もっかいゆっての補! -リボルトと暗闇姫ハナヲ-
「いっき」の挿入話。
ハナヲ転生後、まだ日浅い頃。
◆ リボルト(暗闇姫ハナヲの夫)
朝、目を覚ますと、隣にハナヲが寝ていた。
……ここは床なんだがな。
まったく。
寝相が悪いヤツめ。姫さまダッコでベットに担ぎ上げ、フトンを掛ける。
そのまま一緒にフトンに入り、オデコにキス。
「……ハナヲ。週末だけ帰って来るなんて言うなよ。この家から通えよ?」
耳元でささやく。
そのときパチクリと、ハナヲの眼が開いた。次の瞬間、頬に強い衝撃を受けた。
「ぎゃあッ! このチカンヤローッ! なんでアンタがわたしのベットに潜り込んでんやーッ?!」
「ん、いや? オレたちふたりのベットだが?」
「……? ――いやいやッ、アンタ、床で寝てたハズや!」
「いや聞けハナヲ。……あのな、何度も言うがオレたちは夫婦だぞ?」
「しばく! もうホント、しばく!」
まったくヤレヤレだ。
いつものこととは言え、ハナヲの照れ隠しは決まって大げさだ。ま、それが可愛いんだが。そしてそれが見たくてつい、オレも悪戯したくなるんだが。
「ま、そんなに怒るな。今日は学校だろう? 一緒に出よう」
「ヤだ。リボルトセンセと登校なんてしたら、ナニゆわれるか分からんから」
カオを赤らめて怒鳴る。ますますムキになる。
そんな彼女を見ていると、ゾクゾク感が抑えられなくなる。まだまだ子供だなー、守ってやらなくちゃなーと、親心に似た愛情で胸があふれかえる。
そんなオレはヘンタイか? そんなワケない。
とっとと身支度を済ませて逃げるように家を飛び出すハナヲの背を見送る。本当に照れ屋だ。
朝食のテーブルを片付けようとして、オレは頭を押さえた。とてもイヤなことを思い出したからだ。
【アステリア魔女学校 校内演練大会】
テーブルの上に投げ置かれた保護者あての案内。
ハナヲがもらって帰ってきたものだが、もともとはオレが学年主任に頼まれて作ったものだ。
そして頭を抱える理由。それはオレが極度の魔法音痴だからだ。
――魔法音痴? 魔女学校の先生なのに?
ま、そりゃ変なんだろうが、違うぞ。
実はオレは、剣技の講師として当学の校長に招聘されている。つまり、もともと魔力保持者とは真逆の世界にいる人間なんだよ。
とは言っても、それだけなら別にオレが悩むことはない。……しかしだ。
職員室に入ると、オレが最も毛嫌いしている古術魔法の教諭が近づいてきた。むろんこのオレにイヤミをぶつけてやろうという気をマンマンにたたえた顔付きで、だ。
「おや、リボルト先生。おはようございます。にしても楽しみですなあ。我々【教師】が、女生徒らに模範演技を見せつける絶好の機会なのですからな。さてさてリボルト先生のお手並み拝見と参りましょうぞ」
「はあ。それはそれは」
演練大会当日、オレは生徒らの前で、このイヤミ先生と魔法を使った模範試合をすることになっている。
――そうさ、だれが言い出したか、職員会議でくじ引きをしようということになり、役割分担が決まってしまった次第。古術教師にとってはラッキー。だがオレはその逆だ。そんな当たりくじなぞ要らんわ! こんなことで運を使いたくなかったぞ。
で、このイヤミ先生はオレが魔法に関して門外漢であることを当然知っている。
……いやしかしだ。どう考えてもおかしすぎやしないか?
何ゆえ、オレまでくじを引かなければならなかった? 何回も繰り返すが、オレは剣術使いだぞ? 栄誉あるアステリアの騎士だぞ?
魔法とは無縁の人間だ。なのに、だ。
校長の茶目っ気か、教頭のイヤガラセか、学年主任の陰謀か。
とにかくオレはいま、結構な窮地に立たされている。
「センセー! リボルトセンセーッ!」
「やっぱりカッコイイッ! キャーッ!」
「こらこら、廊下で叫ぶなよ」
「はーい」
「いつも元気だな」
「キャーッ、ホメられたー」
「別にホメてないぞー」
……どうやらオレは、どちらかというと、生徒らに人気がある方らしいぞと自覚している。
だが演練大会は明日。
彼女らの前でとてつもない醜態を晒して、失望と蔑み、冷淡な視線を投げつけられる。手の平返しの洗礼を受けるまで、残りあとわずかの時間しかないのか。
ハナヲが通りかかった。――と、後ろから走ってきた女生徒が彼女を突き飛ばした。ハナヲはよろけた拍子に、手に抱えていたプリントを床にぶちまけたじゃないか。
その女生徒は謝るどころか、こう言った。
「あなた、リボルト先生と別れなさいよ。ほんとウザイ」
駆け寄ろうとしたが、別の女生徒に羽交い絞めにされ妨害された。それを振りほどき、散らばった物を回収する。大丈夫かと声を掛けたら、「慣れっこや」と返された。
な、何だと?
