もっかいゆっての補! -Anotherハナヲ-
08話と09話の間。
ハナヲとハナヲの物語。
[Anotherハナヲ視点]
今朝も、電車に揺られたとたんウトウト。
おかげで降りなきゃいけない駅を通り越すトコだった。よろけながら席を立ち、ドアが閉まる間際に下車。セーフ。
明日こそ早寝しなきゃね。
でもね。
陽葵と共同で進めてるマンガ、ホントウに描いてて楽しいんだ。なんていうかさ、充実感? やりがい? みたいな。
「わっ。ごめんなさい」
ボンヤリしてたら、ぶつかりかけた歩きスマホのお姉さんに思いっきり睨まれた。でもお互いさまじゃない?
「オッサン、キモイんだよ」
彼女の捨て台詞。
小声だけれどしっかり聞こえたよ? そんなこと言われたら、これでも結構傷つくんだよ?
学校に出かける寸前の陽葵からLINE。
『徹夜オツカレ。冴えないお父さんに魔力を分けてあげる』……だって。
魔女のスタンプがついてる。ヘンな呪文唱えてる絵。
陽葵は小学校の五年生。わたしよか30以上年が離れてる。アニメ好きの中二病でちょっと変わってるけれど、本当にいい子。
「魔女……かあ」
わたし、実はこれでも前は魔力保持者だったんだよ? 魔女学校で魔法の勉強してたんだから。
側道にとまっていた小鳥が羽ばたいた。
目で追うと歩道橋が視界に入った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――あの日、目が覚めると何故だか川で溺れていた。
「うーわ! た、助けてッ?!」
無我夢中で自力で岸にたどり着き。
交番でお巡りさんに事情を聴かれているときに、ハッと驚いて大声をあげた。
「なにっ?! このオジサン?!」
鏡の中の悪夢。
ワーワー取り乱して泣いた。
お巡りさんの質問に答えられるゆとりなんて、ドゥニエ銀貨1枚分さえ無かった。うろたえているだけのわたしを見兼ねて陽葵が呼ばれた。
陽葵という女の子に会ったのは、そのときが初めてだった。
最初の何日間かの記憶は無い。
立ち直れないわたしに、陽葵は優しかった。
敢えて事情は聞いて来ず、ただ献身的に食事や洗濯、身の回りの片づけ、お掃除をしてくれた。いつもとなりに居てくれた。
いつからかわたしは、彼女の仕草、独り言、動きやなんかを目の端で追うようになっていた。
「ゴハン食べる?」
彼女の、そんなさり気ない気遣いに、普通に返事出来るようになっていた。
一週間ほどしたら陽葵は再び学校に通うようになった。
居ない時の寂しさ、心細さが押し寄せた。「早く帰ってきてよ」と念じたりした。
そうしたら、陽葵はいつも汗だくで走って帰ってきてくれた。
……たまたまだよね? でも嬉しかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とある日。
「それ、……何?」
そのときふと湧いた興味。わたしから話しかけた最初。
ノートパソコンを使って絵を描いていたので「なんだろう?」と。
でも陽葵、慌てた風にパソコンを閉じちゃった。
わたしは見せてとせがんだ。
そうしたら、渋々、本当に恥ずかしそうに、その絵を見せてくれた。
……びっくりするくらい上手だった。
「この絵? そう、黒魔女やねん。メッチャすごい召喚魔法使ってな、向かうところ敵なしでな。勇者なんて3秒で倒すんやで」
「勇者って正義のミカタでしょ? 倒しちゃうの?」
「分かってないっ。勇者は悪者やのっ! 今のジョーシキ!」
「へぇ……」
しげしげと、陽葵の絵を見直した。
ところどころ誤認している箇所があるものの、概ねわたしが元住んでた世界が表現されていた。もしかしたらこの子がわたしを呼び寄せたのかな……? なんて思ったりした。
彼女は暗黒竜とか魔剣とか、聞き覚えのある単語を連発し、次第にわたしは引き込まれ、たくさんお話するようになっていった。
マンガ描きも彼女に師事して始めた。
会社勤めはツライけれど、毎月決まった日になると、思ってる以上のお金をくれるし、職場の同僚? は面白い人が多いし、魔女学校みたいに難しい高等魔術理論を暗記する必要もないし、取りようによっては好きなことができる暮らしだなって。徐々にだけれど新しい生き方を受け入れられる気持ちになっていってた。
そうして、今日――。
運命の悪戯か、またもやショッキングな出来事が何の予告もなしに起こったんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帰りの停留所、最寄り駅発のバスに乗り込んだ時、わたしは「わっ」と声を上げた。
周囲の視線が突き刺さったのを悲しく思いながら、目前の女の子を凝視した。
――わたしだ。
わたしが寝てる。
座席にもたれ掛かり、スヤスヤと眠りこける姿は、元の女の子のわたし。
でも別人なのかな? それともちゃんとわたしなのかな?
