04話 思いがけぬ再会
漢字の小テスト、まずまずやった。ま、元大人やし、ある程度出来て当たり前か。ただ、『溺れる』って漢字がどーしても書けんかったんやけどもなぁ。
帰りのホームルームで、担任から個人面談の案内が配られた。
なんやって? へー、『自分の将来を考えてみる』? ってメチャ重っ。
ああ、そっか。わたしんとこは便宜上リボルトセンセが保護者になってんやった。ややこしい事態にならんきゃいいなぁ。……彼には黙っといて、当日急用で来れへんかったってコトにしようか……。
……いやいや! できっこないし! アヤツは学校のセンセーやし、即バレやって!
「いいかぁ。いい機会なんだから親とちゃんと会話して書けよー? 親メールしとくからなぁ。誤魔化しは通用せんぞぉ?」
うひーっ。きょうびはSNSとかって難儀なヤツもあったんやった。昔、子供んときはそんなの無かったのにィ。……って、いまも子供やっ!
「いいかぁ。おまえらの将来だ。まだ中学生だからってノンビリ思ってたら、すぐに大人になっちまうぞー。今からちゃんと考えるクセをつけとけよー、いいなー?」
けだるげながら、しっかり指導者らしい言葉を掛けてくれる、「いいかぁ」が口グセの、実質年下の担任。お仕事ご苦労さま。
……フーン、将来ねぇ。そーやんなぁ。
けどもさー。いくら何でもまだ中学生だよ? 早すぎない? わたしが中学の頃なんて、アオバナ垂らしてガリガリ君かじりながら昼寝してたよー。……いや、そこまでは無いか。
……あ、またさっきと同じ思考してた。
いまも、中学生なんやって!
「ねーねー。《将来の夢》の欄。なんて書くの? 暗闇姫さんは?」
後ろの席の女子。最近よく話しかけて来る子。やけど、名前を覚えきれてない。メガネを掛けてるから、普段は《メガネちゃん》と心中で呼んでいる。
わたしは《マンガ家》と書きかけてたのを消し、《地方公務員》と修正したのを見せた。絶妙に微妙なカオをした彼女の方は、わたしと違って中学生らしく、素直に《マンガ家》と書いた自分の紙を見せてくれた。
「暗闇姫さんって。前に林間学校のポスター描いたときにすっごく上手かったから、わたしてっきり……」
「そ、そうやったっけ?」
「ゼッタイ同人活動やってるって踏んだんだけどなぁ。……やってないの?」
「うーん、ごめん。今のところは」
「今のところってコトは、今後するかもってコトだよね? また声かけていい?」
積極的な子やなぁ。それに自分の夢を包み隠さず、しっかりと持って、そっちに進もうってしてる。それに比べてわたし、ダメダメだぁ。二度目の人生ってのに、ちっとも前向きに生きられてない。
さて。人生とはなんぞや。
青春は、一瞬のキラメキ。希望や情熱を失った時に、人は青春を終わらせる。確かにそーやんなぁ。ごもっともやんなぁ……どこぞのダレの言葉やったっけ? えーと、えーと。
――ああっ!
重いって! もうちっとラクーにモノゴト考えれんかな?
帰りがけ、職員室に日直日誌を持って行ったら、階段とこでリボルトセンセに出くわした。
彼はさすがに外では先生と生徒で通してくれるが、今日は会うなり俊敏に寄って来て、こう言った。
「個人面談、どうするんだ? ハナヲ」
はいはい、やはりそれですか。
「ちょっとォ、こんなとこで。家で作戦立てようよ」
「何言ってるんだ。オレはハナヲの保護者だって、周りの連中はみんな知ってるだろ? コソコソする必要なんてないんだぞ?」
うん。保護者な。そーやで? 保護者な! ただのな。
「そーそー、分かってんけど、イヤなんやって。ガッコで話しかけられんのは」
不服そうな、悲し気な表情を浮かべたリボルトセンセは、「じゃ今夜な」と言い残し階段の方に消えた。ふぅ。……やれやれ。帰ろ。
こないだの《防人》事件からこのかた、どーも気合が入んないのは何でなんやろ? すっごい身体が気だるいってか、どーもどんより曇ってんねんなあ。
電車に乗り、数駅を経て乗り換え。地下鉄から地上に出たところの駅あたりでポツポツ……と、車窓の外側に雨粒が当たるのが見えた。
やられた! 置き傘、持って帰らんかったしぃ。
最寄りの駅で、いつもなら自転車に乗り換えるところが、ホームから空を眺めると、結構な降水量だこと! とてつもない躊躇を覚える。待合所でリボルトセンセの帰りを待とうか……とも考えた。
ざんざん降りの西の空の果ては若干雲の切れ間があるので、いよいよ《待つ》という選択に傾きかけた。
改札を出て、すぐのところに置かれたベンチで待っていれば、来駅者の様子から雨の状況も垣間見れるし、帰路のセンセも捕まえやすい。そうすることにした。
決心を固めてベンチに腰を下ろしかけたとき、乗降口の雑踏に紛れた中に、思いがけない人を発見した。
「やぁ。ハナヲちゃん。学校の帰り?」
ドキンと胸を打つ。
やっぱりキョウちゃんだった。
「な、なんで……こんなトコに?」
再会なんて期待してない、どころか、過去の想い出と化しつつあった相手が目の前にいる現実にわたし、しばしボーッと情けないカオを晒したやろうが。
彼の「だいじょうぶ?」との気遣いする声掛けに「わッ」と正気に返り、ひくつく頬を必死にさすりながら笑顔をつくろうと一生懸命に。
「今はもう東京に住んでないんだね、少し慌てたよ」
「キョウちゃん。……ひ、ひょっとして、わたしを探してくれてたん?」
「まぁね。……ハナヲちゃん。時間ある? ちょっと付き合ってくれたら嬉しいんだけど」
「は、は、は、はひ。――べっ、別にいーけど?」
なんて舞い上がり方してんの。かなーり大丈夫くないな、わたし。




