さんじゅうにわっ 「陽葵、そして惟人」
山間部が途切れ高原地帯になっているここら一帯は、かつては大きな川が流れていたそうで、広大な湿地にゴツゴツした石ころが転がっているばかりの人外地だ。
これほど長閑で地味な場所もないと思うけどね。
よって、こんなトコで戦をおっぱじめようなんて、正気の沙汰とは思えない。わたしならお弁当片手に古代生物の化石でも探して一日過ごすね、きっと。
ビュッと風が通って、少し距離のある陣地から小旗が舞った。天高く。
「陽葵。まだ拗ねてんの? シータンは悪気があって【負けた場合】の想定を話したんやないって」
「拗ねてる、やと? お姉ちゃんはいつまで経っても発想が子供じみてるな。わたしがそんな程度で不興になるわけないやろ」
いやいや。
あなた、心を乱したときほど饒舌になりますから。わたしはよく知ってるんですから。今まさにそれ!
「そうそう、陽葵。それよか話してよ。そのシカトなんとかってゆー、パヤジャッタ剣士のコト。どーせ知り合いなんやろ?」
ヒョコっと。シータンが湧いて出た。
もうわたし、驚かん。
「解説しよう。暗黒王シカトリスは陽葵の元恋人です。陽葵をフッた唯一のオトコです」
「………………」
「ありゃハナヲ? ……死にましたか? それとも死にましたか?」
うん死んだ。二度ゆーな。
確かに死んだよ。心臓止まった。
「……それ、何百年か前の話ってゆったね?」
「んだ」
「大昔に、陽葵は恋をしてたってんか?」
「んだんだ」
陽葵の横顔が青紫に変色している。……これはホンモノや。
「黙れいッ! シンクハーフ! 人の! 過去の古傷をグリグリえぐり込み、なおかつ塩をゴリゴリすりこむかッ! そこに直れいッ、打ち首獄門にしてくれようぞ!」
わーッ、饒舌饒舌。
「……打ち首、ちょっと待って! 誰か歩いて来る!」
わたし、こちらに近づいて来る人影を見つけ、話の腰を折る。そりゃ折る方がいい。これ以上この話題を聞きたいような聞きたくないような、そんな気分なの、お姉ちゃん。
「……惟人」
陽葵の口が動いた。2、3歩前に足を出し、格好悪くつんのめる。絵に描いたような動揺ぶりだ。
「ま、厭だ。惟人、ですって?」
心がそれを見せてるだけです。
などと取り澄ましたシータンの口撃が今回空振りした。ホントに惟人だった。
「惟人!」
よろめき歩く彼に抱えられたもうひとりの男。
「あッ! 副官さん?!」
最前線の砦で惟人を裏切った男だ。
「やっぱ病み上がりは辛いな。相当体力使ったよ」
「惟人! 病み上がりって、まだまだそんな状態やないっしょ!」
「いーや。大丈夫だよ、ハナヲちゃん。なんせ僕は元勇者だからね」
シータンが手早く用意した戸板に副官を担ぎ上げる。
「待ってくれ! コレットさん」
「ああ? どーした?」
「……いや……。どーして……」
副官は全身傷だらけ。すぐにでも応急手当てが必要だろう。でも命に別状は無さそうで、敵軍ウヨウヨしてた中、九死に一生を得た様子だった。
「砦の者全員助けたかったが、とっくに散り散りになっててムリだったよ。アンタだけでも見つけられて良かった」
ハッとして、むこう向きになった副官の背は震えていた。
「――惟人」
陽葵が彼の真ん前に立つ。
次の瞬間、パンッ! と乾いた音が響いた。
「なっ?! なにすん――」
言葉が終わらないうちに、2打、3打。
「あ。往復ビンタ!」
シータン、実況は要らん!
「自分勝手病、いつまで続けんねんや! 取り返しのつかんコトになったらどーすんや! このアホンダラ、バカヤロー、サイテーヤロウ!」
……陽葵。彼の襟首を掴んで……放す。
陽葵の手を取る惟人。
「なぁ。病み上がりなんだから加減しろよ」
「……ウルサイ」
心配して何が悪い。
惟人、この場合、お前が悪い。女に殴らせるほどお前は悪やった。うん。
たまらずわたしもボンと彼の胸を叩く。
「なあ、本当に大丈夫なん? もうすぐ戦闘が始まんねんで、このへんで」
ああ分かってるよ。と彼。
確かに理解はしてそう。
なぜって陽葵と同じ方向を睨んでるから。
その射貫くような眼光は両者相似している。
さっき空に消えた小旗がふわりひらひら、雲のはしから舞い戻ってきた。「ただいま」ってゆってるように思えた。




