⑥ココロクルリの決意
前回までのあらすじ
①魔女仲間のルリさまが結婚すると言う。動揺するハナヲ。
②うわの空で魔法を使い、級友を危ない目に遭わせてしまう。
③実妹の漆黒姫に呼び出され、一般人に魔法を見られたことを咎められる。
④いっそルリさまと縁切りしろと言われて怒り、姉妹ゲンカする。
「な、なぁ……。陽葵もルリさまの縁切りに賛成なんか?」
そのへん、はっきりしたい。
「はぁ? 縁切り? そや。……って言ったらどうなんや、ハナヲ姉? 気に入らん言うて殴りかかるんか?」
「そら、そうや。……あの子はわたしの大事な友だちなんや。そんな説明もつかん暴言吐かれたら、キレんの当然やろ!」
わたしと漆黒姫を抱え起こした陽葵は、台風が通り過ぎた後のようにグチャグチャになった執務室をタメ息まじりで眺め。
「はぁ。そう言いながらもうキレてんのか? 冷静になれ、ハナヲ姉。それと。まずはちゃんと説明したれ、漆黒姫」
「何や説教か、黒姫姉」
「そや。説教や」
ふたりしてブスッとしてソファにかけた。
鼻血が垂れ始めたけど気にするもんか。汚いとかゆわせんからな。
横をチラ見するとリラも片鼻から血が垂れている。
ふ、ふんっ。真似すんな。
「ココロクルリはな、魔女の身分をはく奪されるんやなくて、魔力を失うんや」
「……へ?」
かんなぎリンが差し出すティシュを荒っぽく箱ごと奪い取り、鼻に詰める。
「どゆコトよ?」
「もしココロクルリがケッコンし、子をなせば、そのときをもってココロクルリの魔力はその子に引き継がれる。既婚した魔女は魔力を継承するための器のような存在になるんや」
オデコに指を当てる。
ケガの部位に触っちゃったので、ヒリヒリしだした。
にしても理解力が低くてツライ。
陽葵の言葉を頭の中で反芻する。
「縁を切るってのは、魔女としての縁が切れるというイミや。何も友だちの縁を切れなんて、言ってない。……言っとらんな、漆黒姫?」
「……ふんッ」
動揺しとるやん。
やっぱし半分からかってたな、コイツぅ。
「で。それはそれとして、一般人に魔女やったコトがバレた件や。それをどうするつもりやねん?」
「……それは。そのうち設定変更が使えるようになると思うから、もうちょっと待っててよ」
陽葵が恐いカオになった。
「そんな悠長なコトは言ってられんのや」
突き出されたのはスマホ。
「SNSでハナヲ姉の正体がバラされてる。あのギャル子たちに」
「なっ?!」
投稿してるのは仲間うちで公開してるサイトで。
お花マークでカオを隠す加工が施され、わたしのニックネームとともに『魔女っ子じゃー』ってセリフ付きの写真が貼られてる。
「こんなんじゃバレバレ……」
背格好とか、どー見てもわたしって完バレ必至。
つか、わざとっぽい。
「しばいたろって思ったら先客がいてな」
水無月マナの一報を受けて南田センパイが動いた。
校門前でふたりをとっ捕まえて近場のカラオケボックスにしょっ引いたそう。
「ふたりに悪気は無くて。単純にハナヲ姉のすごさをみんなに知ってもらいたかったと」
「乱暴せんかったんやろな、南田センパイ?」
「どうにかな。さんざ説教して反省させたそうや。けど妙なウワサがばらまかれた事実は消えん」
「別にどーでもいいよ」
「どうでもいいことあるか。魔女はな、一般人に『オマエ、魔女だろ? ○○さん』って真名を言われて正体バラされたら、死ぬんやぞ?」
「あのな漆黒姫。ウソつくんでももう少しマトモなウソつきな」
「まぁ……死ぬというか……この世から消滅すると言うか……」
サーッと血の気が引く音が聞こえた……のはウソやが、そうゆー気がした。
「そのハナシ、マジなんか?」
「ハナヲ姉の場合はさしずめこうやな。『オマエ、魔女やな? ナディーヌ姫』カカカ」
「カカカって、ナニがオモロイねんっ! このバカチン女!」
「何やと、誰に向かって……!」
再び漆黒姫と一触即発のにらみ合い。
ポカリと陽葵に頭頂部を殴打され、ブスッとふたりしてそっぽ向き。これも繰り返し。
その後アレコレ陽葵の説教が続いたが、最終的には漆黒姫が締めた。
「猛省し、今後の対応を熟考せんとな。ハナヲ姉」
ムム。
癪にさわったが漆黒姫は長らしい威厳をたたえていた。
ぴしゃりと戒められたわたしは、深々と首肯した。