最接近を試みて、穴が開きそうなほど観察。
「……やっぱり。わたしだ」
女の子の隣に座っていた若い女の人がソワソワしだした。経験上、黄色信号がともったなと直感した。あと数分でバスが緊急停止して、駆けつけたお巡りさんに職務質問されるなって。
意を決したわたし。
女の子の肩を揺すり、声をかけた。
「ハナヲ! 起きて! もうすぐ停留所についちゃうよ」
こうすれば知り合いか家族になれる。即座に周りの人が平和な空気に戻る。陽葵に習った魔法だ。――ああ、違う。魔法のような技だ。
うーんと唸ったハナヲは、微かに瞼をあげてわたしを見た。
「……アヤ~? わたし?」
わたしの姿かたちをしたわたしが、わたしを見詰めて、さっきのわたしと同じように「うわっ!」っと高い声をあげた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
自宅最寄りの停留所を2、3やり過ごしてバスを降りたわたしたちは、すぐそばのファミレスに入った。大学が隣接してるのと、夕方の時間帯だったので、ファミリー層よりも学生の団体さんが多く席を占めていた。
「いらっしゃいませ、こんにちは。2名様ですね、こちら空いている席にどうぞ」
オジサン姿のわたしと中学くらいの女の子の組み合わせでも、学生さんたちに混じれば案外目立たないよね。忙しいせいか店員さんも無関心だし、ムリヤリ親子に見えなくないかもだし。
「アンタ……名前は、……ハナヲ?」
テーブルにつくと、おずおずと【わたし】が訊いてきた。
【わたし】って言っちゃうと自分でも混乱しそうだから、いま目の前にいるわたしのことは【ハナヲ】って言うようにするね。
……ハナヲは手をさまよわせて、紙の手拭きに触れた、開封しておでこを拭いた。動揺してるってはっきり判る様子。それはたぶん、わたしもだよ。
「そう、です……けど、いまは、この世界で別人をしてます……。おそらくご存じ、ですよね?」
コクリと肯定するハナヲ。
「……きっと、わたしの、……お、オレの、【個体スキル】のせいや……」
「個体スキル?」
「設定変更って能力」
そうなんだ?
そんなの魔女学校で教わった記憶があります。
ええと確か、心に抱いた願望を実現させてしまう超神懸かりな能力……だったっけ?
スマホを取り出し検索!
これ、陽葵に買ってもらった便利グッズなの。考える前についググっちゃうんだ。
「あーそっかー。ヒットするわけないかぁ」
「……とにかくその能力で、キミとわたしは入れ替わったんやと思う」
テーブルにオデコをくっつけたハナヲが「ごめんなさい」と謝った。
「ち、ちょっと待ってください。わたし、謝られるコト、何もしてませんよ?」
「え? や、やから。もともとこの身体、キミのやったでしょ? それを勝手に乗っ取ったんやから」
店員さんが注文品を運んできた。ミックスグリルに小ライス、それとアボカドシュリンプサラダ。おいしそう! あ、そーだ、陽葵に連絡しとかなくちゃ。
「済みません。ちょっと陽葵にLINEしときます」
「陽葵! 陽葵がおんの?!」
「『今日はゴハン少な目でいいよ。もうじき帰るからね』これでよし。……え? 何か言われましたか? もう一度お願いできますか?」
ハナヲは口を開けたまま首を振った。そして「もういいよ」と苦笑いした。
「はぐ。はむはむ。――ところでわたしの身体、返してくれるんですか?」
おいしい!
