02話 魔女学校でTS転生
――陽葵の、小さな背中が遠い。
笑っているようだ。
良かった。安心した。とても楽しそうだ。
でも。肝心のオレの姿が見当たらない。
会話の相手はツインテの女の子。
そこにオレは居ない。笑いかけてる相手はオレじゃなかった。
「なんでやねんッ!」
たくさんの目と合った。お互いに「なんだ、なんだ」状態。
とりあえず落ち着こう。深呼吸、深呼吸。
「――ゴホン。失礼」
で。
ドコかな、ココは?
そろそろと周りを盗み見た。
一言で表現すると、大学の講堂。古めかしい石造りの建物の中だった。
とりあえず最後列に座ったオレに背を向けているのは、若い女の子ばかり。
みな一様に、紺色の三角帽子を被り、同色のローブを羽織っている。
どうも講義中のようだ。ぶっちゃけ、英国の某魔法学校の授業風景そのままだ。
げんに講堂中央の教壇で弁を立てている教諭らしき人物の横では、生徒がボーリング大の水晶玉を宙に浮かべている。生徒が懸命に力を発揮しているのは、当然ながら魔法なのだろう。
ひょろっとした《木の枝》を指揮棒のように振り立て、口の中でブツブツ不可解な文言をつぶやいている。横にいた別の子が《木の枝》を振り上げると、その水晶が火の玉に代わって掻き消え、衆目の拍手をさらった。
――ほぉぉ。こりゃ間違いないな。
ここは格式の高そうな《魔法学校》だ。
……うえっ? ホントにそーなのか?!
あらためて記憶を整理してみる。
娘の陽葵を連れ出そうとした大男を追いかけている途中で、たちの悪い連中に捕まり、暴行され、自暴自棄になって川に飛び込んだ。たぶん、そして死んだ。
……それだけだな、うん。おしまい。特別なことは何一つしていない……はずだ。
「それより、陽葵……!」
見も知らん世界だが、とりあえずはそんなのは置いといて、まずは娘の行方だ。
「――ねえあなた。そこのブタヤロウさん。あなたはぁ、神を信じますかあ」
「……はい?」
スラリと背の高い20代後半くらいの女の人が泰然と立っていた。
眼が合うと大量の紙束を渡された。
「あなたメンヘラさんなのね、カワイソーに。でも安心なさい。これを全部配り終わったころにはあなたは神の一員になれますよ」
「ち、ちょっ……」
……とっとと行きやがった。なんなんだ? ったく。
「あの。あなた先生ですか。……新任の?」
またか。
今度は怪訝な表情をした女生徒が立っていた。
メガネをかけ、いかにも秀才そうな面立ち。
問い掛けの様子から、オレが不審者だと看破している。
その女生徒の視線が下方に注がれた。つられてオレもうつむいた。そして絶句した。知らぬ間にオレは、紙束と共に、スゴク可愛らしい子ネコのヌイグルミも抱っこしていた。
「オーウッ? コレって、あの金髪ツインテに盗られたヤツじゃねーか!? ヒャハー」
いい歳のオッサンが。女学校内で。ネコのヌイグルミを抱きしめて。意味不明なセリフを絶叫。ハイッ、アウト!
一歩二歩、青ざめた女生徒が後ずさる。そのたびに、オレの心臓がドクッドクッと脈打った。
さっき女から渡された紙の束が手から滑り落ちた。
拾い上げる女生徒。
「『白翼団へ入りなさい。神はあなたを歓迎する』。……あなた、どうしてこんなビラを持って無断で校内に入ってるんですか?!」
『逃げた方がよくない?』
しゃべるネコのヌイグルミ。
「うっわあああ!」
喚き声とともに、オレは駆けた。
「待ちなさいっ!」
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイッ!
このメガネ女子、メッチャクチャ足速ええぞっ!
角を曲がってスグにあった部屋に飛び込んだ。
数秒遅れてその部屋の前を猛スピードで行く快音が去った。
「ここは?」
大概この場合、逃げ込んだ部屋と言うのは女子更衣室だ。この展開はお約束だ。
このまま捕まれば、完全激ヤバ・ヘンタイオヤジとしてマスコミにさらされる。
……しかも、おそらく異世界のな。
「どーすんや、わたし」
――って、ちょっと待って?
文字だけだから、今、誰も分からんかったと思うが、オレだけは突如違和感を感じたんだ。
まず第一に、声色がヘンだぞ?
で、視界もオカシイ。すこぶる良い! これなら、ミズキルーペなぞ不要!
