08話 わたしの価値は……
「キャアアア、勇者あ!」
悲鳴を上げ、しがみつくルリさま。
「ヤだな。そこまで怖がられるなんて。キミら魔女だよね? 昔、戦ったことあったっけ? ま、改心してんなら見逃してあげなくもないよ? そーだ、黒姫の行方を教えてよ」
クソガキめっ。……いや、今はあっちが年上か。
「ちょっとキミ。本当に勇者なんか?! そんなら証拠みせてよっ!」
「証拠、ねえ。君の後ろに隠れたふたりの魔女の反応。それで充分だと思うけど。……ま、いいか。じゃあアレ、チラチラ飛んでる魔物どもを退治します。――エイッ」
「あっ、止めろッ……!」
自称勇者、左手をグッと握った。
途端に10羽ほどの火竜が木っ端みじんに吹き飛んだ。
残りは驚いて逃げ散った。
「なんてコトを……」
シータンが声を震わせる。
……ちょっと待て。いま、どーやった……?
「それとコレ。【勇者の剣】。使いこなせるの、ボクだけだよ」
「ちょっと貸してっ」
ひったくったが、直ぐにあわてて返した。なんだ? バカみたいに重い!
「なんなんや、それっ?!」
「いや。だから【勇者の剣】だって。言っただろ、ボクしか使いこなせないって」
そう語った尻から、二頸一眼巨人が現れた。
……この流れだとこの怪物の命運は……!
ああっ! やっぱり不運なヤツ、勇者の剣で一刀両断、あっけなく絶命した。
マジでコイツ、強ええ。
さっきのバズスといい、チョーシこきかけた自分が情けなく思えてきた。
「ところでキミは魔力保持者だね。魔女の真似事なんて止めときな。そこの魔女さんらのようになっちゃうよ?」
オレはつい、勇者の胸ぐらをつかんだ。
「なんでもお見通しって態度、それはいい。けどな、この子らのコト、上から目線で見るな! このふたりはわたしの大事なトモダチなんや! 勇者とか何とか、カンケイなくムカつく!」
「あ、えと……」
「君に勇者の自覚があるんは理解したよ。でも馴れ馴れしく話しかける前に、まずは名前を名乗るのが礼儀やで。わたしはハナヲ。こっちがココロクルリ。で、ドテラ着の子がシンクハーフ。魔女とか勇者とかでなくって、ちゃんと名前で話しっ」
勇者と言っても少年にしか見えない事が功を奏したのか、オレはまったく臆することなく意見した。年下に偉そうなのはオジサンの特技。ああ、オジサン経験してて良かった。
ポカンと口を開けた自称勇者は、なぜかカオを赤らめている。
……なんだ? コイツ?
「あ、あの、ゴメン。ボクはコレット。アステリア領メルム村の出身だ。歳は15。ハナヲちゃんより年上だね」
あ。そーいや、今の歳わかんねーや。
「あ、そう。よろしく、コレット」
シータンがこづく。ボソリと苦言。
「よろしく――はいいですが、……いや、いいわけないですが。言っておきますが、彼はあなたの娘さんの仇敵なんですよ? ソレ、分かってますか?」
「――あ」
勇者コレットに向き直るシータン。
「さきほどの巨人、有無を言わせず殺しましたね? 魔物と見るや、あなたは見境なく命を奪える方ですか? 改心してない魔女のように?」
挑まれたコレットは一瞬顔をこわばらせたが、直ぐに不敵な笑みを返した。
「魔物は悪。人間の敵。……あまり調子に乗るなよ?」
一触即発の険悪ムード。
これはヤバイ。
「コレットくん。わたしたちアステリアの領府にオウチがあるねん。一緒に来ない?」
「……え、いいの?」
いいワケねーが、それしか手が無えのです。
とにかくいつ陽葵が現れるかワカランこの場所から引き離すのが得策。
「そーそ。領府には魔族も多く住んでるけど、情報集めるには持ってこいよ?」
珍しくルリさまのナイスアシスト! でも彼女の足、震えてら。
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しかしオレはここで失策を覚った!
オレんちってコトはつまり、ダンナと暮らす家ってコトで。つまり勇者くんとダンナが鉢合わせするってコトで!
