陽葵と修学旅行の準備をした
それは突然やった。
「――ねぇハナヲ。お願い。何とかしてください」
「ひ? びゃああああっ?!」
自室でウンウン、数学の宿題に手こずっていたわたし。
そこへ、シータンがノックもせずに侵入。
耳元でやさしーく、苦情をささやかれた。
ついでに耳たぶを甘噛みされた。
まさか。痴女が家の中にいるとは思わず。
ましてや痴女が、ゼロ距離に迫っていたとは知らず。
ささやきからの甘噛みというダブルクロスを喰らい、半狂乱っぽい悲鳴をあげてしまったわけだ。
「へぁ……な、なにおぅ? いったいナニをなんとかするの? ビビってちょっぴりオシッコもらしちゃったよ」
「あらあら。それはタイヘンです。ホントウあけすけでエッチな子。艶やかな悲鳴も美味しく頂きました」
むー。
そうゆー言い方されると、なんかメッチャハズイ。
「ど、どーでもいいから早く質問に答えてよ! 何をどーすればいいの?」
「実は……」
ルリさまをどーにかしろとゆう。
え? ルリさま?
「あの子、最近やたらと張り切ってて。とっても陽キャさんで。たぶんきっと病気です。ヘンな物を食べたに違いありません」
「なんでそう否定的で捻じ曲がった発想をするんさ。陽気で元気ならいいやん。ルリさまって普段ツンツンしてるコトがあるから、わたしはいい傾向だと思うよ? なんでアカンの?」
「とにかくウザくって。わたしの崇高で理知的な作業がちっとも進まないんです」
崇高? 理知的? あぁ、発明品づくりか。
……そりゃ。
わたしもいま、似たような状況だよ? マジメに勉学に勤しんでるんだよ?
ノドチンコの手前までイヤミが漏れ出そうになった。
「何かとてつもなくいいコトがあったんじゃない? 彼女のモチベが爆上がりするような何か」
「うーん? そう……なんでしょうか?」
わたしの部屋は2階なんやが、階下でルリさまのコロコロッとした笑い声が聞こえた。
なんとタイミングがいい。
そろそろ夕飯が出来る頃、それ目当てが知らんが訪ねてきたらしい。
陽葵のハスキーボイスがはさまってるので、どうやら二人の間で会話が弾んでいる様子。
宿題の完遂を一旦諦めて、シータンとともに階段を降りる。
やっぱりルリさまだった。
ちょうどリビングで魔力障壁を張ったかんなぎリンに、火球をぶつけようとしているところだった。
ふーん。
魔力実験かぁ。
――って、ちょっと待て。
ちょっと待てええええい!
「――アンタらぁぁーッッッ?! ナニやってんねーんッ!」
「実験よ。極小に固めた魔力を一点集中で当て続けたら、障壁の破壊が容易いか。上手く行ったら魔法学校に研究レポートとして提出するんだ。えへへ」
するんだ。……じゃない!
「ちょちょちょちょ陽葵! アンタその実験、許可したんか?! 家屋の心配はしとらんの?!」
「……んーまー。ココロクルリがやたらと乗り気やったから……後で修復魔法かけたらいーかな……と」
な、な、ナニゆーとんのや?
家だけやなくって、ご近所さまからのクレームの心配もせんかーい!
「ハナヲセンパーイ。今日はまぁ惟人クンがお泊りバイトで不在のようですし、陽葵さまもお寂しいですし、少しくらいココロクルリの相手をなされてもいいんじゃないですか?」
「はぁ? アンタもナニゆーとるんや……かんなぎリン。オメーちょっと校舎裏に来いやぁ」
すごんだらシータンに肩を叩かれ。
「ね? わたしの言った通りでしょ?」
ココロクルリさんがウザったい。ホントーにウザったい。
「ゆった通り……やね、確かに」
呆れて脱力しかけたけれども、とにかくもルリさまを押しとどめた。
「ハナヲ! こないだの避難訓練、魔法学校でも好評だったんだよ! もっと色んなアイディア提案したいから協力してよ!」
「するする。するから、家の中で魔法ぶっぱなすのだけはヤメテ?」
「えー。結界張ったのにダメなの?」
や~か~ら~。ダメに決まってんやん!
