さんじゅうななわっ 「二転、三転してるの」
「パヤジャッタの連中を勝たせる約束だ。これも仕事なんでな。悪く思うな」
……シカトリスの作戦が読めた。
アステリアの魔女どもを正面で一手に引き受け、その間に魔女不在の本隊を側面から叩く。
「なーるほどォ。故に決闘に『多数参加よろし』と認めたのか。アンタの考えそうなコトや」
「アヤよ。覚ったのなら潔く負けを認めて従え。そこの姉も連れて来ていい。オーサキアンにて3人で暮らそう」
文脈からゆってそのナディ何某さんとやらは、わたしのコトをゆーてるのでっか。それ人違いアルヨ、ったく!
「バカモノ。貴様の策などとうに見透かされておるわ。いまごろわたしの優秀な部下どもが、パヤジャッタのクズ兵らを返り討ちにしておろう」
「……シンクハーフ、ココロクルリ、それにバズスだな?」
陽葵のドヤ顔に惟人が問い継ぐ。
「そーや。アヤツらはわたしには過ぎたる魔族らよ」
陽葵しみじみと。
シカトリスが肩をすくめ、
「では正面突破、仕るか」
「まだヤル気充分だな。暗黒魔王さまよ?」
「当然だ。貴様らのようにやわではない」
ふたたび戦いの風が吹きかけたところへ、別の注進が転がるように駆け入って来た。
「リボルトさまより伝令です! 本営におわすスピア姫さまが捕縛されました! コレットさまにお越し願いたいと!」
「――姫が?!」
「何故、惟人なんや」
僅かの間黙考したわたしは衝撃的な可能性に行き当たった。
「……仲間うちに裏切者が出たんか……?」
「そうか……あの副官が。……裏切ったのか……」
シカトリスが肩を揺すった。
「考えてみろ。何故あの男だけが救出されたのか? あの国境にあった砦から逃げ出すことが出来たのか? だいたい読めるだろう?」
シカトリスの左手が挙がる。
わたしたちの前面に展開したパヤジャッタの前衛部隊が、何十人もの捕虜を押し出した。アステリア兵たちだ。皆傷だらけの体にきつく縄掛けされている。
「……なるほど。やるな、シカトリス。じゃがそんなのが魔女封じになると思うか?」
陽葵、そりゃなるから。じゅーぶんわたしらの足枷になるから。
惟人が何のためらいもなく剣を捨てた。
「……なかなかの策士だよ、アンタ。ボクらも相当警戒してたが、アンタはボクらの上を行ってる。剣の腕もさることながら作戦参謀としても脱帽するよ」
「ツマランな、小僧。秘密作戦を披露するのが早すぎたか。まだまだ遊び足りんぞ?」
「完敗だよ。降参だ。……だが頼みは聞いてくれ。アイツらの命は取らないでくれ。ボクのをくれてやるから」
「アカンて惟人。容易く命を差し出すなんてゆわんといて。……シカトリスさん、あなたの強さはよく分りました。たけどもわたし、納得いきません。だってアンタ、殺し合いをまるでゲームのように楽しんでる。勝ち負けにこだわってるってゆーより、その場その場の面白さに酔ってるだけ。そんな人にアタマを下げてまで命を奪われたくありません」
「ほお……」
と、わざとらしいトーンで感嘆するシカトリス。
「やはりオマエはナディーヌの生まれ変わりだな。性格がそのままだ。あのとき何故オレとアヤの仲を認めなかった? オレは本気で愛していたのだがな。理由は同じか?」
「生まれ変わり? 生まれ変わりかなんか知らんけど、そーゆー話なら、前世のわたしは至極マトモな人物やったんやろね。ヨシヨシしてホメてあげたいもんや。ったく!」
ポン……と後ろから肩を叩かれた。なんだよ、こんなときにッ。
興奮気味に振り向く。そして「わッ」と声を上げてしまった。
「正冠さん!」
――闇館当主、漆黒姫、真名【リラさん】のお出ましに陽葵も目を白黒させている。お天道さまの下にいるとこなんてお目にかかったコト、無かったもんやから、わたしもテンションがハイ。
ジリ……とシカトリスが後退の動きを見せる。
「……漆黒。厭な顔を見たものだ」
「イヤやと? そんなんゆわれたらわたし、たいそうキズつくわぁ。イケメンに邪険にされるの悲しいやん?」
正冠さん、わたしの顎に指を這わせ、陽葵の腰に手を延ばし。
そうしながら幼女っ子が「ニヤリ」とシカトリスをからかう。
「何の用だ。用が無いならさっさと帰れ」
「用? あるでぇ? ハナヲと陽葵。……大事なわたしのお姉さまたち。そのお姉さまたちにまた何か良からぬ悪さを仕出かそうとしてるオトコ、ありけり」
「……」
シカトリスの面の奥から、くぐもった音が聞こえた。苦虫を噛み潰したようなってゆー表現がピッタリの、いかにも不快そうな呻き声やった。




