完ぺきにハメられてるやーんっ!
「その場で当分の間の自宅謹慎を言い渡されて廊下に出たら、その生徒が聞き耳立てて笑ってて。『きょーび生徒とイチイチで部屋に入るとか、セキュリティ甘だね』って。思わず肩をつかんだら、ビンタされた。『センセイにビンタされた』って叫ばれながら」
「センセ、ビンタしてへんやん!」
「してへん、です。はい」
「逆にビンタされてんやん!」
「逆にビンタされてんやんです。はい」
「……いちいち関西弁でオウム返ししんとってくれる? ――リボルトセンセ、濡れぎぬやろがっ! それで、クビやゆわれたんか?」
「……うん」
「うんやないやろっ! もっと自己弁しなアカンやろっ! しっかりしなアカンやろっ!」
家電に駆け寄ったわたしは、鼻息荒く学校に電話した。
「もしもし! 一年の暗闇姫ハナヲです!」
『おー、暗闇姫か。こんな時間にどーした―? 忘れ物かぁ?』
担任!
「ちゃいます! わたしんトコの……えー……」
『なんだー、ちゃんと要点整理してから掛けて来いよー? 分からん問題でもあったかぁ? 明日ちゃんと聞いてやる。働き方改革でなぁ、先生も戸締りしてさっさと帰らなきゃなんないんだ、だから切るぞー?』
「わっ。こ、こらっ、だから! わたしんとこのダンナがクビになったって、泣いて帰って来たんです! いったいどーゆーコトか、説明して欲しいんです! 一方的に事情聴取したそーやないですかっ、ダンナの言い分もちゃんと聞いてあげてくださいよっ! でないと……!」
ツーツーツー……って。
「切れてる――――! アッホちいぃぃぃんんん!」
もう一度掛け直してやる。
……るすでーん!
「く……」
あのクサレ担任ヤローめっ。
しくしくと、男のすすり泣きが聞こえて来た。
「リボルトセンセ! なにオトコが泣いてんねん! しっかりしろっ!」
「ハナヲが……オレのために一生懸命怒鳴ってくれて……それがとても嬉しくて……」
「……あ、ま……それは……!」
「それにオレの事を《ダンナ》って……」
あ。聞き逃して、それは。頼む。
「もう、そう落ち込まんとき。アンタは何ひとつ悪いコトしてへんねんから、堂々と自己弁護主張したらえーねんし」
「ハナヲぉ」
「人生こーゆーときもあんねんって。とにかく今夜はおいしいモンでも食べてさ、明日、わたしも職員室に乗り込んだるから、な?」
「済まない。ハナヲ」
「謝らんでいい。ゆってるやろ、リボルトセンセはちっとも悪くない」
「ハナヲ。オレ、この世界が怖いよ。元の世界に戻りたいよ」
「落ち込むなっ。後ろ向きになんなっ」
それまで背景に沈んでいるかのようやったルリさまが、ボソッと。
「ハナヲー。出掛ける時間、ダイジョーブなの?」
わあああっ!
そうなんや、駅に行くんやった!
約束まであと十分!
なんてことなんやあっ。