○○
「陽葵。明日買い物付き合ってよ」
ちょっとそこの陽葵ー、露骨にイヤなカオしないよーに。
「修学旅行のさ。準備をせんとアカンのやけど……」
「……準備品くらい、ひとりで買いに行けるやろ?」
そーゆーコト、ゆわんとって。
これでもわたし、一週間ほど前からずーっと悩んでんねん。独りで。
なんでって、そりゃあ、さ。
「グズい。ハッキリもの言いや!」
「う、うん」
ふう。
ああ、もお!
ゆわんでも覚れよ、なぁ!
……なんて期待するのはエゴっちゅーもんか。そりゃそーだ。
「あのさ……ごにょごにょ」
「ん? ナニ? 人に見られても恥ずかしくないパンツが欲しい?」
「わああぁぁぁ! 口に出すなぁ!」
「ああ、ごめんごめん」
何を隠そう、今まで履いてたのは陽葵が買ってくれてたモノで、何の迷いもなく使わせて頂いてマシタ。
ところが今回、中学2年生になって、修学旅行なるものに参加せねばならなくなり、これまで気にもしなかった下着とゆう厄介な代物に配慮せねばならなくなったのであります。
「水玉とか縞パンとか白パンとか、ハナヲセンパイのパンツ、どれもカワイイじゃありませんか?」
ほーう?
かんなぎリンさん。あちきのトップシークレットをよう知っとるねえ、ワレー。
「わたしが買ってたの、気に入らんちゅーのか? そんなん何でいまさら急にゆーてくるんや?」
「……その。あの」
諸悪の根源は水無月まなや。
アヤツが要らんコトゆーから、意識するハメになったんや!
「と、トモダチが、ね。……何か、子供っぽいって、わたしのパンツ……」
陽葵にだけ聞こえるようにちっちゃな声でゆったのに。
「ふーむ。色気付きやがりましたか、ハナヲ」
興奮気味、食い気味のシータン。
「ぶち殺しましょう、水無月まなを。あの女はハナヲセンパイの、真の魅力の引き出し方がゼンゼン分かっとりません!」
かんなぎリンは何か知らんが上向き加減で、自分の首の後ろをトントンとチョップしながらブチ切れてる。ちなみにわたしは発言したトモダチの固有名詞は挙げていない。
ルリさまにいたっては両手で口を押さえ、妖猫マカロンとカオを突き合わせている。失敬な!
かんなぎリンが肩で息をしはじめ、
「わたしがご同行します! こうなったらいっそ、エマニエル夫人もひれ伏すくらいのエローなパンツを見繕って差し上げます」
「却下!」
陽葵の、「はぁ」とゆうタメ息が漏れた。イヤなの? と心配すると苦笑してた。
「仕方ないな。付き合うよ」
「ホント?! アリガトウ!」
……わたしは知っている。
陽葵は結構カワイイの、履いてんのを。
○○○
新石切までふたりでチャリ漕いで。
――って考えてたら、たまには歩いて行こうと陽葵がゆいだした。
駅までの道のりは遠い。
徒歩……、ホントに? と思ったが、陽葵がシューズを履いたので、わたしも覚悟を決めた。
――今日、晴れてて助かった。
お世辞にも美しい街並みとはゆい難いし、道もあんまし整備されてない。そんな道のりだったけど、5分ほど陽葵と肩を並べていたら、「ああ。こうゆうコト、あんまり無かったなぁ」ってふと気が付いた。
彼女とノンビリ散歩する、とゆうコトがである。
陽葵の父親をしてたときにも、もう記憶が薄れてしまってる部分もあるけれど、ほとんど無かった気がする。
だから、まぁ悪くないかなぁ、こうゆーのも。と、しみじみ感じた。
「このへん、タバコのポイ捨て多いね」
「わたし、コレ見るたんびに思うねん。罰として、そいつらの家の中にそいつらの捨てた吸い殻をポイ捨てやれって。どんだけアカンコトしてるか、イヤでも自覚するやろってな。そうなれば二度とポイ捨てせんやろ」
