さんじゅうきゅうっ。 「前ニススメ」
ルリさまとふたり、ベットの上に雑誌を敷いて。
レトルトカレーをさらいながらケラケラと笑い転げた。
ついさっきまで泣いてたふたりがどーしたことだ?
我ながらワカラン。
ひとしきり悲しむだけ悲しんだら、今度は制御できんほど笑いこみ上げて来たんだからしょーがない。
「カレーなのにゴハンを忘れるなんてサイテーだよ! ハナヲのオーマヌケ」
「しかも、一人分しか持って来やんかったし! わたしのオーマヌケ」
レトルトパック一個をふたりで分け合って。ゴハン無しのカレールーのみ。
しかもルリさまフトンにこぼしてるし。
もろもろ可笑しくて可笑しくて。オナカ抱えて笑った。ほんとうバカみたいに。
「ハー。今日は来てくれてアリガトウ。このまま独りだったら溶けて無くなっちゃうトコだった」
「ルリさまこそ。逆にキョウちゃんのコト聞いてくれてアリガト。このまま誰にも話せず黙ってたら、わたしも自分の部屋でロビンソン・クルーソー仕出かしてた」
「何その外国人? 稀代の女サギ師?」
無人島生活者のオッチャンだよ、ルリさま。
自室で孤高の暮らしを満喫してる人の例えね。
でも実際はそんな良いもんじゃないと思う。
たぶん見えない何かを探したり、漠然とした目標を追えって言われたり。宿無しの放浪者と大差ない生活やろうね。しかも独りきりを強いられてさ?
「この部屋、知ってる? 魔法学校と魔女学校の寄宿舎でしょ?」
「ハナヲに言われなくても気付いてるよ。この部屋、あなたが使ってた部屋でしょ。初めてふたりで会話したのもこの部屋」
「せいかーい。あんときのルリさま、メッチャつんけんしてたよね? わたしがキライやった?」
「さぁ。憶えてないし。どんな会話したかも、ね。まぁいいじゃない、過去は過去、未来は未来よ!」
ルリさま、口の周りカレーでベトベト。
わたしは食い意地が勝って完食。この甘口カレーの味はきっと忘れない。
「ところでキョウちゃんのコト、知っててどーして教えてくれんかったの! わたし、周りが知ってて自分が知らんかったんがまーまーショックなんやけど?」
「惟人クンに相談されたのよ! ハナヲちゃんに伝えるべきかどーかって」
「うわーん。惟人が知ってたってコトは、冥界のバイト仲間も知ってたんやんねぇ。サイアク、もーバイト行けへん!」
「それを言ったらわたしもよ! 冥界のめの字も聞きたくないよ!」
サイアク、サイアクと大声で合唱した。
ドアがやや乱暴にノックされた。
……寮長やった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――とゆーワケでルリさまは、もうちょっとだけ巣ごもりが必要ですが、大丈夫です」
シータンと陽葵が「ホッ」と安心顔になった。
特にシータンは、このところ手つかずだった魚肉ソーセージの袋にようやく手を触れることができた。おいしそうに頬張るのを見て、陽葵もめずらしく一本取った。
「冥界少年の件はガセネタだと思ってました。話さなくてごめんなさい」
「いや実際ガセネタかも知んないでしょ。ハナヲ姉は自分の目と耳で真実を確かめるべきや」
陽葵は常時克己心がオンやね。感服します。
見習いたい……ですが、すぐにはちょっと……。
「ウン、そやね。明日バイトの日やから気持ち整えとく」
精一杯の言いようでコミットメント。
そう答えるコトによって、覚悟が決まると自分に期待して。
「ハナヲのクセにエライですよ」
シータンがヨシヨシしてくれた。
陽葵は黙ってお茶を入れてくれた。
「やんね。人生再デビューするのに、これくらいの試練は当然やんね」
この独り言はふたりには聞かせなかった。