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日下公園のベンチに腰掛け、布包みふたつ持ったうちのひとつを、隣に掛けたルリさまに渡した。
わずかに瞳を大きくした彼女は「ありがとう」とそれを受け取り、膝に乗せた。
広げずに観察してるので「食べへんの?」と問うと「もったいないなーって思って」なんて答えるんで、わたしはそれだけでもうウルッときた。
どーも異常なくらい感傷的になってるって自分でも思う。
ここの公園、ウチの近所なんだけど途中坂道ばっかで、着いたときにはうっすら汗が滲んでた。ルリさまは肩で息してる。
季節柄ほど良い陽気で今日は多少風もあったから、こうしてゆっくり休んでると暑いって感覚はほとんど無いんだけどね。
良くこんな場所に付き合ってくれたなぁってのが感想。いつもなら文句の一つや二つ、飛び出してもいいくらいなのに、と。
そーゆーイミで、ルリさまも何らかのセンチメンタリズムに陥ってんじゃないの? って思ったワケで。なので余計にわたし自身もそんなモードに深入りしてんのかも知んない。
「な、なぁ。ルリさま。あのさぁ、陽葵と漆黒姫がオドすんやけどさ、一般人に『魔女や』って指摘されたら消えちゃうって。ホントなん?」
「あー。フーン、消える、ねえ。そーゆー発想もあるかなぁ」
「どゆコト?」
「一般の人に身バレするってのは、その一般人に内面を晒してしまったってコトになるから。それだけその一般人に心を許したって言うか」
「フーム?」
「魔女は本来、孤独であるべきなの。孤独で過酷な境遇だからこそ、反骨心が作用して、秘めた特異な能力が発揮できるらしいのよね」
「孤独……過酷……」
「孤独感を無くしちゃうと、個体スキルや魔女としての能力を失うって言われてるわね」
「うーん?」
「つまり。愛や絆を深めると魔女が魔女でなくなる。魔女としての人生が終わる。それを『消えちゃう』って表現で例えてるんじゃないかな?」
「それはけど、オカシイっ。だって、わたしとかシータンとか、ひまりも。もうとっくに友だち同士やんっ! わたし、孤独や無いしっ」
「あはは、そーよね。迷信よね。……でもね、実際、身バレしたために身を滅ぼした魔女の例は、過去に山ほどあるのよ。だから魔女界では『決して一般人に魔女だと知られるなよ。身バレしたらもう仲間じゃないからな。巻き添えはカンベンだからな』って戒めてるわけ。魔女だった記憶を奪う呪いさえ掛け合ってるって言うわ」
今日のルリさまは饒舌や。
「ルリさまはさ。その……怖くないん?」
「何が?」
「魔女の能力が無くなるかも知れんコトについて」
「そりゃ……。色々不便だし、魔女仲間にも申し訳ないし。それに……魔法学校にも通えなくなるしね。諸々、辛い事はあるかな」
ルリさまの目線がお弁当袋に落ちた。
数秒の間があって、わたしを見る。
「でもさ、そんなの承知の上でさ。それでもわたし、アイツと一緒になりたいんだよね」
わたしは、ゆっくりと、咀嚼するようにその言葉に頷いた。
「ごめんね、ハナヲ?」
ムリに笑いカオをつくろうとしたのがバレたのか、ルリさまが謝った。
「なんで謝るんさ」
「だって。唇ふるえてるよ? 泣くの、ガマンしてない?」
してない。ってゆったらウソになる。よね。
「ルリさま」
「なに?」
「ルリさま、お願いや。お願いやから、わたしの友だちをやめるとか、ゆわんといて!」
「と、友だち? やめる? 止めないわよ、そんなの」
「ホント?」
「ホントだって。なんで友だちまでやめなきゃなんないのよ」
「ホントのホント?」
「だーかーらー」
「ホントのホントのホントやんね?」
「そう。ホントのホントのホントのホント。……って汚ったな! 鼻水垂らしまくりじゃんっ!」
ルリさま手持ちの手提げからポケットティシュを掴みだしてぬぐってくれた。まるで我が子の世話を焼くお母さんだ。
恥ずかしいキモチと嬉しいキモチがいっぱいあふれた。
公園内にいるのはお年寄りが数人だけ。わたしらに関心なく世間話に興じている。
気にする必要ない。
ルリさまにされるがまま、甘えまくることにした。
ルリさまとハナヲ
次回は金曜日更新の予定です。




