第9話
少しずつ木の陰から影へ移動し、アジトへと近づいていく。
「人質は何人くらいいるのかな?」
「済まない。そこまでは調べられなかった」
「いや、大丈夫。もう少し近づけば分かるから」
洞窟の入り口まで50歩の位置までたどり着いた。アランは探知魔法を発動させる。
「入り口に見張りが2人。洞窟の中の構造は比較的単純。入り口を入って50歩ほど歩くと右側に空間がある。そこに人の反応が10人ほど。中央の道に戻って奥へ100歩ほどいくと突き当りで、ここに人の反応が15人ほど」
「すごいなアランは。そんなことまで分かるのか」
アランは満更でもない様子だった。
「右側の空間の反応は一人ひとりの大きさがちいさい。もし子供だとしたら、盗賊はつき当りの方かな?」
「両方のパターンを考えて行動するのが一番だろうな。よし、行こう」
ユーラの合図で一斉に動く。アランが一足跳びで一気に見張りへ近づき、大剣を振る。胸から下がちぎるように切断された。
もう一人を倒しに行こうと目をそちらへむけた時には、すでにユーラが剣を見張りの胸に突き立てていた。声をだすこともできないまま崩れ落ちる。
「すごい腕だね」
「そうでもないさ。それよりもアランの大剣の方がよっぽど反則だろ」
「それでも中へ入ると自由に振り回すのは難しくなる。ユーラが頼りだよ」
「ああ、任せておけ」
アランとユーラはすでにある程度打ち解けていた。
アラン、ユーラが前衛で、後ろに斥候が2人に付いていく。洞窟の中へ入り、奥へと急ぐ。進むと右側に進む道が現れた。静かに奥へ進むと、人質にされている子供達を発見した。
「やめて!近づかっっ!!」
ユーラが慌てて少女の口を抑える。
「済まない。私達は味方だ。助けに来た。おい、この子達を先に脱出させろ。その間に私達は賊を始末する」
斥候に子どもたちの保護を命じた後、2人は盗賊のいるであろう一番奥へと向かう。
「おい、なんだか向こうが騒がしくないか?」
「ちっ、またガキどもが喚いてやがるのか、もう殺っちゃっていいんじゃねえの?」
「んな訳あるか、一応商品なんだぞ」
「商品ねえ......」
いつの間にかそこにいたアランが思わず嘆く。ユーラも顔を歪ませていた。
「おい何だてめえらは!!」
賊の罵声に耳を貸さず、ユーラが一方的に告げる。
「我々はお前らを始末しに派遣された者だ。一応聞く。投降するなら命だけは助けて終身刑にしてやる」
賊の頭と思わしき人物が薄ら笑いを浮かべる。
「始末だ?お前らみたいなヒョロヒョロ2人だけでか?寝言は寝て言え」
「投降する気はないようだな」
言い終えた時にはすでにユーラは賊の1人に斬りかかっていた。アランも反対側で2人まとめて斬り捨てる。
そこからはもはや作業と言って良かった。良い方向で誤算だったのが、ユーラは剣の腕も一流ということだった。デュークは控えめに言っていたのだろう。瞬く間に賊は数を減らし、残りは頭1人となっていた。
「すまん、すまなかった!!投稿する!」
「もう締め切り、終了だ」
ユーラが言い終えたのを合図に、アランが一突きで頭の命を断った。
「なんか思ってたよりもずっと楽だったね」
「それはアランが自分の強さに気づいていないだけだと思うが......」
世間話をしながら2人はベルファトの帰路を歩いている。洞窟にある賊の死体などの後始末は応援で駆けつけた兵士に任せていた。
やがて北門で衛兵とやり取りし、中へ入る。
「アラン、明日は空いてるか?」
「え?うん、空いてるけど」
「では、もう一度城まで来てくれ。時間は午前中ならいつでも良い。頼んだぞ」
ユーラはそう言葉を交わし、手を振ると従者に迎えられて城へと帰っていった。
翌日、アランは朝食を酒場で食べた後、すぐベルファト城へ向かった。2度目の訪問だったので、兵士はアランの顔を覚えており、愛想の良い笑顔を浮かべ奥へと通してくれた。
今日は昨日とは違う応接室のような部屋へ通された。いくつもの風景画がが飾られており、その綺麗さにアランはゆったりと絵を眺めていた。しばらくすると、私服なのだろう水色のワンピースを着たユーラが入ってきた。
「アラン、おはよう。よく来てくれた」
私服のユーラの装いに、アランは内心穏やかではなかった。ついついまじまじと見てしまう。それをユーラは気づいていたが、何も起きていないかのように振る舞う。
「実はアランに来てもらったのは、理由がある。実は、頼みがあってな」
「頼み?どんな?」
「わ......わたしとパーティを組んでくれないか?」
「え?パーティーを?」
思わぬ申し出に目をぱちぱちと瞬く。
「どうして僕とパーティなんか......僕冒険者になったばっかりだし」
「ランクは関係ない。なんと言えばいいのか......直感かな。アラン、私はお前と一緒に冒険がしたい」
普段の男勝りな物言いからは想像できないくらい、今のユーラは年頃の乙女のオーラを出していた。
「でもそんなこと、デューク様が許すはずがないよ」
「お父様からは許可をもらっている」
「はい!?」
それを聞いた時のアランは、比喩ではなく椅子から転げ落ちそうになった。
「あの男なら任せられる、とお父様は仰った」
