03話 魔女っ子の知られざる試練
「一天四海魔能魔力勢力調整局。通称、魔法管理局。その手紙は《くろがみ》と呼んでます」
「へぇ。確かにこの紙、真っ黒やな?」
「そういうイミの黒ではありません。文字通り、暗黒の世界からの令状です」
シータン(=シンクハーフ)の横を抜けて、ルリさま(=ココロクルリ)が食卓についた。不機嫌そうに唇をとんがらせている。というか、幾分カオが青ざめてる?
「わたしにも来た。一か月以内に更新手続きをしろ。ですって」
「更新手続き? 何の?」
シータンとルリさまの説明を要約すれば、こうだ。
――魔女界では、それぞれの位階に応じて定期的に《魔女登録》または《更新》が義務付けられている。それを怠ると、世にも恐ろしい制裁を受けるそうだ。
「――制裁?」
「ええ。ざっくり言えば、無の世界に閉じ込められます。自分以外、他に誰もおらず、物もなく、時間の観念さえも存在しない場所です。管理局からすれば指導室のつもりだそうですが。わたしたちは《グリーンルーム》と名付けてます」
「はは。学校みたいやなぁ。うちの学校にも同じ名前の《生活指導室》があるよ?」
「笑いごとじゃないわよ! 昔わたしも閉じ込められたんだから!」
「そうでしたね。ココロクルリはたしか五日ほどでしたか。気がヘンになって、それから半年ほど入院しちゃいましたっけね」
「ハナヲ、あなたはどーするのよ?!」
どうするったって。わたし、すでに魔女っ子じゃなかったの?
「登録とかゆわれても。わたしとっくに魔法使ったりしてるし、とっくに魔女っ子やって自覚あんねんで? そんなお役所的なって思うけど、そーゆーのが必要なんやったら、さっさと済ませちゃうよ?」
ルリさまがアタマを抱えた。
「ハーッ、あなたね。……でも仕方ないよね、初めてだし、何も教えられていなかったモンね。魔女に匹敵する魔力を得てから半年間は《猶予期間》って言って、片目つぶって見逃してくれるの。それまでに魔力を失っちゃったりするケースは、よくあるから」
「魔女学校に通ってた子たち?」
「ちゃんと話聞きなさいよ! 魔女レベルの能力者よ! ただの魔力保持者は問題外。よーはあなたは規格外の魔力保持者だからよ」
「ほへー。……そ、それで?」
「魔女の新規登録や更新の条件は《期限内に魔女にふさわしい行いをすること》。管理局から派遣された試験官に認められたら、それで《合格》ってわけです」
「……その課題がムズカシイってワケなん? その、《魔女にふさわしい》ってのが?」
ふたりの横で黙って話を聞いていた惟人(=勇者コレット)が、マグカップをバンッ! とテーブルに置き、声をあらげた。
「そりゃあ魔女だからね! 反社会的な悪事を働かなきゃなんないんだよ。一番手っ取り早いのは《殺人》だ」
「……え。さつじん……」
「ハナヲちゃん。キミは今日まで言わば魔女見習い扱いだったんだ。つまりホントウの魔女なんかじゃなかった。悪い夢を見ていたって思えばいいんだよ! 魔女になんてならなくていい」
「アンタ、何お父さんを説得しにかかってんの? そんな言い方やったら、まるで魔女が悪者だってゆってんみたいやんっ!」
惟人に肘鉄を喰わせて強く反発したのは陽葵。それからふたりの言い合いが始まった。
「悪者だって、明確に、ハッキリと、言ってんだよ!」
「な、な、な! この……クズ勇者っ!」
「この際だからハナヲちゃんには《勇者協会》に入会してもらう。みすみす魔女なんかにさせてたまるか!」
「やるの?」
「よーし、やったろーじゃないか! この場で決着つけよう」
「ち、ちょっと待って! ケンカせんといてっ!」
魔法の杖と勇者の剣が発現されたところで、わたしの絶叫。小さな家の、こんな狭いリビングで、いままさに魔王魔女と勇者の戦いが始まろうとしていたので!
って、アホかっ! また引っ越したいんかっ!
シータンは陽葵の元部下ってゆー立場をわきまえているのか、神妙な面持ちで、要は、無関心を貫いて、ふたりのバトルを静観してる。テーブル上のブラックコーヒーをズズ……ってすすりながら。
ルリさまは黒紙を真剣に睨みつけていて、考え事の真っ最中。これはこれで、ふたりを止める様子は一切ない。
はあぁぁ。
「な、ルリさま。ルリさまはどーするつもりなん?」
「だから。考えてんのよ、それを。なんせ四十年ぶりだからね」
「ひゃあ。ルリさまいったい何歳なん?」
「あんたね、そこ質問する?」
勇者と魔女のドタバタをよそに、シータンがコト……とテーブルにカップを置き、独り言のようにしゃべり始めた。
「ココロクルリは前回が新規登録でした。たしか殺傷能力の高い毒ガスを生成したんでしたね。試験官が満足そうに持って帰っていましたが、後日、どこかの国で無差別テロが起こり……」
「ヤメテ!」
ルリさまが悲鳴みたいな叫びを発した。
「わたしは百年に一度の更新で済んでるので気楽なものです。前回は確か八十年ほど前でしたか。ムッツリーニだか、ヒキコモリーニだったか、試験官に言われるままに、この世界の西欧の、どこかの国の政治家を幻惑して誇大妄想癖を植え付けてやりました」
「シンクハーフ。それをゆーならムッソリーニやろーな。そのことで彼は自信をつけて、飛躍的に自勢力を拡大させたんやで。フフン」
「……そして彼は独裁者となり、世界大戦を引き起こした中心人物のひとりになった」
陽葵が鼻高々に補足すると、それにおっかぶせて惟人が罪をとがめる。
「いちいち突っかかってくんなぁ? 魔女にウラミあんの?」
「いちいち突っかかってんだよ! とーぜんウラミしか無いって!」
ふたりを置いて、わたしはそっと家を出た。
……魔女かぁ。うーん、どーしよ。
自転車のカゴにカバンを載せて出ようとすると、ルリさまが立っている。気になったんかな?
「ハナヲ。あなたも魔女になってくれるよね?」
そ、そんな。すがる目で言われたら……。
「ご、ごめん。日直やねん、今日。いつもより早よ行かなあかんねん。ごめんな?」
「ハナヲぉ」
「わ、分かってるって。帰ってからもっかい一緒に考えよ?」
「待ってるね? 早く帰って来てね?」
「分かった、なるべく早く、な?」
背中にルリさまの視線を痛く感じながら、わたしは最寄り駅への道のりを急いだ。
……ホントに困ったな。




