⑰ハナヲ、キョウちゃんに直談判する
冥府庁外面の壁を触っていると、血相を変えたサラさんが警備員たちを引き連れて走ってきた。
「あ。サラさん」
「『あ、サラさん』じゃないわ。まだこんな所でウロウロしてたの?! しかも、いかにも怪しい行動してるし! ――というか、バイト終わったんならさっさと家に帰って仮眠とりなさいって! そんでちゃんと学校にちゃんと通いなさい」
「お母さんみたいなお説教は良いから。てかさ、なんで門前払いされんとあかんのさ!」
「あなたがしつこいからに決まってんでしょ!」
「ポーくんの転生措置の取り消しがまだ完了してないよね。いつ取り消してくれんの?」
「だからその話! 昨日も言ったでしょ。もうその手続きは進んじゃってて止められないんだって」
「ふーん」
壁をなでなでする。
冥界の建物は全部、わたしたちが製造している【寒天】(通称。ホントはゼンゼン違う名前)で作られてて。厳密には寒天に似た形態をした材料を使って建設されてるんやが。
これを適切な処理を施して固めるコトにより、冥界の気候に適した、強靭で断熱性に優れた建材に生まれ変わるってもので。
わたしが壁に触れたので、色めき立った警備員さんたちが一斉に飛び掛かってきた。あっちゅー間に羽交い絞めにされる。
「わあああギブ、ギブ。……んもお、分かったよ。また明日出直すから」
「まったくあきらめの悪い子ね。何度来たってこればかりは変わりません!」
「サラさんこそ頑固や」
ロビー奥の時計をチラ見してから、冥府庁の敷地を出た。
予想してた時刻。
大通りを疾駆するバイクが一台、わたしの横について止まる。
「今日はどうしたの、ハナヲちゃん?」
胸元まで広げた革ジャンの内側に、襟付きの真っ白なシャツがまぶしく映える。
バイクにまたがったまま、ヴィンテージ型のハーフキャップヘルメットに、トラッドゴーグルを持ち上げた男性が、清々しい笑顔でわたしに話しかけてきた。
「あ! えと、その――!」
待ってた、とゆー言葉を呑み込み精一杯の笑顔をふりまく!
そーさ媚びてんのさ。だって格好良いんやもん。……悪い?
促されるまま後尾にまたがり、何処に行こうって説明もされないまま彼と一体になり風を受けた。
「もう少し飛ばすよ?!」
「うん!」
被らされた予備のヘルメットはウミさんの物だろうか。それとも。
自分でも強く意識するほどの心臓音に身を強張らせながら、彼の熱っぽい背中にピッタリとくっついた。まるで恥ずかしい鼓動を聴かれたいみたいに。会話不要のスキンシップに心底くらくらした。
やがて、薫風流れる見知らぬ高台にキョウちゃんがバイクを停め、降りてった。
不覚にも彼の肌感触に酔ったように眩暈を覚えていたわたしは、しばらく遅れてから降車し、離れ行く背中を追った。
若葉が芽を伸ばしだした原っぱの真ん中に、キョウちゃんが立ち止まっている。
彼の目線の先にはわたしの通うバイト先の工場が全景を晒し、温かな空気に揺らめきつつ遠望の景色に溶け込んでいた。
「……センター長から連絡をもらってね」
「サラさんから?」
「うん。そう」
【そう】の言葉が普段と違ってちょっと遠い。
話すとき、目を合わせてくれないからやと思う。
「なんでなの、キョウちゃん。ポーくんのコト」
「やっぱりその話、だよね。これはさ、冥界の基本的なルールに則って適切な処置をしているから」
「ポーくんの意思に反しての適切な処置ってのがオカシイよ? それはサラさんにも伝えてるし」
「……うん。その報告は聞いてる」
さらにキョウちゃんが歩き出した。
何もゆわれなかったが、ついて行く。話に決着がついてない。
原っぱの奥、唐突に草木が途絶えて土の地面が広がったところでキョウちゃんが歩を止めた。
見渡すと丘の斜面と木々に遮られて四方は死角になっている。
うなだれていたキョウちゃんがわたしの気配に振り返ったが、その目は刃みたいに尖っていた。
それって。
初めて向けられた目やった。
けどその目自体を見たのは初めてや無かった。
亡者との戦いで見せていた目。それを自分に向けられたのが初めてやった。
「ごめん、ハナヲちゃん。今回の措置は僕なりに考えでのことだ。理解して欲しい」
「話が一方通行や、キョウちゃん。ちゃんと説明してよ」
「今は話せない」
「なんで?」
「キミを巻き込むことになる」
きょろきょろ周囲を観察する。他に人の気配無し。
……ふむ。
「むしろ巻き込んでよ。巻き込んで欲しいよ。好きな人が悩んでんのに相談に乗れんほど、悲しいコトは無いし」
ゆっちゃった、好きな人とかって。
ホント諦め悪い女。
ウミさんおらんよな?
「……それで、その話。ウミさんには相談したん?」
「いや、それは……」
「ウミさんにまだ相談してへんねんやったら、わたしますますヤル気出る。わたしにも少しくらい心を開いてよ? まだわたしに対してズルイ気持ちを持ってくれてるんならさ? ……わたしだって、ウミさんみたいにさ。キョウちゃんをもっと近くに感じたいんだよ?」
結局ジコマンの外道か、わたし。
いいさ。外道上等やし。
「……ハナヲちゃん。キミって子は……」
「……あかんの?」
キョウちゃん、首を振る。
「ああ、ダメだ」
俯く。
「ハナヲちゃんは巻き込めない」
おりしも強く風が吹き抜けた先に人影がよぎった。
緊張気味に目を凝らすと、意外な人物がそこにいた。
その人物はクセなのか柔軟体操なのか、首を前後左右交互に傾けながら、ダブルのスーツの胸を張って大股に近付いてきた。
「……青鬼。アンタ、逮捕されたんとちゃうの?」
「えー逮捕? どうしてワテが捕まるんですかいな? イヒヒ」
「なっ。アンタ、組合の委員長と結託して工場の設備に危害を加えたよね?」
「はー? 確かにそんな事、しましたかねぇ。……誰かはんの意思を汲み取って」
「誰かはん? なにソレ」
疑問符が浮かんだが、瞬時にその意味を覚り、肌身が粟立った。
狂気を孕んだかに思えたキョウちゃんのカオと正対した。
見たコトのないカオやった。




