09話 金髪ツインテは振り向かない [ ポニーテールはふり向かない ]
目があいた瞬間、全身がバラバラになったと思うほどの痛みを感じた。
悲鳴は出ない。
だって痛すぎた。
「軽く半日は落ち続けたよね」
天を仰ぐ。真っ暗で何も見えないけど……。
そりゃ相当な高さだったろう。物理障壁で防護してなかったら確実にアウトやった。
それでも地面に衝突したとき気を失ったようだ。
手足が動かない……と判ったのは目覚めから数秒後。
大きな板の上に載せられてるとも気付いた。
「――なあ。そこの赤と青の鬼さん二人。悪いコトゆわん。この縄ほどいてよ」
いたいけな乙女をナワ締めするなんて。地獄とはゆえなんて破廉恥、なんて乱暴。
それに今、わたしは結構フキゲンや。こんな辱めを受けて心のモヤモヤが増幅してる。
なのに鬼さんたち、わたしに知らん顔。
青いのが包丁研いでて、赤い大きなのが……!
腹いせに手足の拘束を自分でブチ切ってやった!
「オヤオヤ元気な娘っ子さんだなやし」
「……なぁアンタら。特におっきな赤い方。――それ。ちむちむ丸出しでナニしようとしてた?」
薄ら笑いの赤鬼、そばの岩に立てかけていた金棒を持ち抱えた。
「俎板の鯉。鬼は地獄でナニしても合法なんだし。お咎め無いし」
ブンッと金棒を大振りしてきた。スポンジみたいに軽々とあつかってる。
暴力で丸く収めようってのが、サイテー。
「でも、動きおっそ。そんなんで女の子に勝てるって思ってんの?!」
仕方ない。相手してやるか。
火弾をぶっ放し、鬼の金棒を焼いた。
「うっお! あぢぢい!」
「……そこの青いの! アンタも隠れてんと出てきたら」
「い、いやいや。そんなん言いなや。誰かってつい隠れてまうって」
妙に小さい青鬼。下あごから伸びた牙だけがやたらと目立っていた。
「関西弁同士、仲よーしてぇや、なぁ?」
「関西弁ゆわんといて。気にしてんねんから。つーか仲間ちがうし」
とんでもない目に遭わそうとしといて、仲良くなんてできるかっ。
「ここは地獄のどの辺なん? ヒラって人知らん?」
「はいはいな。知っておますで。キョウさんでっしゃろ? 蜘蛛の糸の現場で大暴れしてはったさかいな。そりゃもー大変な騒ぎでしたわ」
「蜘蛛の糸! アンタ知ってんの?!」
「当たり前でんがな。蜘蛛の糸現場は、地獄界と冥界の協同職場ですがな」
キョウちゃんが暴れたってコトは、地獄界とそこでモメたんだ……。やっぱりそーやんな。
「蜘蛛の糸事業はほんの2千年ほど前から始めた新規事業ながら、ふたつの世界の大切な収入源ですわ。クズ人間らに、高額の免罪符を買わせて天界行きの【蜘蛛の糸】に搭乗させるんや。途中の冥界で防人らと同士討ちさせられるとも知らんで、まったくバカなクズどもはホイホイ乗ってしまいよるんや。でもまー、地獄はツライモンなぁ。気持ちは分かるわぁ」
ああ……なんてこと……。
わたしはそんな亡者らを容赦なく地獄に叩き落としてたんや。
しかしこの青鬼、外の人間によくもまぁペラペラと説明してくれるもんや。有難いですが。
「青鬼さん。わたし以外の魔女を見てないかな」
「ココロクルリさまでっしゃろか」
「! ルリさまを知ってるの?」
赤鬼が吠えるように怒鳴った。
「オメエとおんなじだ。目の前に降りてきたとたん、『ヒラのとこに連れてけ』ときた。そりゃあもー、えらく可愛かったげなぁ! まるで天使だべ!」
「……オマエ、はやくソレ、しまえっ!」
不快極まりない赤鬼をほっぽって、青鬼に案内させることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やや先を歩いていた青鬼が、平らな岩場を見つけて座り込んだ。
「足がフラフラするんでしっしゃろ? あちこちに硫黄の丘とか、硫酸の池とか。もう結構な塩梅で体に害がでとると思うでぇ?」
「ア、アンタ分かってて説明せんかったん?」
「説明したらどないかなるちゅーモンでも無いでっしゃろ?」
「う、まぁ。そりゃ……ね」
「あーそこ。誰かの目玉踏みつけてまっせ?」
「うわああああっ……!」
不細工な姿勢でコケた。
ぐ、ぐ、ぐぞ~おぉぉ。
死体なんて、それこそ腐るほど見たのに、不意にビビらされるとやっぱ怖い。てか、イヤだ。
「青鬼さん。もうアンタの案内いいや」
「んなコト言わんと。この先の村にココロクルリさまがおるで、カンニンして」
青鬼の言った通り、確かに村があった。
昔、恐怖番組で見た【地図から消えた村、すぎしわ村】とかなんか廃村のイメージまんま。雑草が生い茂り、手入れの行き届いてない瓦ぶきの屋根が、傾きつつ密集し朽ちかけている。まったく人の住む気配は無かった。
「ここだす。どーぞどーぞ」
――確かに映画小屋……。立て板の戸にそう墨書きがある。
玄関付近にベッタリと血の付いた包丁が転がっているのは別に演出じゃあるまい。現に人だけでなく鬼も斃れ伏していた。
「大乱闘の現場ですわ、気になさらず。あと数日もすりゃ、また生き返りますわ」
「……」
「キョウさんが仕出かした事件です」
キョウちゃん!
