13話 要らない人なんていない
どす黒いオーラを放つ陽葵。
肩で息をしながら絞り出すように悪態を吐く。
「勇者……オマエ。人間が、人間がって何様のつもりなんや。この広い世界は人間だけのものか? 驕るなよ?」
「と言って、魔族のものでもないだろ」
勇者が反駁すると、陽葵がさらに吼えた。
「抜かすなッ。じゃあオマエは魔物らを駆逐した前世でいったい何をした? わたしを討った後、英雄などともてはやされて、自己満足に浸りながら、ただ年老い、死んでいったか? もっかい言うぞ? オマエは魔族を討ち、その後、この世界で何をなした?」
「ペラペラとよく動く口だな……!」
「人間なぞ、しょせんその程度のものよ! 考えるのは自分の都合ばかり。自分さえ良ければ他人などどうでも良いんだ! しいたげられた者の存在など端から無視しおる!」
陽葵、涙を浮かべてる! これは彼女の心の叫びだ。……あふれた想いを勇者にぶつけてるんだ。
「わたしは今度こそ、オマエを倒す! そして魔族の住処を創る!」
娘、黒姫陽葵の全力攻撃が続く。さしもの勇者コレットも歯を食いしばり耐えている。
シータンやオレが気を逸らしていたために、スキを衝いた格好になった。
これはいけるぞ!
――が、そう思ったのも一時のことだった。
青白い、オーブに似た気の流れを生じさせた勇者の身体が、次の瞬間には光の球に覆われてから拡散した。光の反動に飲み込まれた陽葵は、断末魔の悲鳴を上げて昏倒した。
「陽葵ィィッッ!」
ああ死ぬ、死ぬ、陽葵が死んでしまう!
そう思うほど陽葵の様子が異常だった。瞬時に心臓をつぶされたかのような倒れ方だった。
飛んで駆け寄りたいのに足がもつれる。なんて無能な足だ! 役立たなけりゃちょん切るぞ、動け!
転がり這いながら陽葵に近づき、抱きしめる。
良かった! 良かった! ちゃんと息してる!
「……陽葵。もう動いたらアカン」
オレは勇者に向き直って正座した。
三つ指を衝き、土面にゴリゴリと額をこすりつける。
「――コレット。あ、いや勇者さま。いろいろ諸々御免なさい。わたしら全面降伏します。だからもう堪忍してください。どうかこの通り」
「お、お父さん? ……な、何言ってんの? ……アホなん?」
「勇者さまに置かれましては魔物退治、お疲れ様でした。この世界はすべてあなたがた、人間様のものでございます。わたしたちはこれまで同様、最底辺の日陰者に甘んじます。なので、なにとぞお慈悲を」
「……あ、アホ……。死ね、打ち首や。人に頭下げるな……魔族としての誇りを持て」
もはや何の抵抗も叶わない陽葵。動かぬ身体。まさにまな板の上の鯉。
辛うじて保っている意識をなじりの言葉に置き換えるだけの気力しか残ってないようだ。
もういいから。気、失っとけ。
もう充分や。
「ブツブツゆーな、この死にぞこない。オマエは完膚なきまでに打ちのめされたんや。そりゃもうコテンパンにな。やのに未練がましく、あーだこーだ、脇から負け犬の遠吠え吐くな。オールオーバー、全面降伏、これ以上恥の上塗りは無しや」
グッと娘の喉が鳴った。
「けどな。よく頑張った。メッチャ見直した。娘のこんな一生懸命、すごく自慢や」
「……上から目線、めちゃイラつくわ。……わたしは単に、お父さんみたいに【要らない人】になりたくないだけやし」
「そーゆー陽葵も、ガッコウじゃ【要らない人】扱い受けてたやんか。ってコトは、まさにわたしら似た者同士のご同類、御同志ってコトやな?」
「は、はあっ? う、ウルサイッッ!」
オレらの会話を遠巻きに聞いていた魔物たち、彼らが口々につぶやき始め、おののく手で武器を構え直した。そして怯えながらもジリジリと勇者に迫っていく。その姿は悲壮というにはあまりにけなげだった。
「黒姫サマヲお守りスルノダ」
「黒姫サマヲヒトリニサセルナ!」
「アンブレイ、ノワルオワ!」
「――陽葵。去年の遠足のときのおやつな。なんで持って行かんかったんか、ルリさまから聞いたで? 学校で、どのグループにも入れてもらえんかってんやろ? ――で腹立てて、その日の遠足、ブッチしたからなんやろ?」
「……はあっ?! 今そんな話、カンケイないっ」
「友達ができんって、嘆いてたんやってな?」
「なっ……!」
「……それでも、わたしはな。……いや。コイツら魔女たちも、そこにいる魔物たちもきっとな。陽葵を仲間やと思ってるで。陽葵がいてくれたら、後はなんとでもなるって思ってるで?」
口の中でモゴモゴつぶやく陽葵。
