さんじゅうはちっ。 「失恋女子ふたり」
3度ほどノックして「ルリさま」って声をかけたら、そっとドアが開いた。
「……どーぞ」
4日ぶりのルリさまはトレードマークの金髪がボサボサになっている。
魔法学校は原則全寮制。多くの生徒を受け入れるため、各室はとっても狭い。
なのでスペースは有効利用せねばならない。うかうかしたらスグに足の踏み場を失くす。
ルリさまの場合、ベットのまわりだけお菓子の袋や雑誌が散乱してて、彼女はそこをジャンプで飛び越えた。わたしも倣って跳び、ベットにダイブする。
「そこに飲みかけのペットボトルがあるからどーぞ」
「……コーラですか。いつのですか? いえお構いなく」
「そっか、炭酸抜けてるよね、きっと」
ペロッと舌を出したルリさま、ちょっとだけ笑った。でスグに沈黙。
まるでポツンと一軒家に暮らすシャイな妖精さんだ。ビミョーにコミュ障気味だ。昔ATフィールドなーんてゆったヤツだ。
推察するに、ベットという名の絶海の孤島で、この数日間を過ごしてたのは明白。
完全に無人島生活者になってる。
「勉強、はかどってる?」
「魔法学校、お休み中なんだ。でももう少ししたらリモート授業始まるそうだから」
カモナン病の流行が思ったより深刻のようで、わたしもアステリア入国のときに領府の職員に呼び止められ抗体検査を勧められた。さらに状況が悪化すれば、行き来が出来なくなるかも知れない。
「日本はいたって平和だよ。数年前のパンデミックがウソみたい」
「あー。あったねぇ。そーゆーの」
オキニのぬいぐるみを引き寄せてルリさま。他愛のない返し。
「あれ? そーゆや相棒のマカロンは?」
「えへへ……。わたしの魔力が激下がりしててさ。呼び出せなくなっちゃってるの」
それはだいぶヤバい。
魔女にとって使い魔召喚は、歯磨きするくらいの感覚でこなせるルーティン技のハズ。そんなのすら発動させれないなんて……。
「ルリさま!」
「……な、なに?」
「……あ、いや……」
「……なーに?」
まじまじと。
わたしのセリフを期待する、ルリさまのカオが近かった。
「……ハナヲさ?」
「は、はい?」
「さっきまで泣いてた?」
ふえっ?!
なっ?!
【慰めてあげようモード】に入ってたところを、バッサリ居合切りされた?!
「泣いてたでしょ?」
「はぁ。泣いてーなんて無いデスよー」
「なんで敬語? 動揺したときとか、いっつもそれだね。ハナヲは」
「……あ、いや。……そお?」
「『そお』って……。ソレ、認めてるも同然だし……」
「誘導尋問なん?!」
首を傾けて、なにやら考えるそぶりのルリさま。
「ハナヲもわたしと同じだね。フラれたモン同士」
「な……?!」
「『なっ』てナニよ。……あのさー、ポーのヤツ、新しい彼女が出来たんだってさ」
「…………うん」
「知ってたの?」
ポー本人から聞いた。
ルリさまを訪ねる前に、ポーに会って問い詰めた。
「……知ってた」
「アイツ、なんか言ってた?」
……言ってた。
キスさえさせてくれない女の子より、甘えさせてくれる女の子の方がいい。
そんな感じのコト。
「ルリさまを傷つけてゴメンって」
「それだけ?」
「……うん。それだけ」
「……そう」
俯いたルリさま。
抱き締めたぬいぐるみが思いっきり変形してる。深くうずめたカオをしばらく上げなかった。
その間わたしはジャンプで炊事場に降り立ち、ルリさまの好きな【クレレカレー】を準備した。家から持参したものだ。
「卵も用意してあげたら良かった」
火球でカマドに火を熾して鍋で湯せんする。グツグツ煮立つレトルトパックを眺めていたらルリさまが背中にくっついて来た。
「ハナヲの方も聞いちゃったんだね。……キョウちゃんさんのコトを」
「え? ……まぁ、……うん。偶然に」
冥界の工場前でポーくんと話した後、何となく気が向いてキョウちゃんに会いに行った。
わたしの片想い相手。彼は冥府の長を担当してる。でも気さくな人。
彼に、胸のモヤモヤを愚痴って慰めてもらおーって思ったんだ。
そしたらいつもの工事現場にいなくって。
「親方なら今日はお休みでんがな。なんでも生き別れたカノジョはんが転生してきはったってハナシで。きっとイチャラブデートでおましょうなぁ、羨ましいこって」
カントク代行の青鬼が聞きもしないコトまで洗いざらいしゃべってくれた。
「例のウミさんって子だろうね。キョウちゃん、彼女にゾッコンやったから」
自嘲気味に軽口を叩いたら、連動して涙があふれた。
あーッ!
マズイ、マズイ、マズイ。
こんなハズやなかった。




