さんじゅうにっ。 「口にしちゃダメなコトもある?」
ドオン! ――と。
廊下で爆発音がした。
こらあ、魔女っ子どもッ!
暗闇姫家ならともかく、他所さまの家で騒ぎを起こすなーッ!
ところがそこにいたのは陽葵……だった。
「……いまの、陽葵が仕出かしたん?」
「……わたしとしたことが……壁、少し焦がしたかも知れない。小遣いをはたいてでも弁償する」
恐る恐るカオを覗かせたマナが、「どーかしたのでござるか?」と訊いた。
「弁償します。……つい」
「って言うかさ、陽葵が心配なんでござるが?」
「あ、いや別に……。わたしは……大丈夫です。……ちょっと散歩して来ます。お騒がせしました」
逃げるように出て行った陽葵。
「……散歩? 朝ごはんも食べずに?」
「……えと、まぁ」
様子がおかしい陽葵を不審げに見送った後、今度はわたしに目線を移してきたマナ。
その目は熱ーく、痛かった。
何がゆいたいのかは見当がつく。
惟人のセリフについてでしょ?
「惟人はあんなコトゆってるけどさ、わたしはさ。わたしが好きなのは……」
「もおっ!」
怒ったようにマナに、バチンバチン! と肩を叩かれた。
「ハナヲの返事、わたしが聞いてどーすんだ! そんなのよりか、朝ゴハンまでにヒマリンを連れ戻しといで! そっちが最重要でござるよ!」
「う、うん」
「明らかにさっきの会話、あの子も聞いてたでござろう? 中学1年生の心の不安定ぶりをナメるなよ?!」
「そ、そんなコトゆわれたら……、わ、わたし、どーすりゃえーのん?!」
せっかく後追いしかけたのにオドすようなコトゆーから、思わず振り向いてもーたって。そしたらマナは掛けたメガネを興奮の吐息で曇らせて、
「それともアンタの目の前にいる中学2年生の恋の恨みも背負って逝くかぁ?」
「え、遠慮しますっ!」
玄関を飛び出した。日光に当たった途端フラつく。徹夜に朝日は堪えます。
「砂浜かな」
根拠の無いアタリをつけてダッシュ!
――と。
「……張り切ってドコ行くん」
ズデーッとコケた。
家の前でボーッとしてやがったよ、陽葵のヤツ!
「ど、ど、ドコ行くんは無いやろっ。青春映画みたいに家脱走したクセに!」
「……またアホ言うてる。……ま、いーや。せっかくやし、海見に行く?」
誘われた? 陽葵に?
彼女の小学校入学前に、「文房具屋に行こう」って誘われて以来や。そんなのを覚えてて引きずってるわたしもわたしや。
緊張しながら「いーよ」と応えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お姉ちゃん、カモデナンディの岬に行ったそうやな」
「うん、ラマンダの墓参りね。見晴らしのいい、素敵な場所にあったよ」
……この場所と同じくらいね。
思ったが口には出さない。自分よりも陽葵のセリフが今は聞きたい。
沈黙の末、陽葵が吐露をはじめた。
「いまさらや。自分としたことが、今さら何を取り乱してんのかって。実に腹が立つ」
「けど。それだけアンタの想いがホンモノってコトやないん?」
「……聞いた風な。わたしの何の想いがどうホンモノなのか、具体的に説明して欲しいわ」
いえ。幾らでも具体例は挙げられますが、照れ死にしそうなあなたに殺されそうやから止めときます。
「過去の記憶が戻って、自分の中の何かが変わった?」
「どーかな。正直自覚ない。……ただひとつゆえるんは、わたしらって昔から仲良かってんなって」
「そりゃ。親兄弟やったしな」
「親兄弟でも仲が良いとは限らないよ?」
「……もしかして、現世でわたしを生んだ女の事を言ってる?」
「いーや。陽葵の母親のコトじゃなくってさ、自分のコト。あんましわたし、いい父親や無かったなあって」
「反省してんの? それとも後悔してんの?」
「両方かな。それ以上に名残を惜しんでる」
「名残り? なんの?」
「父親を演じてたときの感覚がほとんど無いんだよね。魔女っ子の性分のが強いせいなんか知れんけど。父親役はもうムリかなって」
ケラケラと嗤った陽葵。な、な、な、なんと! 陽葵が。
「だから。あなたはお姉ちゃんでいいって、そー言ったやん。父親でも母親でも姉でも。何にしてもアンタとわたしは家族。ただそれでいい」
まっすぐ姿勢を伸ばす陽葵。
「……でもな。家族でも許容できるコトとでけんコトがある。惟人については後者や。わたしは決して後ろに引かん」
「ひ、陽葵? そやからさ、ソレって何がゆいたいの? って話やねん。つまり陽葵は惟人が好きなん? そーゆーコトなん? わたしニブチンみたいやからさ。そのあたりをこの際、ハッキリしときたいねん。全力で応援もしたいし。惟人にだって『陽葵をよろしく』ってプッシュできるやん?」
目を開け広げてわたしを凝視する陽葵を、見た。
ブラックホールにスキップしながら突入してる心地がした。
禁忌。
アンタッチャブル。
パンドラの箱。
そんな単語が浮かんで消えた。
直後、消えたのはわたしの意識も同様。
最後に見たのは陽葵の、マグマが噴き出したかと錯覚しそうなほどの真っ赤、カッカした、カオ。
死んじゃう。
あー、いいパンチ、もらったぁ。




