10話 死ぬかも
「黒姫、万歳! 黒姫、万歳!」
重低音のウエーブがあたり一帯に流れた。魔物らの声帯から発せられたものだ。
「皆の者オッ、復活の狼煙を上げよーゾッ! この先、10ルードル西の地点に王都軍がワンサカいる。まずはその者らの命を一人残らず黒姫さまに捧げるでえ!」
「ノワルオワ!」
バズスの言わば復活宣言に推されて陽葵が前面に立った。
喜悦を浮かべる彼女はもう、オレの娘であって、娘でなくなっていた。
シータンが耳のそばでささやいた。
「わたしもココロクルリも、情けない話ですがあの子に共感しすぎてる」
だからと前置きした。
「いま彼女を助けられるのはあなたしかいない」
ルリさまも痛そうに頭を押さえながら、
「どうもバズスの催眠にかかってるみたい。悪いけどあなたが陽葵を止めて」
「コレ。わたしが打った業物です。魔法の杖とセットで活用できます」
「シンクハーフの造った剣を扱えるのはハナヲだけ。ハナヲ仕様の二刀流の剣だよ」
「名付けて双頭剣、双妖精。あなたに相応しい名前でしょう?」
ふさわしいんだ?
ふたりを見渡し、あらためて剣を見つめた。
「陽葵!」
ルリさまの呼び掛けに陽葵が振り返った。見えない何かに陶酔し切った表情をしていた。
「わたしたち、新しい黒姫さまを見つけたの。今日からこの子を黒姫さまと呼ぶことにするね!」
「陽葵。この人は次代の救世主です。もうあなたの出番はありません。なので早々に退場してください」
ルリさま、新しい黒姫さまって言いながら、オレのコト指差した? 差したよねッ?
シータンさん? あなたも今、とってもヤバな発言したよね!? マズイよね?! 結構、危険だよね?!
「ちょ、それ作戦? そんな打ち合わせはしてなかったよね? わたしの天下は三日どころか三秒しか持たへんのんちゃうかな? かなっ?」
「カナカナ言わなくてもだいじょうぶだよ。ハナヲなら黒姫になれるよ」
「新しい黒姫さま。謙遜なさらずとも、わたしたちの立派なリーダーですよ」
「そんなあっ!」
バズスのムチのようにしなった火矢が、シータンに飛んだ。オレの振るった剣で、それらが打ち消された。いや、でも、まぐれだと思う。
細めた眼をしたバズスの火弾が、ふたたび迫った。
シータン、ルリさまが肩を並べ、短く詠唱する。ルリさまの掌中に火弾が吸い込まれた。
シータンがドテラのソデ下から魔法の杖をヒョイと取り出し、高々と掲げた。すると頭上にバカデカイ火球が出現し、「ぢりっぢりっ」と、周囲の木々の焦げ付く音がした。
「これ。おつりです」
バズスの火弾の10倍はある熱炎の球が、陽葵の方に飛ぶ。間にバズスが滑り込んでかばったが、さすがにヤツは受け止めることはせず、瞬時に身体を気体化! し、やり過ごそうとした。
そこでシータンとルリさまが、「ハッ」と声をそろえた。すると球が花火のように散り広がった。たちまち水蒸気が立ち昇り、それが収束し、人の形になり、バズスになった。片ひざをつき、息を荒げている。
――バズスを圧している! すげえぇ!
が、実際のところは、ふたりの善戦はここまでだった。同じように激しく肩で息を始めている。
娘、陽葵がようやくまともに正面を向いてくれた。
「シンクハーフ。ココロクルリ。わたしを見捨てるの?」
「新しい主さまを見つけたので」
カッと陽葵のカオを赤くなった。眼が潤み始めた。
「あっそ。……そこの小娘、アンタ、お父さん……って呼んだほうがいいん? そう呼んでほしい? ふたりも可愛い魔女を侍らせておいて、わざわざ黒姫って名乗るのってなんで? どーゆーイミ?」
「べつにわたしは、そんな」
「覚悟、想い、熱意。何一つないオヤジが、もったいぶった戯言、ほざくな! ただ死にたいだけやったら、そー言やいーだけやし!」
胸に灼けるような衝撃がぶつかった。
「あ……ま……ひ、まり……」
声が出せない。息が詰まった。
――まさか。
陽葵の右腕が、なんとオレの胸元に突き刺さって……!
――口からドロドロと赤いカタマリが吐き出た。幾つも幾つも。
「ま、マジ……?」
それでもオレは陽葵にしがみつき、彼女の改心を促すため、思いつく限りの言葉を投げかけた。……そうしたかった。が、叶わない。もう声が出ない。
地べたにのめり込み、ボヤける娘の姿を見上げる気力しか出せなかった。
二刀流の剣とやら、まったく良いとこ無し……。