「デューク様の仰る意味が分からない......」
「それに私と組むと良いことがあるぞ?」
「良いこと?」
「アランも知っているはずだが、冒険者の依頼は特定のランク以上でないと受けられないものも多い。だがパーティーを組めば、一番上位のメンバーのランクまで受けれる。それに上位ランクの依頼を達成すれば、アランのランクが上がるのも早くなるぞ」
「確かにそうだけど......」
「なんだ、何か嫌なことなどあるのか?」
「いやそうじゃなくて、何度も言うけど、僕でいいの?」
「ああ、お前がいい」
これは夢だと頬を叩きたくなったが、今そんなことができる訳がなかった。
「ユーラが良いなら......よろしく」
「本当か!?ありがとう!よろしく頼むぞ、アラン!!」
アランの手を握りブンブンと握手をする。アランは依然として心ここにあらずという状態だった。
パーティーを組むことにした2人は早速ギルドへ足を運んでいた。
「ユーラ、なんか見られてるんだけど」
「気にするな。そのうち慣れる」
「慣れるって......」
注目を浴びているのはもちろんユーラの存在ゆえだ。この街の領主の娘ともなれば知らぬ人などいない。そのユーラと行動を共にしているアランにも視線が集まるのは必然だった。
2人は受付カウンターへ向かう。受付をしているユリエが直立不動の姿勢で待機していた。
「ユーラ様、ようこそお越しいただきました。本日はどのようなご用件でしょうか」
「うん、実はパーティーを組みたくてな。申請頼めるか?」
「パーティー、ですか?どなたと組まれるのでしょう?」
それを聞いたユーラは、トンっとアランの肩に手を置いた。
「まさか......アランですか?」
「なにがまさかなのだ?まあいい、そうだ、アランと組む」
「えぇーー!?」
ユリエだけでなく、1階にいた全員が信じられないといった顔でユーラを見ていた。ユリエだけは誰よりも早く立ち直り仕事の姿勢に戻る。
「わ、分かりました。アランとユーラ様ですね。パーティー名はどうしましょう?」
「あ、パーティー名いるんだ、どうしよう、何も考えてなかった」
「アラン、大丈夫だ。私が考えてきた。太陽と月、というのはどうだ?」
若干不安そうな眼差しをアランへ向ける。
「どうして太陽と月なの?」
「太陽がアランで、月が私だ」
「普通逆のような気がするけど.....太陽と月、良いんじゃないかな」
「よし!じゃあパーティー名は太陽と月で頼む」
「はい、かしこまりました」
ユーラは待っている間鼻歌を歌っていた。アランはなぜ彼女の機嫌が良いのか分からなかったが、悪いよりは良いのでそのままにしておいた。
「ユーラ様、アラン君、受理いたしました。太陽と月の活躍をお祈りいたします」
「ありがとう。アラン、ボードを見に行こう」
「早くない!?もっとゆっくりでも......」
「冒険者はフットワークの軽さも求められる。今から慣れておくんだ」
半ばアランは引きずられながらボードへと向かった。
「さあアランどれにする?Bランクまで選べるからよりどりみどりだぞ」
「あはは......どれにしようかな」
いきなり選択肢が大幅に増えたため、どれを選んでいいのかその基準すらまだなかった。
「それでは、これなどどうだ?」
ユーラが一枚の依頼書を指差す。
依頼内容・ロブディアダンジョンボスの魔石の納品
ランク B以上
報酬 5万ベル
期限 なし
「うーん......いきなりこれは難しいかな」
「そうか......それではこれならどうだ?」
依頼内容・薬草【セルン草】の採取
ランク C以上
報酬 1万2千ベル
期限 なし
「どうして薬草を取りに行くだけなのにCランクなのかな?」
「このセルン草が生えている場所は危険度の高い魔物の生息域の中だ。それで難易度が上がっているのだろう。アランはセルン草を知ってるか?」
「いや、分からない」
「セルン草は状態異常回復のポーションを作る材料に使われる。これなしでもポーションは作れるが、この草を入れると通常では回復できない異常も治せる。例えば石化などだな。つまりこの草は上級の異常回復ポーション作成材料というわけだ」
「なるほど、よく分かったよ。ユーラ、ありがとう」
褒められたユーラはなおのこと機嫌を良くした。
「よし、これにしよう。ユーラ、これでいい?」
「ああ、アランが良いなら私も良いぞ」
それを聞くと依頼書を剥がしカウンターへと向かう。ユリエが依頼書を見て、眉をひそめた。
「ランクCの依頼ですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「いえ、ユーラ様はよろしいのですが、アラン君が......」
アランが話そうとしたところにわざとユーラが割り込んだ。
「アランは大丈夫だ。実際に戦いぶりを見てこの依頼を受けるのに十分な実力があると私は判断した。それに何かあった時は私がアランを守る」
「ユーラ様がそう仰るのなら......。分かりました。よろしくお願いします。アラン君、どうか生きて帰ってきてね」
まるで今生の別れになりそうなユリエの言葉に、アランはただただ頬を引きつらせて笑うしかなかった。