案の定、般若みたいなおとろしい面をしたリボルトセンセとコレットが向かい合って座る構図が展開された。
どうやらオレ、リボルトセンセだけでなく、このコレットという少年にも好意を抱かれたらしい? 確信はないが。
だが気を逸らすという作戦自体は成功で、オレは複雑怪奇な気持ちに苛まれた。
「――ハナヲ。提案があります」
お茶を入れると称してキッチンに逃げ込んだオレに、シータンが話しかけて来た。
「提案?」
「ココロクルリの個体スキルでいったん日本に帰ったらどうですか? ココロクルリに思い当たるコトがあるそうです」
「分かった。とにかく勇者よりも先に娘を見つけなアカンからな」
娘が魔王を名乗る以上、勇者との戦いは避けられない。なんとしてもふたりの遭遇を阻止しなきゃ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごめんなさい。時間軸がズレちゃった」
なんだと? どーゆーコトだ?
オレはアパート前で足踏みした。
「時計確認して? たぶん陽葵がバズスに連れて行かれた日に戻ってると思う」
「ってコトは、陽葵の家出当日?」
ソレ、逆に朗報じゃねーか!
家出自体を止められるかもしれんからな?!
――オレはまず隣家に住むばーさんをたずねた。まったくの赤の他人なんだが、オレが不在のときは陽葵の面倒を見てくれてる、優しく親切な独居老人だ。
「あらあら。陽葵ちゃんに用事?」
いーやオレですよ、とは言えない。このナリだ。心底ハズイ。
だから、
「ウン。遊びに来たんや」
「えっ陽葵のトモダチなの? アラ~! そお、そうなの? 嬉しいわぁ」
「アハハ……。でさ、家の中で待っててって言われてん。カギ貸して」
カギはいつもこのばーさんに預けてるのだ。
「コレ食べて。3人でね、仲良くね」
ばーさんはカギと一緒に、両手いっぱいのお菓子の袋をくれた。
「こんなに……食べきれへんです」
「そう言わずに。でも、明日も、明後日も。毎日遊びに来てあげてね? ずっとあの子の友達でいてあげてね?」
ジンと来た。来すぎた。
オレの背中に隠れていたルリさまも「グスッ」と鼻を鳴らす。ウルッとしてばーさんと目を合わせられなくなったオレは首だけでおじぎし、逃げるように部屋の前から離れた。
ふたりしてもどかしく開錠し、部屋に転がり込む。
「……前世でね。勇者にやられたとき、シンクハーフの個体スキル《転生》と、わたしの個体スキル《転移》を組み合わせて、こっちの世界に逃がしてね。魔女の血を飲ませて彼女の記憶を取り戻させてあげたの。……今思えば余計なことだった」
昼間なのに暗いと思ったら、南側に高層マンションがそびえていた。
「……また時空が歪んだな」
「バカ。ずっと前からあったよ。オマエいつも帰り深夜だし、休みの日も自分の部屋にこもってたから、気付かなかっただけでしょ! あの子に関心向けてあげてた? ま、いまさらなんだけど!」
「……」
ルリさま、陽葵の部屋のクローゼットから、箱を取り出した。
「そ、それは!」
「母子手帳とお金だよ。100万円。陽葵の母親が遺したものなんでしょ? あの子、そう言ってた」
「な……なんやて……」
目の前が暗くなって尻餅をついた。
「ど、どーしたのよ?!」
「陽葵のヤツ。……本当の親がいる事を知ってたんか……?!」
陽葵には、別に親がいた。
遠い親戚の女から預かった子だった。
母親は行方が知れず、父親は……分からない。
いつ、陽葵は知ってたのか。
一緒に住む男が、実は本当の父親では無かった事に。
「アイツ……。このメモも読んでんな?」
母子手帳に挟まれたメモ書き。
こう書かれている。
――100万円、大事に使いなさい。母。
ただそれだけ。
「そろそろ日本脳炎の二回目の予防接種が必要みたいだね」
「……ウン、そやね。……あと、二種混合ってのも、確認がいるかな……」
……本当、オレなにしてたんだろう。
置きっぱなしになってる陽葵の携帯で、仕事中のオレに電話した。
「説教してやる。……自分に」
――が、大バカヤロウは出なかった。
「陽葵ね。訊いてきたことあるよ。『わたしの価値って100万円?』 ……って」
そっか。
オレ。ホント、ダメ親だな。
「――はい、陽葵の日記。わたしいまいち日本語読めないから。オマエが探すのよ。彼女の手掛かりを」
ハナヲとルリさま「陽葵訊いたことがある」(ブクマ91件目御礼)