このハンバーグ、じゅーしー。
「え? あ、うん……そーやんね。そりゃそーやんね?」
「ハンバーグ、スゴク美味しいですよ! ハナヲ……さんも食べたらどうですか?」
「……い、いや。わたしは……いい」
「身体を返してくれるために、今日は訪ねてくれたとか?」
「そ、それは……」
「ハナヲはどうして関西弁なんですか? 陽葵と喋ってるみたいでフシギです。彼女も同じ喋り方だから」
「それは……わかんない」
ハナヲ、ぎこちなく笑ってドリンクバーに行った。
お茶をふたつもらってきて、わたしの前にひとつ置いた。
「……食べすぎはアカン。陽葵に怒られるよ? 今晩は家で食べたらアカン。……な?」
「は、はい。えへへ……。あの、ハナヲは、その身体、慣れましたか?」
「うーんと。そーやね。ウン。メッチャ動きやすいから、よく無茶してまうかな」
「わたしもですよ。会社はだいぶ慣れました。無期契約のアルバイトって言うらしいんですが、実質社員の時とお給料そんなに変わらないらしくて。陽葵との二人暮らしには十分な金額なんです。他の社員さんと違ってお昼に帰れたりすることもあるし。ノンビリな性格のわたしにはとても合ってます」
「ハハ……そう? そりゃ便利に使われてんねぇ……。当然、賞与は無いんやろうなぁ。上手い事言いくるめやがって、アイツ……」
「どうかしました?」
「ああ! いや、こっちの話。……でもまぁ、平穏に暮らしてんねんやったら良かった」
隣のテーブルが居なくなったので、あらためてハナヲに尋ねてみる。
「ハナヲ。その恰好、……下ちゃんと服着てるんですか? 今更だけど」
膝まですっぽり被った厚手のTシャツ。地味目というより、あまりに無防備すぎるよ? 「着てない」とあっさり答えたハナヲは急にモジモジソワソワしだした。ほんとう、今更だよ?
「そ、そーやんね、キミの身体なのに、雑にあつかってゴメンね」
「そんな……、わたしの方こそ、年齢もわきまえずに大食いしちゃってまして。すみません。……あの、こんなコトを言ったら何なんですけど……」
「な、ナニ?」
上から下まで、ハナヲを眺め直して。何となく。やっぱりそうかも。
「ちょっぴりなんですけども、随分女の子らしくなってませんか?」
「はあっ?」
「あ、いえっ。何となくなんですが、ちょっとした仕草とか、口調とか、雰囲気っていうか? 見た目のカンジ? が。わたしよりもずっとオンナノコっぽいなぁって」
「そ、そ、そ、そんなっコト! 気のせい、気のせいやしっ!」
からかいみたいになっちゃったかなぁ。でもやっぱりね、多分。その身体になじんできちゃってるんでしょうね。わたしがこの、オジサンの身体に何の抵抗も無くなったみたいに……。
「ひょっとして、恋……してるとか?」
「へっ?!」
「……まぁ、冗談です」
「……はぁ」
伝票を取り、立ち上がるわたし。早く帰ってあげないとね。陽葵が待ってるし。
今夜も執筆活動、ふたりで頑張るぞっ。
「ち、ちょっ……?」
「ここはサラリーマンのわたしに任せなさいっ。それじゃあ。楽しかったです」
「あ、あのっ!」
「……もうしばらく、このままでいませんか? この身体、もう少しお借りします」
「あ……」
「大事にしてあげましょう、おたがいの身体」
あっけにとられてるハナヲに振り返った。
「じゃあまたね、わたしの身体!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
地獄に堕ちたハナヲ、何度目かの死の時。
走馬灯にて――。