ここにいたのか! 思わず足早になった。
映画館……確かに館内では映画が上映されている様子で暗かった。
「キョウちゃんはどこ? ルリさまはっ?」
「シッ。他のお客さんの迷惑ですがな」
「……んもぉ」
冒頭、あるマンションの一室。
家族3人のどこにでもある日常が映し出された。
でもそれがそうでは無かった。
小学校に入ったばかりとおぼしき女の子が親の目を盗み、ことあるごとに食べ物をかき集め、隠す。主に長期保存可能な非常用食品を。
両親は共働きなのか、いつも二人して留守にしている。小一の子が独りで留守番している状況だ。
ところがその解釈はちょっと違っていて、どうも父親はリストラで職を探していた。しかも失業中なのを妻に隠しているようだった。妻が出社後にこっそり家に戻ってきたり、日がな一日パチンコ店に入り浸ったりとか、外で女をつくっていわゆるヒモなどをしていた。
ある日そのことがバレて夫婦ゲンカになり、なんと娘の前で刃傷沙汰になり警察が介入し、離婚といゆー結果になった。母親に引き取られた娘はその日から母子家庭で育つことになる。
「じゃあ、行ってくるわね」
「いってらっしゃあい」
仕事を掛け持ちしているのか、母親は、いったん外出すると2~3日は帰ってこなかった。その間、娘は隠し持っていた非常食をむさぼり食う。……そのための盗みだったのか。もう随分前からの習慣になっていたんだと合点がいき、急に胸が苦しくなった。
「心ちゃん。今日は心ちゃんの好きなトンカツ弁当を買ってきたわよ」
「ヤッタあ」
『もしもし心ちゃん。まだ起きてた? 今日は帰れなくてごめんね? 明日の三者懇談、ムリそう。先生に電話しておくわね?』
『だいじょうぶだよ、わたし一人でも先生とお話しできるもん』
『ごめんね。一日帰るのが遅れそうなの。明日はお誕生日プレゼントを持って帰るからね。子猫のヌイグルミが良かったのよね? 寂しくなったら電話してね?』
『ゼンゼン寂しくないよ。もうすぐネコちゃんに会えるもの』
3日ぶりに帰宅した母親の腕の中に飛び込む娘。子ネコのヌイグルミを受け取り大よろこびする。
あるとき、母親の誕生日か何かやったのか、女の子が手作りケーキに奮闘している。正直出来は悪いが彼女渾身の作だ。
その夜遅く、見知らぬ男を外に待たせてそっと帰宅した母親は、ラップされたバースディケーキに反応を示すこともなく、テーブルに一万円札を置き、ふたたび静かに家を出ていった。
そのまま母親は蒸発。女の子のいる家に帰ってくることは二度と無かった。
――場面が変わり、預けられた施設から学校に通い出す女の子。少し大きくなっている。
このときにはわたしは確信していた。
この女の子は、ココロクルリ。――ルリさまだ。
「学校にオモチャ持ってきてるー」
「オモチャじゃないよ。ヌイグルミだよ」
「ヤーダ! 先生に報告しなきゃ」
寂しさからか、ルリさまは子ネコのヌイグルミが手放せなくなっていた。
周囲の児童らはそんな彼女に配慮とか斟酌はなかった。
先生に言いつけられ、ただちにヌイグルミは没収された。
泣いて懇願してもムダだった。
その日の夕方、職員室に返してもらいに行くと、そのヌイグルミはとうに無くなっていた。
「先生。わたしのヌイグルミは!?」
「さっき、〇さんが取りに来たわよ。早くあなたに渡してあげたいって」
でも、〇さんって子は「そんなの知らない」の一点張り。
泣きじゃくり、必死にヌイグルミを探す。
――そして。小雨降りしきる中。
ようやく、プールに浮かんでいるヌイグルミを見つけ……。
嫌な予感しかしない。これ以上、見たくない。
暗闇……。無の世界。
そして、ポツリと声。
救いの手。
「しょうがない子ですね。もう少し器用に生きないとダメですよ」
「ダレ? あなた……」
「わたしはシンクハーフ。個体スキル転生を使う魔女です。あなたに選択肢をあげます。いち、このまま死んで来世に希望を託す。に。わたしたちの仲間になる」
「シンク、ハーフ? 仲間?」
「そう。ただいま魔女大募集中なのです。黒姫さまから仲間を増やせと指令をもらったのです。あなたは人間が好きですか?
「人間なんて、だーいきらいっ!」
「じゃあ決まりですね。あなたはわたしたちと同じ。人族の敵です」
シータンにギュッてされる、幼きルリさま。あったかそうなカオ。
「シンクハーフ。わたし、あなたと同じ魔女になるよ。だから、お願い」
「お願い?」
「わたし、ちょっとだけウソついた。……わたしね、ホントはお母さんは好き。……あのね、大阪城公園でね、お花見したの。お母さんね、オイシイおにぎり、作ってくれたんだよ? ダイスキな唐揚げ入りのおっきな、おーっきなおにぎり。……それでね、一緒に手をつないで歩いたんだ。とっても楽しかった。とーってもとーっても……たのしかった」
最前列で腕を組み、ギリギリと歯を鳴らしているルリさまを見つける。
「あっ、ハナヲ」
「ルリさまッ!」
「ヒッドイわね、この映画! 勝手に人のプライバシー流してんだよ? いったいいつ撮ったのってカンジ、……ねえ聞いてる? ハナヲ? ちょっと、アンタ! ナニ泣いてんの?! ヒドクない? ……ってちょっとォ?!」
この映画館、観覧者の過去を曝け出す地獄界の特別施設らしい。
かなりゾッとした。