ついでに髪や顔、腕を触ってみる。
……オヤ? ずいぶん細っちいぞ。
そんで、胴体。
……わずかだが、ある。――ある!!
プニ感をもたらす、胸! ……やわこく盛り上がった、胸! むねーっっ!
……そーいやさっきからダブダブしてたんだよな、服……。
「かかか、カガミッ、カガミあれへんのおっ?!」
ワーワー騒ぎ立てながら、更衣室中を駆け回った。
幸い、ツッコんでくれる女子なぞ、誰も居なかった。居なくて良かった。
◆◆
カガミに映ったのは、まぎれもない女の子……だった。
ダボダボスーツにゆるゆるネクタイを締め、ぶかぶかスラックスをはいた、あどけない女の子。
驚きの気持ちが30パーセント、残りの70パーセントはあろうことか、
「あんがいカワイイ?」
って! ナニユエ関西弁だ? まるで娘の陽葵の訛りが乗り移ったようだ。
鏡に別の女の子が映った。
「うわわっ?!」
さきほどの女生徒だ。
またもや背後に立っていた。
ジロジロとオレのことを観察している。
……ぐうう、万事休すか……。――と思ったら。
「ハナヲ、あなたどうしてそんな恰好しているの?」
不思議そうに尋ねたではないか。
「いえさっきね、いかにもアヤシイおじさんが学校の中をうろついてたのよ。例の白翼団かも知れなくて。……って、ハナヲ! どうしたの?! そのヌイグルミ」
そーいやオレ、子ネコのヌイグルミを持ち抱えたままだ。ヤベえ。
「……あ、いやその、……部屋の外に落ちててん。てか、元々わたしのやし」
「ああ! あなたのだったのね! あなたの部屋から持ち出されてたってコトよね? それって完全に犯罪じゃない! すぐに先生に報告しなきゃ。さ、行きましょう!」
そのまま職員室らしき場所に連れていかれた。担任を名乗る若い男は血相を変え、有無を言わせずオレを個室に引っ張り込んだ。
そして開口一番、
「サラの報告は本当なのかい?」
「サラ?」
――ああ、あのメガネの女生徒か。
「そう……です。一人娘の陽葵を追いかけて。……やなくって、えーと、失くしたヌイグルミを探してたんです」
「授業中にヌイグルミを? 言っているイミが理解できないな。もしかして不審者に何かされたんじゃないだろうな? アタマを殴られたとか」
カオ近いって。でもよく見りゃアンタ、目付き悪いが、細マッチョな健康優良好青年ぶりで、さぞかし女生徒におモテになるでしょうね。
「あ、いえ別に。その紳士的なおじさまに何かされたとかはあれへんです。それどころか、たいそう立派で素敵な方でした」
「ハナヲ。やはり何かあったんじゃないのか?」
だからカオ近いって!
てか、オメー、どさくさに紛れてチューしようとしてねぇ?!
「……ハナヲ」
「やっぱし、チューしたあっ! ぎゃあああっ」
ビンタ……どころか、思わず正拳パンチをくれてしまった。しかしながら、非力な今のオレだ。痛さよりもショックの方が大きかったらしい彼は、一瞬言葉を失って口をパクパクさせながらキョトンとしている。
「リボルト先生は、先生である前に、あなたの旦那さまでしょ? 親身に心配なさっているのに、一方的に暴力をふるうなんて、やっぱりあなたどうかしてる」
物音を聞きつけたのか、面談室に飛び込んできたサラさんはそう怒鳴った。
「あなた、ひょっとしてハナヲじゃないのね?! 正体見せなさいっ」
彼女が口の中で呪いめいた言葉を唱え出したとたん、オレの身体が白く光りはじめた。
「うわあぁぁ!」
まぶしくて目を閉じた瞬間、白光が止んだ。
「アレ? 変身魔法じゃなかったの? てっきりわたし、あの不審者が化けていたのかと……。カン違いだったのね」
サラさんは申し訳ないと思ったのか、オレを抱き寄せ、「ゴメンね」と何度もあやまった。
『オマエ、個体スキルを停められたよ』
ん? なんだって? また神の声? 個体……スキル? 個体スキルって?
『ウン、個体スキル。《設定変更》。オマエが有した、オマエ独自のスキル、……ね』
胸に抱いた子ネコのヌイグルミと目が合った。
さっきからしゃべってたの、コイツか!
「おしるしるしる、こぺんじょ? 何ソレ」
ハナヲ「おしるしるこべんじょ」ルリさま「バカ子」