「キモチはよーく分る。けどソレ、放火っぽいよね……」
陽葵は元魔王魔女。
アウトローながらしっかりした道徳観を持つ女の子。
魔王や魔女が悪の権化だとダレが決めた? それは人族が決め付けただけでホントはそうじゃないかもだよ。
昔のファミコンゲームに出て来るような悪魔の大王とかでは無いんだよ、彼女は。
ちょっと言動は過激ですが。
少し心が和んだわたしは、陽葵がうっとおしがるのを承知で昔話をいろいろ振った。
近所の駄菓子屋に遠足のおやつを買いに行ったよねとか、自転車の練習をさせてやろうと公園まで行ったねとか。
あの頃は東京に住んでたんで、懐かしのその場所は通らなかったけど。
「駄菓子屋? ああ、ハナヲがサイフ忘れて来て、結局自分の小遣いで買ったときな。何のためについて来たんかイミ不明やったな。――あと自転車の練習? ……それは公園に行くまでに、ハナヲの体重過多でわたしのチャリがパンクして。練習できんかったときのことやな? アレ全部、ハナヲの黒歴史な」
うえええ?
わたし、なんて自分に都合良い記憶忘却してんの。
ダメな想い出の部分、まったく覚えとらん。
○○○○
「ハナヲ姉」
「……なに?」
「駅に着いた」
「うん? そーやね」
陽葵は腕を組み、目を閉じて、仁王立ちで静止した。
「?」
電車に乗らんのか?
「ねぇ陽葵。信号青になったよ? 駅に行かんの?」
「……店」
「ん? 店? もしかして、このへんにあるん?」
キョロキョロ。
ミスドに鳥貴族に……。うーん? もしかしてドンキホーテ?
「――白状する。わたし、下着はぜんぶネット通販で買ってるんや」
「はああぁ?!」
「やから、ハナヲの知ってる店についてってアゲル」
「はあぁぁぁ?!」
二度目のはあぁ?!
「そ、そーなん?」
冗談やんな? と頬ヒクつかせたが、陽葵は仁王立ちポーズを崩さない。
ただしカオを完熟トマトのようにマッカイケにさせて。片目でわたしをちらちら窺っていた。
し、し、真剣デスカ……。
「で、でもでもわたし。お店、ゼンゼン知らんねん! 服屋さんってたら、この先にあるユニクロくらいしか知らんねん」
「じ、じゃあ。そこに行くで」
えー!
買うモノはアレだよ、パンツだよ? フリースとかパンツやないんやで? あ、いや、パンツやけど、そのパンツ違うし。やったらせめて、ファッションセンターしまむらがイイかな。……でも近くにはその店、思い当たらんし。
「そ、そこは……イヤや」
「う。……そ、そーなんか? やっぱハナヲ姉、イヤなんか?」
「勝手ゆーてごめんなさい」
ガックシや。
結構お金かかるってゆーから、なけなしの小遣いを握り締めてきたのに。
「……んじゃ、家帰って通販サイト見る。そのサイト教えて……」
すると陽葵、「んー」と唸って沈黙。やがて、駅に向かい出した。
「え? どこ行くん?」
振り返って陽葵。
「梅田、行こ。阪神百貨店と阪急百貨店。大丸も」
「ふえ?」
「電車乗ったらスグやろ? ……行かんの?」
「あ、行く。行きます!」
――その日、花柄レースのネイビーカラーとピンクベージュの2種類を収穫。
わたしの女子力が3ほど、上昇した。
なお、陽葵は細紐タイプの黒パンをこっそり買ってた。
……そう。こっそりと。
このことはしっかり記憶にとどめておこうと思う。
お姉ちゃんは今度こそ、忘れへんからな。
それと。
ありがとう、陽葵。
ハナヲ「今年もヨロシクです」
ザ・月後れ




