05話 山河燃ゆ いや、萌ゆ? [ 山河燃ゆ ]
久々にイヤな夢を見た。
サラリーマン時代の悪夢を。
入社3年目の大事な会議。居並ぶ社長以下役員に、自部門の実績を報告する会だった。
末席のオレもひとつの項目を任されることになった。上手くすれば、職場のボーナス査定にも好影響を与えるだろうし、何よりも幹部にオレの名が売れる。だから張り切った。
だが。いざ出番が近づいたとき、背筋が凍り付いた。
――これ、前回報告会の資料じゃねーか!?
半泣きで手元の資料をまさぐったが、無い! 見当たらない!
そうだ、きっと机の上に置き忘れたんだ。
前回先輩が作った資料を参考にするつもりで重ね置きしてて、間違えたんだ。でも、このタイミングで会議室を抜け出すなんてもはや不可能だ……!
どうする? どうしよう、オレ!
そしてとうとう、スクリーンにパワポ・スライドが映し出された。
職場の仲間、先輩たちに手伝ってもらい、徹夜までして完成させたものだ。
仕方がない。
台本が無いばかりか補足するための詳細データも無しだが、記憶力だけを頼りに、この場を乗り切るしかない!
……だが案の定、世の中そんな甘くはなかった。付け焼刃の気合だけで何とかなるもんじゃなかった。社長や役員が放つ鋭い質問にまったく答えられず、重苦しい空気が漂った。
衆目の中、オレではなく、オレの上司がフォロー不足を指摘されて平謝りする。
――その後のオレの、社内での立ち位置が決まった瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハナヲちゃん、ハナヲちゃんッ!」
力任せに腕を引っ張られ失神から覚めた。
首根っこすれすれに亡者の振るう剣がかすめる。
オレは剣を構え直し、カウンターで相手の胴を貫いた。
「戻らんでもいいってゆったのに! はやくカノジョを探しに行きなよっ、」
「そうはいかないよ。げんにハナヲちゃん、いまカンゼンに危なかったでしょう?」
「たまたまやっ、たまたま昼寝したくなっただけ。たまたま寝ぼけてただけやしっ」
「……ほんとう気を許さないでね。新月まで一週間切ってるから、相手は相当強くなってるから」
そんなのは分かってる。
3日前から亡者ら、武器を使い始めた。更にさっきは背後から火の玉をぶつけられて失神した。本日から魔法攻撃も追加されたってことだ。
――結局この日、キョウちゃんは最後まで遠征しようとしなかった。
オレが幾ら言ってもだ。オレが心配なんだとか言って。
近頃コイツのやさしさがイラッと来るときがある。今だってそーだ。
心配っていうより、不安なんだろ、キョウよ? いつまでたっても一人前にならないオレの面倒を見なきゃいけないのがイラつかないか? ハラ立つだろ?
オレだってそう。信頼されないってのがどれだけ苦痛で辛いか、優しすぎるお前にはてんでワカランだろ。
今日ほどコイツの背中に剣を突き刺してやろーかと、いっそマコトイトーの指令を遂行して、こんなサイテーなところからオサラバしてやろうかと思ったか知らん。
「カノジョが心配なんやろっ? 明日からはゼッタイに行くんやで!」
すると、決まって困ったような表情をするキョウ。
「気持ちは嬉しい。でもね、ハナヲちゃんが怪我したり死んだりしたら、一緒に同人誌だって見れなくなるんだよ?」
「同人誌? こんなときに?」
いーや。こんなときだから、か。
そんな和みのワードをさりげにぶち込むなッ。クソッ。
なんでこんなにイライラするのか理解できん!
それならと、提案した。
「明日はわたしの後ろで見守ってて。その日、もしわたし一人で戦い切れたら、明後日から今まで通りキョウちゃんには遠征してもらう。どう? これで?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――結果、やや危ない場面はあったものの、オレは単独で部屋を守り通すことができた。一部始終を見ていたキョウはそれでも何か言いたそうだったが、表面的には納得せざるを得なかった。オレ自身は、夢にまで見てうなされるリーマン時代の黒歴史なんかが上塗りできたような気がして、ちょっとした清涼感ってか、達成感を得た。
自己満足だが満足だった。オレでもやるときゃやれるんだ。ってな。
――だがそんなちんまいユトリはたちまち揺らいだ。
翌日の戦い。
バルコニーにいる他の部屋の【防人】の安否は、部屋の灯りの有無でたやすく認知できる。その灯がひとつ消え、ふたつ消えして行った。
亡者の室内侵入を許したせいだ。
瞬間閉鎖された房、イコールそこに居た防人らの永久封印が確定する。
「怖い。泣きたい。シータンは無事か?! 見つけろ、キョウちゃん。さがせ、カノジョを!」
戦いの渦中なのに取り乱し始める。
また一つ、更にまた……と、どんどん部屋から灯りが消える。
「……っく、くそおおっ!」
何のためにオレらは命がけでここを守っている? 亡者と防人の戦いは何のために行われている? ムダで空しいだけじゃないか、こんな行為。そもそも論が心を支配した。
敵の放った弾丸が脇腹をかすった。弾丸……?
痛いを感じる間に横転して逃げた。ついに拳銃まで登場したのか。
容赦のない銃撃を、まるで壁のようになって防いでくれたのは、いつの間にか帰還していた――。
キョウちゃんだった。再々助けられたわけだ。
うわああ。おせっかい甚だしいッ!
自分に対する腹立たしさを覚えつつもお礼は言わなければならん。
言いかけた時、キョウちゃんの眼色が変わった。
やや上空、ひとつの部屋の方向を見入っていた。
「うみ……? うみちゃん……!」
だがオレの目ではどこを見、誰を指しているのか、まったく追えない。
「キョウちゃん! 見つけたの? カノジョ、見つけたのッ?」
聞いても上の空、何も応えない。ただひたすら一心に同じ方向を見、――そして。
「【蜘蛛の糸事業】は絶対に終わらせる。……ハナヲちゃん、ゴメン」
終了の寸前、キョウがバルコニーから跳んだ。
白い光が目前を横切ったように思えたが、それも一瞬の事。オレは停止した思考でキョウを消し去った闇だけを追いかけた。
一人残されたバルコニーで終了のベル音を聞いても。
それでもオレは長い時間ずっと、深い闇を見詰めていた。




