さんじゅうろくわっ 「狂気の合戦屋」
惟人の眼が据わった。
……その眼、わたしを殺そうとした時と凄みは同じものの、種類がまるで違う。例えるなら獲物を捕捉する肉色動物の眼をしている。
「……陽葵、ハナヲちゃん。巻き添え喰うから少し離れててよ」
「また! オマエはいつもそうゆう言い方! 何様のつもりや!」
陽葵、不服を口にする。
惟人の手の平が、陽葵の頭に乗っかった。
「陽葵。お前の力が頼りだ。声を掛けるから、そのときまで距離をとって待機しててくれ」
「でもアンタ! ……惟人、万全の体調と違うやろっ?!」
「陽葵の善萌草、すごく効いたよ。だから大丈夫。……ありがとう」
ちょっとちょっと!
カッコ良すぎ!
瞬時に陽葵が「ポオッ」としちゃたやん。
一時戦闘不能の行動不能になった陽葵を引きずり後退。それを見届けた惟人は瞑目した。
「……ほほお。その力、【光の加護】だな? 久々に使い手を見たぞ」
「暗黒王シカトリス。王って言う割に無名だな。だけどオマエみたいなヤツに出会ったのは正直初めてだ。ワクワクするよ」
光の球体に包まれた惟人は神々しい。まさに神の加護を受けた勇者に相応しい雄姿、対する剣士の禍々しいオーラは一片の揺るぎもなくその彼を凌駕しようと息巻いている。
「……シカトリスに信念や志しなんて無い。アイツは自分の思うがまま道を進む自由人や」
独り言を吐きながら、でもそんな剣士には見向きもせず、陽葵は惟人を見守っている。
「小僧よ。悪いが道を開けてもらうぞ。オレはアヤを連れてオーサキアンで城を築こうと思う。酒と女にうつつを抜かすのもたまには悪くない」
「サイテーだなアンタ」
「自分に素直なだけだ」
巨大な黒い弾丸が惟人にぶつかった。
――そう見えた。
実際はシカトリスが惟人に斬りかかっていた。
真っ向受けた惟人は踏ん張りを加え、ヤツを押し返した。
光と闇の衝突は地を割り、空気を裂くに到る。
二人の向こう側の景色が歪んで見えた。あたりの岩石がホコリのように舞い踊る。大気がゴォゴォと耳を衝いて両雄のエフェクトに飲み込まれて行く。
ブラックホールを想起する光景に足がガクガクした。
反対に陽葵は1歩、2歩と足を前に送った。肩をつかんで制止させると後ずさった。無意識のようやった。
「惟人が呼んでる」
「ウソ、聞こえへんよ!」
「『今だ、頼む』って」
耳をそばだててもダメ。心を繋げてるのか?
「よし、じゃ行こッ!」
陽葵の感性を信じ剣を掲げた。陽葵は魔法の杖。めったに発現させない代物。わたしの魔剣双妖精に匹敵するアイテムだ。
「背をやる。いいな? お姉ちゃん」
言いながら先に飛び出しちゃったよ! もお、このせっかち!
光と闇の狂騒に身体を没入させてシカトリスを捉えた!
高速で動かす剣技はすべて惟人の剣で食い止められている。同様に惟人の切っ先もコイツに届かない。その背を襲った。
陽葵の全開放魔法を積んだ双妖精がドリルの勢いでヤツの背をえぐった。
――えぐったと思った。
ところがヤツはその渾身の一撃を小脇に抱えて防いでいた。
「外した?!」
グイと首をひねった振り向きざまのオトコ。面の隙間から覗いた眼はまるで鬼神を宿しているようだった。ひたすら恐ろしかった。
「アヤ。ナディーヌ。貴様らオイタが過ぎるな」
ヤツの言葉に身体が硬直する! タマシイを縛る呪文を投げつけられたよう。
でも。
それを解く惟人の言葉が届いた!
「アリガト! 陽葵、ハナヲちゃん! 行くぞ!」
短い謝辞と彼の突進。
油断を招いた男の、憤怒の咆哮。
惟人の一撃が――、シカトリスの闇と凶気を両断した。
地割れに足を取られ身体を傾けたヤツがとうとう片膝をついた。
だけど惟人の二の剣は跳ね上げられ、仕留めるには至らず。静寂が戻るに留まった。
「ククク、やるな。実に楽しいぞ」
「楽しい、だと?」
シカトリスの不敵な笑い声に不快を示す惟人。
シカトリスの手が高々と挙がった。
遠望していたパヤジャッタの陣営が俄かにざわついた。将旗が揺れ地煙が立つ。
「アステリアの将士ども。この地で眠れ」
一個の伝令が走り寄った。彼が伝えた情報は――。
「パヤジャッタの馬群が我が陣営の側面を衝いています!」
――な……なんですと?!




