01話 娘と金髪ツインテ
一人でも多くの方に読んでもらいたいです。よろしくお願いします。
「花見の場所取り、ですか?」
「新入社員の歓迎会だ。経理には伝えてあるからよろしくな」
――3年前の不況でオレは副主任の肩書を外され、有期契約社員になっていた。
このところ残業代頼りの生活になっていたが、当然上にはウザがられている。
同期入社の課長がオレをジッと見る。
「……場所取り。イヤか?」
「いいえ。承知しました」
残念だがオレは下戸だ。フラストレーションを紛らわせる手段として飲酒は無効。
なので毎度、この手のイベントでは酔っぱらいのお世話をまかされるのがオチ。
終電近くなって、やっとこさ解放。
なんとか飛び乗れた快速の、空いたシートに腰を落とした。
「あ。まただ……」
夜の車窓より、流れる町灯りに異変を見つけて呟く。
こりゃ逆走してんなあ。
……いや、乗り間違いしてる訳じゃないぞ。目にする建物や過ぎゆく駅はいつもとまったく同じ。ただ単純に、進行方向だけが入れ替わっている。ただそれだけ。
ま、別段驚くほどのもんじゃない。
こんなのは、ちっとも珍しい事じゃ無かったもんだから。物心ついた頃からの慣れっこだった。
良くある例では、ケーキ屋が翌日にはパン屋になり、その翌日には酒屋になり、コンビニになり、とかかな。
他には「霊が通った」とか言うアレ。
中学の時には、帰宅したら、今の今まで母親が誰かと会話してた様子だったのに、居間を覗くと、独りきりでテレビ見ながら黙りこくってた。これはさすがに不倫を疑ったけどな。
そうそう。
いつだったか。たしか小学校の高学年くらいだったと思うが、自室に見知らぬ金髪ツインテの女の子がいたっけ。人のベット使ってグーグー寝てやがったんだよな。
仕方なくゆすって起こすと、何事も無かったかのように窓から出て行った。
……オイオイ、ちょっと待て。この部屋は2階だぞ? と、子供ながらツッコミを入れたもんだぜ。
しかもその子、せっかく親が近所の子供ら集めて催してくれたお誕生日会の席で、意中の女の子から《いただいた》子ネコのヌイグルミ、――それまでの人生で、いいや、ぶっちゃけこれまでの人生で、女性からもらった唯一のプレゼント、それを何食わぬカオで持ち去りやがったんだよな!
だから、ねちっこーく、今でもずーっと覚えている。
目線が合った。
女の子だ。
――そうそう。そうだよ、こんなカンジの子。
ツインテの、ナマイキそうで、だけど、クリッとした眼のカワイイ子。
「――ねぇ、アンタ。陽葵の誕生日、知ってる?」
「は?」
「陽葵の誕生日よ。明日から新学期だって分かってる?」
な、なんだ? この子?!
ゾッとしたオレは立ち上がってその子から距離を取った。
ナニ、あの子。
そーいや、なんでこんな時間に電車に乗ってんの?
迷子? 家出? それとも……。
そっと振り返ったら、居なかった。
――ああ。
幻覚の一種か。
◆◆
4階建て、築20年の賃貸マンション。
そおっと玄関のドアを開けると、一人娘の話し声がきこえた。
まだ起きてやがったのか。こんな夜更けに、誰としゃべってんだ?
それともまた、いつもの違和感かよ?
娘はまだ小学5年生。まさか、カレシを連れ込んで……ってコトはなかろうに。
「オカエリ。今日は終電、間に合ったんやね」
オレは、娘が右手に持った何かを隠す動きを見逃さなかった。
「何飲んでんだ? まさか酒じゃなかろーな?」
隠した手を退かせると、グラスに赤い液体が入っていた。
トマトジュース?
ドロドロした……まるで血のようだ。近頃の飲み物には、キモチ悪いのがありやがるな。
引き気味にそう思ってたら、娘の脇の方でカゲが動いた。
そちらに視線を向けたオレは、「あっ」と思わず声を上げた。
そこに居たのは、子ネコのヌイグルミを抱いた、金髪ツインテの女の子――だった。
「この子、クラスメート? お泊り? 親御さんにはちゃんと言ってあるの?」
当人でなく娘に問うた。
「ん、まぁ……。べつにお父さんに迷惑とか、かけへんから」
娘の態度に険が感じられる。いつものことだが。
事情があって、彼女は関西育ち。
なじみのない方言でしゃべられるのは少し苦手だ。
「あ、あぁ。……早く寝ろよ?」
オレの言葉はすでに部屋に消えている娘の背にも届かなかったようだ。返事も無かった。
……そーいや。
オレも同じだ。
言ったっけ? 「ただいま」。
娘の「おかえり」は聞いた気がするが……。
にしてもあの女の子、よく似ていた……。
さっき電車で会った子に……。昔、オレのヌイグルミを持ってった子に……。
直接尋ねてみるか?