「……ああ? 本当の親子やないって? いーや。血がつながってるとか、つながってないとか、わたしにはどーでもええし。だって陽葵は家族や。『おかーさんおらんくなった』って、玄関で泣いてたあの時から、陽葵はわたしの家族なんや。あえてゆっとくけど、陽葵の価値は100万円やない。そのこと、ちゃんと分かってるやんな?」
「なによ、それ……」
「友達とか、仲間とか、そんなもん周りにいっぱいいるって、忘れんなよ!」
「……」
「まだ、魔王つづけたいんか? やったら、わたしもとことん付き合うよ? こんなヘッポコ勇者、速攻で成敗してさ。陽葵の理想の街づくり手伝うよ!」
「……もう、しゃべらんでいい。ウルサイ……」
悔しさだろうか。みじめさだろうか。それとも……。
口をへの字に曲げたかと思うと、両腕で顔を隠した。
嗚咽を始めた娘を腕の中に抱え、もいちどギュッとする。とても温かかった。
「あの……さ。感動のシーンでホント申し訳ないんだけど、このままキミたちを見逃すわけにはボク、いかないんだよね」
まったくご無体な勇者さまやな。
ひとつタメ息をもらしたオレは、ゆっくりと彼に相対した。
「あんな。わたしらは別に世界全部が欲しいなんてゆーてない。ここら一帯を間借りしたいだけや。人間のジャマはせん。ありていにゆーで? 『ええから見逃せ』」
「だからそれはムリだって」
「じゃあ君ならどーすんだ? 路頭に迷った親兄弟が町から追い出されたら? ボク知らんって見捨てんのか?」
「関係ないって。魔物の未来なんて」
「コレットくん。人間とか、魔物とかゆー前に、君にも親はおるやんな?」
「ええ。そりゃ、ね」
「じゃ、君にも死ねば、悲しむ人がいるってコトやんな?」
「……」
「おんなじコトやで」
カオをそむけるコレット。
「そーか。……じゃあ君とは、もう殺るか殺られるかしかないんやね。残念や。仲良くしたいって思ったのに」
剣を現出させる。ズシリと重く感じる。まるで力が入らない。それでも歯を食いしばる。
「これまでの人生でいっちゃん縁遠かった単語がアタマに浮かんだわ。……ハズイけど、やっぱ言わなアカンよね」
茶けた物言いをしたオレに、コレットは真顔を返した。
「……聞くよ。ぜひ聞かせてよ」
――なんで魔女らは自分らの命運をオレなんかに託したのか。なんでオレはそんな丸投げな重大事を引き受けたのか。答えは一つ。それは実に単純なコト。
猪突猛進、ただ一撃。
勇者に一発喰らわせるために、オレは一歩を踏み出した。
「娘の陽葵とその友達と。そして自分のためにぃ! いまこそ人生いちばんの【死力を尽くす】!」
『ハナヲ! ドンッと行こう! わたしらの黒姫ッ!』
オナカのルリさまから大容量の魔力が流れ込んだ。
そして横合いからシータンの怒号。
「撃てッ、ハナヲ」
彼女の声に連動したように剣の刀身が突如ウロコ状になる。
「バリバリバリッ!」
音を立てて剥がれ落ち。
唯一残った切っ先が真っ二つに裂け、銃身がむき出しになった。
「はあっ?! なんだ、ソレ?!」
「剣……と見せかけて、銃やっ! S&W M360・SAKURA改! 喰らえ! マグナムッ!」
「ジュウ?!」
勇者に向けた銃口が火を噴いた。目を剥いた彼の剣に弾丸がはじかれた。
さ、避けた、やてッ?!
こんなの避けるか、フツー!
けど、諦めるかぁっ!!
「ぬああぁぁぁぁッ!」
体ごとぶつかって倒し、押さえつけた。
とたんに激しい眩暈と疲労感。
いよいよ魔力がゼロに近付いちまったのか。でももう関係ない!
「ゼロ距離で魔力ぶっばなしたら流石にヤバイでしょ?」
「ハナヲちゃん、心中する気なの? だったら試してみれば?」
「余裕やね。そっかあ……魔力攻撃は効かないと?」
「どーかな? それとも、もう一度その武器使う?」
「銃? 使わないよ。不意打ちなのに避けられたもの。次はコレ。手りゅう弾! もひとつのとっておき」
「しゅりゅう、だん?」
「うん。コイツで一緒に逝こう。あの世まで付き合って」
フッ……とコレットの頬がゆるんだ。
「あの世まで一緒にかぁ。……ハナヲちゃん、うれしい申し出だけど、やっぱダメだ。繰り返すように、ボクにはこの世界を救うという絶対的な使命があるから」
右肩のあたりが裂けた。少し遅れて超激痛。
「――あ? ぎゃぎゃぎゃあ!」
濃ゆい赤色のしぶきが頭の上まで飛び散り、オレの顔面にビチョビチョと降り注いだ。
力の入らなくなった上体が、浮遊霊のように勇者コレットから離れた。




