ルリさまが避難訓練に参加した
みんな!
突然やが、毎年9月1日が【防災の日】やって知ってた?
何でも昔、東京の方でカントー大震災ってのが起こったんやって。
大阪北部地震の比やないくらい揺れたって。
先生が大げさなゼスチャーで説明してた。
オマエ、前世は中年オジサンやってんやろ、そんなのも知らんかったんか。って?
何となくは知ってたよ?
でも歴史とかそれほどキョウミ無かってんもん。
――でさ、今日はその9月1日やもんで、ガッコーで防災訓練をするんだと。
だからナニ?
いや、やからさ、その話を今朝ルリさまにしたら。
……え? そうなんや、ついしちゃったら、
「オモシロそう! わたしも参加するっ!」
あ……ヤバ。
要らん話題振ってしもたかな……。
ちょっと聞き知ったネタを自慢げに語るとこーゆー結果になる。
「……ゼンゼン楽しくも面白くもないよ? 時間が来たらベルが鳴って、生徒たちが一斉に机の下に潜って……」
「へええ?! ――でどうするの?」
「その後は避難訓練。ぞろぞろとみんなで階段降りて、校庭に出て、並んで。……えーと、それから点呼とって……終わり!」
ルリさまの過剰な期待を打ち切ってやろうと思って、【終わり】をきつめに発音して締めくくった。
でも効果なかった。
「それは愉快ね! 日本人って集団で行動したり、行列つくるの、ダイスキだもんね! それみたいみたい!」
「あのさぁ。見世物では無いんやけどなぁ」
日本人の珍奇な風習を観光気分で見たがってる。
そんなような軽ーいノリが感じられた。
「ゼッタイにジャマはしないから。むしろ応援する」
「んもぉ。約束してよね」
「はーい! あはっ、タノシミー」
なんだか妙に不安だー。
○○○
登校して授業を受けてたら、後ろの席の生徒からチョンチョンつつかれた。
水無月まなだ。
同級生、メガネっ子でオタク仲間の彼女が無言で紙切れを差し出した。
そしてこー言う。
『わたしのとなりに。ルリちゃんとシータンちゃんがいるんだけど?』
飛び上がりそうになって。
実際2センチほどオシリが浮いて。
ムリやり手で口を押さえたんで、傍からすれば、「あひっ」と奇声をあげつつバウンドしたように見えたと思う。つか、実際そんな動きした。
エロスコープを全開にして妄想した場合、授業中なのに、何らかの方法でエクスタシーに達してしまった変態女子に映らなくもなかった……と思う。
キョロキョロと周囲を窺ったら案の定、赤面した男子数人とがっつり目が合った。
くーッ。
サイアク、サイアク!
ウラミをこめて斜め後ろの席を睨みつけると。
……確かにいるよ。
ルリさまとシータン。
しれっと制服まで着用。うちの学校の女生徒になり切ってる。
当然のようにクラスの誰も、その異変に気付いてへんし。
――水無月まなを除いては。
(彼女は異世界魔女っ子の存在に、たぶん薄々気付いてる)
異世界魔女っ子の、これが特筆すべき無自覚能力のひとつなのだ。
てーか、うっとうしい。
でなんで!
シータンまでおるんや!
「……んもぉ」
制服姿がわりと似合っててカワイクて目線が逸らせないので、それが余計に腹立たしい。
「――暗闇姫ハナヲー。続きを読んでみろォ」
「……」
はーい。こうゆー場合はね、高確率でそうなるって予想はしてましたよ?
だいったいワンパターンなんですよねえ。わざわざピンポイントで当てられるとかってさ!
わたしはアニメキャラやないっての! くそう。
「やーみーきー。ナーニをブツブツ怒ってんだー?」
「いえ別に。――ええ……『小梅は白いワンピースの水着を着ていた。……股の切れ込みは……さほど大胆ではないが、……胸の部分は……ふくらみの上端がほのかにうかがえるほどで、全体的にピッチリと体のラインが分かるデザインだ』……アレ?」
「……。オマエな、授業中にイッタイ何を読んでるんだ? その本持って、あとで職員室に来いよー。いいなー?」
周りの男子たちが「得心いった」とゆわんばかりに、ニチャニチャ笑いでわたしを凝視する。
あひい、視姦しないでぇ!
――犯人は分かっていた。
こんのォ、シータンめえぇ!
○○○
『ところでハナヲさぁ。防災訓練ってまだ始まらないの?』
「――っつ?!」
ルリさまが念波みたいな、何か知らんもんで話し掛けてきた。
頭の中に直接声が届くカンジ。
お、おい。ちょー待ってくださいよッ!
じゃあ、さっきの紙切れリレー、伝言ゲーム的なアレは何やったの?!
ガンムシしてたら、今度はシータンの声。
『さっきの本、ハナヲが前世オジサンだったときに部屋にあった、愛用の官能小説ですよ? いきり立ちましたか?』
知ってるよ!
もう今はすっかりオトコ時代の性的感覚が無くなってて、読んでてただただ恥ずかしいだけでしたがね。
やたらと懐かしさを感じたよ!
もうこれ以上は耐えられないんで、わたしも念を込めてふたりにメッセージを送った。
こう見えても前は国語は得意やってん。それが1学期の後半には赤点大王に成り下がってた。
このままやと完全に取り返しがつかんくなる。
心を入れ替えて勉強に集中したいねん。
『訓練は2時間目や! それまで大人しくするように!』
――ん?
ふたりから反応が無い。
念送るの、失敗したかな?
とか思ってると。
ジリリリリ!