いやいや、気味悪がられるだけだ。
深く考えるのが面倒になり、そのまま自室へ直行した。
明日も忙しいんだ。
◆◆
めずらしく娘からの着信履歴が残っていた。
……まったく気づかなかった。
昼休み前か。まだ学校のはずだが。
何かあったのかと思い、掛け直してみたが出なかった。
「用事なら、また掛け直してくるだろ」
安易に考えたオレはそのまま失念してしまっていたが、夕方に、今度はメッセージが届いた。
『今日、遅い?』
『残業で遅くなる』と、返した。
『わかった』
すぐに、そっけない返事が入った。
魔女? 何かヘンなマーク? のスタンプが添えてあった。
なんなんだ? いったい。
ボンヤリしていると、定時のチャイムが鳴った。
「やっぱ今日は帰ろう」
モヤモヤしたオレは、机を片付け始めた。
通勤ラッシュの人混みがいつにも増して鬱陶しく、準急の進みがとてつもなく遅く感じられた。とにかくイライラした。
家のドアを勢い良く開けると、玄関に、昨日とは違う、まったく別の人間が立っていた。
って誰だ、オマエ?!
アーミー柄パーカーの巨漢。
頭と顔をフードとマスクで隠している。
素性が知れないが、体格から男と思われた。
ソイツと目が合った。凶器を宿した目。
ゾクッと身の内が震える。
「あの、……ココ、うちの家……なんすが?」
なんで丁寧語?
情けない。
大男はオレの横をすり抜け玄関から出ていった。悠々と。
むろん、追い掛けた。胸騒ぎが止まらない。
「ち、ちょっと待てって! アンタ、誰なんだ?! いったいオレん家で……!」
「やかましいヤツ。アノサァ黒姫サマ。コノ虫、殺してイイすカ?」
「アカン。親や」
なんと、ソイツのかげに娘が隠れてたじゃないか!
大男とどこかに出掛けるつもりなのか!
「ノワルヒメ? ナニ言ってんだ? 陽葵ッ! ――待てよ! オイッ!」
「お父さん。もうわたし、この家には住めないから」
「す、住めない? な、何言ってやがるっ! いい加減にしろ」
娘、陽葵はちょっとだけ悲しそうなカオをしてから、再び背を向けた。
男は「カカカ」と腹立たしい笑い声を立て、娘に一礼した。
「待て! 待ってくれ! お父さんに怒ってるのか? ゼンゼン構ってやれなかったからか? 気に入らないことがあったら何でも洗いざらい言ってくれよ?」
「気に入らないこと……。横柄。デリカシー無し。無能社員。仕事バカ。ヘンタイ。アニメおたく。低収入。おちこぼれ……」
ほおおお。イッパイあるねえ。
「分かった、これからお父さん、悪かったところ、ひとつずつ無くして行くから!」
娘に駆け寄ると大男が立ちふさがった。
大男を押しのけようとしたら、チョンと突き飛ばされた。
「ブヘヘ、弱っちいヤツう」
必死に追いかけた。
橋の中央あたりで、強面の集団とぶつかる。
娘が気掛かりなオレ、一礼してそのまま通り抜けようとしたんだが、相手がスルーしてくれなかった。
「態度が気に喰わない」だの「挨拶がなかった」だの、口々に罵声を浴びせてきた。
それとセットで殴る蹴るの暴行を受ける。
通りすがりの人らは結構いたが、見知らぬオジサンを助けようっていう御仁は現れず。その代わりにたくさんのカメラの餌食になった。
インスタ映えしてるか、オレ?
なんとも情けなく、腹立たしく、ナミダで川面がユラユラ揺れた。
ここ、橋の上だったんか。
オレは迷うことなく、そこにダイブした。
我ながら見事な敵前逃亡だ。
でも相当な高さだった。
あー死んだかな? これ。