そこへ、更に例の古魔法イヤミ教師が現れた。
「あなた方そろって地べたにはいつくばって、もう反省会ですか? まったく気が早いですな。大会の予行練習をわざわざこのような場所でせずとも良いものを」
「え? ちょ、オマエ。だいぶアタマおかしい……」
「黙ってろ、ハナヲ。それ以上発言するな。先生に対して暴言だぞ」
「リボルトセンセ。アンタ、バカにされてんのは理解してんの?」
オレはハナヲの頭をなでると、教師に向き直った。
「何をどうおっしゃられようと、オレ自身は一向に構いませんよ。だけどあなたは、オレの妻をもバカにしました。……だからオレも、明日の大会が楽しみになりましたよ」
「ほほう。それで?」
「言葉通りです。明日はいい試合にしましょう」
「いい試合! こりゃ愉快! リボルト先生、せいぜい愛妻の前で【いい試合】をぜひ見せてくださいよ」
――その夜、ハナヲは夕食の席でオレに噛みついた。
「『何と言われようと自分は一向に構わへん』やって? ハラ立つとか、ないの?! ホンマにセンセ、ボロッカスに言われとってんで? そもそもなんで、わざわざあんな大会に出るって決めたんさ?」
……あはははー。くじ引き……とは言えんなー。
「今更言う話じゃない。名誉な話なんだ。決まった以上、最善を尽くすしかないだろう」
「けどさ。負けるって決めつけられてたで?!」
「オレは騎士だ。ま、不利には違わないからな」
「剣が使われへんねんで?! ケガするかも知れへんねんで?!」
「構わんさ。覚悟の上だ」
カッコイイ台詞を吐いて仏頂面を決め込んだたものの、オレは内心メチャクチャ嬉しかった。
うおおお、ハナヲー!
オレの事をそんなに気遣ってくれてるのか!
なんとハナヲがオレのために腹を立ててくれ、あまつさえ心配までしてくれてんだぞ?!
このまま天井を突き破って、鳥たちとともに大空で小躍りしたい気分だ。
その夜オレは、スポ根マンガばりの夜中の猛特訓を始めようと決意した。そりゃ恥ずかしいものだから、ハナヲの部屋の明かりが消え、寝静まったと思った時間からな。
だが世の中そんなに甘くはない。努力がまんま報われるのは、おとぎ話と空想の世界の中だけだと痛感した。訓練開始後、わずか最初の30分で泣きわめきたくなった。
頼む。誰か教えてくれ、魔法の杖の使い方を! 掌での火球の出し方を!
「ああ。ハナヲ」
おもわず愛しい妻の名をつぶやく。そうすると結構元気が出るから不思議だ。
――あの娘は元々戦争孤児だった。8歳のときに魔法の才を見出され、研修生として魔女学校に入り、そこでオレと出会ったわけだ。
告白してきたのは彼女の方。独り暮らしのオレのために毎日弁当を作ってくれた。いや、言っとくがオレが頼んだわけじゃないぞ? 作っては結局渡せずに持ち帰り……、を毎日繰り返していたらしい。それをたまたま知ってから、もったいなく思って受け取るようになった。……でいつの間にか、オレの方がゾッコンになり……。
「――やっぱし。秘密特訓してんやんって思ったけど、ちっとも成果出てへんやん」
「わあっ、ハナヲ!?」
「……あのさぁ、ベントーがどーしたって? シャボン玉みたいなしょぼすぎな火の粉出しながら、ブツブツブツブツ、ゆうとったで? 無意識やったん? 声かけられへんくらい怖かったんやで?」
「なぁ、ハナヲ」
「なに」
「また昔みたいに弁当、作ってくれないか? 明日の本番」
とたんにハナヲの眉がヒクヒクした。
ああ、こりゃ「キモ」とか、「イヤや」とか、そんな悲しい答えが返ってくる前触れだな。
「い、いゃ、やっぱり……」
「わかった。ベントーやな? 作ったるよ?」
「え……ウソ、マジか?」
「ウン、作るよ? その代わり」
「そ、その代わり?」
「今夜は猛特訓や! あの何とかってエロ先生をシバいたってほしいからな」
「シバク? って、な! アイツ、なんかしたのか、お前に?!」
「お尻触られたし、更衣室のぞかれた。学生寮の部屋番号まで聞かれたし」
「なんだと……!」
あの、ヤロウ……。
殺す! 絶対に、コロス!
「そうか、分かった。明日は必ず勝つから」
「必死なセンセ。応援するよ、しゃーないなぁ」
――で、結果から報告すれば、オレは規定違反、つまり反則で負けとなった。
あのイヤミ先生が繰り出す魔法弾をすべてかわし、肉迫して魔法の杖で頬げたを殴りつけてやったのだ。
いやぁ、魔法を撃とうとは思ったよ。でもぜんぶ不発に終わった。
ま、しょーがないさ。
杖を剣みたいに使っちゃダメとは言われてなかったし。ヤツが猛抗議した結果、魔法不使用との理由で【勝ち】が取り消された。
でも満足だしそんなコトはどーでもいいのさ。実際ヤツのヘボ攻撃は一発も食らってないしさ。
それに!
「おいしーよ! ハナヲ! 特にこのミートボール、もう絶品だ。何個だってイケる」
「……ん? ミートボール? そんなのわたし、入れてへんよ? わたしが作ったのは唯一、スクランブルエッグやし! いったい誰の弁当、食べてんや?!」
どうやらオレ、別の女生徒から受け取っていた弁当を間違えて食べちまったらしい。
不覚にもオレは「美味い美味い」とハナヲの前で連呼したばかりか、すっかりそれを平らげてしまった。
――愛妻料理を食べる機会は当分訪れそうにないかも。……ガックシ。
「わたしの作ったの、食べへんの?」
「うん……。もう食べれない。……ごめん」
「そーゆーもったいないゆったらアカン! 気にせんでもわたしの作ったんは、べつに明日にでも食べりゃいーやん?」
「……え。いいのか、それでも?」
「つーか当たり前やん」
「ハーナーヲ~!」
愛ラブ、ハナヲ。アリガトな。
……でも、ちょっとくらいシットしてくれても構わないんだよ?
おしまい。




