02話 背中の黒紙
我が家は最近、東京の杉並から大阪府内に引っ越し、一軒家住まいになった。
サラリーマンしてた頃やったら、「念願の」とか言って大喜びしてたんかなあ……、いや、どーやろな。きょうび三十五年ローンとか当たり前やし、前金ないヤツでも家買える時代。それになんせ独身やったし、むしろ蛍の光的な人生カウントダウンな幻聴が聞こえたりして、逆にむなしさ感じたやも知れへんな。
話、もとい。
この新しい家は大阪の東端、生駒山のふもとにある。大阪の市内からは遠く離れちゃったもんの、私鉄に乗りゃ、メトロ線には直結してるし、これでも充分通学圏内やし。
リボルト先生は当初「通ってらんない」とかブーブー文句垂れてたけど、元々の家に居れなくなったのはアンタも同罪やってんからなっ。
だいたい魔女っ子連中とわたし、そして勇者、さらには自称旦那のアンタ(リボルト)の大所帯で連日大騒ぎしていた末の結果やろーがっ!
杉並の2DKの間取りに、それだけのお騒がせ連中が集まってワイワイやかましく暮らしてりゃ、そりゃ誰だって不快になるし、第一、あまりにも不自然な家族構成じゃん? メッチャ怪しむって。タイミングよく東京の学校から大阪の学校に転勤できたのは大ラッキーやってんしさ? モンク言えるすじ合いや無くない?
――ということで、そそくさと退去して今の家となる。
小ぢんまりしてても立派に二階建て。けっこうわたし、マンゾクや。
※冥界で《防人》として働いたお給金で買えてん。救済金とか和解金とかいう名目がくっついてた。《にきっ》参照してな。
寝床を出て居間にカオ出すと、男の子と女の子がせわしなく動き回ってた。ふたりともわたしを見つけた途端、ハイテンションで話しかけて来る。
「ハナヲちゃん、おはよー。不届きなリボルトセンセは、ちゃんと花壇に埋めとくから心配しないで。もうちょっとでトースト焼けるからね!」
「お父さん。起きたんなら、洗濯物干すの手伝ってよ!」
勇者だったコレット少年、こっちの世界に来てからは暗闇姫惟人君と称している。
そして、今でも「お父さん」と呼んでくれる、わたしのオジサン時代の娘、元魔王魔女の暗闇姫陽葵。
双子の兄妹としてこの世界で人生を再出発していたふたりは、近所の公立校に転校して、本人の意思はともかくも、小学生生活を続けている。
とにかくこのふたり、もともと勇者と魔王魔女やったんで、宿命の敵同士やったわけなんやけど、いまはこうして一つ屋根の下で暮らしてる。
しかも、兄妹設定。
そりゃいろいろ大変やったけど、(シータンやルリさまがもみ消した事案は、多少あったものの)、警察のご厄介までには至らずに今のところは済んでいる。
ま、なんだかんだ仲が良いんだが、いがみあってるんだか、何かにつけ対抗心を燃やしてようで、これが相互研鑽とか、切磋琢磨とか言うような美辞麗句なプラス軸にパワーが傾いてる気がするので「ヨシ」とすべきなんかな。
でも、転入早々、学校内の(良くも悪くも)話題を二分する存在になっているとかも聞くんで、くれぐれも担任の呼び出しを喰らうとか、ややこしいことにはならへんよーにはして欲しい。……ま、そーなったらなったで、リボルト先生に、親役を押し付けるつもりなんやけど。
「そんなコトしたら彼の性格だから余計ややこしい事態になって、またまた転校ですね。気の毒、気の毒。ホントお金、大変ですね。三十五年ローン・ダブルですか。もういっかい、防人、頑張らないとですね」
「……モノローグに口出しするのヤメテくれる? シータン。……もう慣れっこやけど」
不吉なイヤミ言う天才やな、まったく。
「ところでハナヲ」
「なんなのやっ。まだイケズ言い足りひんのっ?」
「イケズとかエセ関西弁言ってるから、いつまで経ってもオッサン根性抜け切れずに気持ち悪いままなんですよ。……だから、それ、背中の」
「背中?」
「背中」
制服の後ろに手を伸ばすと手紙が貼り付いていた。
陽葵がギョッとした顔でつぶやいた。
「……黒紙」
「そのようですね」
そっとそれを取ってくれたシータンは、中身を確認し、わたしに手渡した。
「これは、《一天四海魔能魔力勢力調整局》から届いた登録案内で間違いないですね」
「な、なんですと?」