と、非常ベルが鳴り。
(うちのガッコーはお金が無いのかリアリティを求めているのか、本当にベルを鳴らす)
「ほーい、みんなー。慌てず騒がず、まずは簡易ヘルメットをかぶって机の下に潜れー」
アッレー?
もう始まっちゃった?
ルリさまキャッキャッとはしゃいで机に隠れている。普段ポーカーフェイスのシータンもニヤニヤしながら机の下で三角座りしていた。
あーその座り方だとパンツ丸見えやって!
でもなんかホッコリしたんで、まーいっか。
さてさて。
問題はここからである。
ふたりの魔女っ子を交えての行事が、そんなあっさりと終わるはずもなく。
それなのに、何の予想も備えもしなかったわたしの責任でもあるのだけれども。
一言でいいからゆわせて頂きたい。
いい加減にしろ。
――で何が起きたかってーと、教室を出て廊下でとりま点呼。
そして階段までダラダラと生徒らが雑談しつつゆるーく行進したところで、まずはルリさまが「つまんない」とゆい出し、続いてシータンが「確かに。こんなのじゃ訓練になりませんね」と相づちを打ち。
グラグラ――と校舎が揺れた。
ハッとした女生徒から悲鳴が上がる。
突如起こったパニック。
――と、今度は教室から火の手が上がった。
「ぎゃあああ!」
いきなりのクライシス。
女生徒たちの泣き叫びと、押し合いへし合いする男子たちの怒鳴りが交錯する。
わたし、大きく息を吸い込んで。
吐いて~。
そうしてまた吸ってぇ。
「狼狽えんなあぁぁッ! 訓練通りに避難すりゃあいいんやッ! おはしもてーいッ!」
集団がビクッと震えたのが分かった。
声の発生源であるわたしに目が集まる。
わたしは普段、なるべく目立たないよう、目立たないよう意識している。
何故かってそりゃ、わたしも実は魔女っ子やし、とゆって今の生活は守り続けたいし、ゆえに正体を知る第2第3の水無月まなを作りたくないし。
だってイヤやん。
魔法使えるのに頭悪いぞ? とかゆわれたらさ。
とにかく普段モブっ子のわたしが大声で怒鳴ったから、意外性をもって受け入れられ、みんなの注目を浴びたみたい。
こりゃ成功だ。
調子に乗って。
いやちゃう。
さらに気を張り、勢いに乗ったわたしは。
「避難のときは【おはしもて】やったやろ!」
おはしもて。
押さない。走らない。しゃべらない。戻らない。
さっきセンセーから習ったよね? わたしはまだ憶えてるぞ。
クラスメートがシンとしてわたしの指示に従った。
おお! ウレシー。
みんな真顔で階段を降りて行く。
今しがたまでほぼ全員がくっちゃべってたのに、いまは誰も緩んでない。
ところが先頭で生徒を誘導していた担任センセーが突然階段の踊り場で立ち止まり、頭をポリポリ掻きだした。
「おかしいなー。ここは学校のハズなんだけどなぁ」
あまりにオカシなオトボケをするので列を抜けて先頭に。
すると目の前にうっそうとした密林がいた。
シータンがヒュウ~と口笛を吹く。
……さーてはオマエだな? しー公め。
センセーの歯がカチカチ鳴っている。
ヘビとライオンとトラが束になってセンセーをねめつけているからだ。
でもわたしは十二分に理解している。
猛獣どもは幻覚だ。
故意か知らずか知らねども、原因が魔女っ子どもであることは間違いない。
「ルリさま」
「わざとじゃないもん。ちょっと景色が変わっただけだもん」
わたしは悪くないアピールは通用しません。
「3人一組になって列になって通り抜けて! 怖い人はまん中になって! ジャングルなんて、スグに抜けるから!」
あー。
今日一日で通常の3日分はしゃべった。しゃべったとゆーより怒鳴った。
そのかいあって無事、生徒たちは校庭に着いた。
みんなにも安堵の笑顔が戻っていた。
ヤル気と緊張、終えた後の達成感でいいカオしてる。仲間意識もちびっとは高まった、かな?
ちなみに点呼の時、ルリさまが一番元気に返事してたのをゆい添えておく。
「魔法学校でもこういった訓練はすべきだよ、シンクハーフ」
「そうですね。グッドポイントを持ち帰って、さっそく職員会議で提案してみることにします」
後で聞いたら、シータンが日本で言うところの安全委員会の顧問、ルリさまが安全委員に(くじ引きで負けて)選ばれたそうな。
それで何か面白い取り組みを考えろと、漆黒校長から宿題を出されたそうで。
「大変参考となるものを見学させて頂きました。お礼申し上げます」
あくまで生徒の恰好をしたシータンに感謝され、担任は訳もわからず「う、うん。勉強熱心で何よりだよー」と意外と嬉しそうに答えていた。
こんな生徒いたっけかな? みたいな目はしてたんだけどね。
「ルリさま。猛獣はともかくジャングルは幻覚魔法やなくって、時空の歪みで発生したんでしょ? ちゃんと元に戻しといてね」
「おっかしいなぁ。そんなにムチャはしてないのに」
文句禁止。
手伝うから一緒に、早急に、原状回復しようゼ。
たった10分程度の避難行動やったのに、ひどく疲れたよ。
そのあとおこなった消火器訓練や、消防署のひとたちの指導によるAED訓練とか、まるで付け足しのように感じてしまい、申し訳ないながら、あんまし憶えてへん。
――さて。
次の日からわたしはモブ子を卒業し、代わりに一部の男子からはエッチな目でみられるようになり、また女子からは委員長と呼ばれるようになった。
ああ。
過去に戻ってやり直したい。
2023年もよろしくね!




