第79話
アランの朝は早い。自然と太陽が昇る直前に目が覚める。そして朝起きて何をするか。訓練、訓練、訓練だ。
正門で仕事をしている衛兵に挨拶をし、外へ出る。きちんと訓練のために外へ出ると言っておかないと彼はなにをしに行ったのかと心配される。衛兵にも名が知られる程度には王国で彼の存在は浸透してきている。
正門から5分ほど歩く。ハレの街の近くはなだらかな平原などは少なく、文字通りでこぼこな土地が多い。そんな中でわずかな平地を探し当てると、アイテムボックスから大剣を担ぎ出す。
ゆっくりと息を吐き、精神を集中させ、素振りを始める。始まりから終わりまで、一振り一振りを丁寧に、かつ素早くこなしていく。
「あの...」
あっという間に回数が100回近くまで達した時、突然声を掛けられた。一旦素振りをやめ横を見ると、男が2人立っていた。比較的細身で男性にしては長髪、もう1人はかなり背が高く頭を丸刈りにしてアランと同じ大型の剣を背負っている。
「俺になにか?」
「えっと...旅に連れて行ってくれると聞いて...」
「うん?」
長髪の男の話し方がいまいち分かりにくかったので、横にいた大柄の男が助け舟を出す。
「アランさんだよな?こいつの言い方が分かりにくくて申し訳ない。昨日リホさんからあんた達の旅に少しの間同行させてもらえると聞いたはずだが。俺たちがその冒険者だ」
それを聞いてやっとアランは理解できた。
「ああ、あなた達が。それで俺に何か用ですか?」
「かしこまらなくていい、俺たちはあんたに世話になるんだから。この陰気なやつでは何を言っているか分からなかっただろうから、一言でいうと、挨拶に来た」
「挨拶か、それはどうも」
「俺はセイン、Cランク、その辛気臭いやつがDランクのバルトだ。実はあと2人いるんだが、そいつらはギルドの雑用で顔が出せなかった。すまん」
「いやいや、わざわざ大丈夫だよ」
「素振りの訓練してたんだよな?良かったら少し見せてもらってもいいか?」
「俺のを?参考になるかは分からないけど、構わないよ」
アランが大剣を一振りする度に、大きな風圧が生まれ、砂が舞い上がる。その様子を2人の冒険者は興奮気味に見つめていた。長身の冒険者はアランが邪魔をしないようになるべく話しかけることはよそうと考えていたが、やはり聞いてみることにした。
「すごく洗練された動きだな。一日どれくらいするんだ?」
「素振りは2千回くらいかな。よほど忙しい時など以外は、ほとんど毎日やってる」
「その重さの剣を一日でか...?普通なら疲労困憊になると思うんだが」
「ああ、俺結構力持ちだから大丈夫だ。それによっぽど疲れてない限りは夜寝るだけで疲労は回復するよ」
「冒険者として理想的な体質だな...」
話をしながらもアランは大剣を振り続けながら、1人考え事をしていた。ドリスによるとハレの街で戦力として数えられる冒険者は限られる。この2人がどのくらいの冒険者なのか、そこが気がかりだった。ランクである程度判断できるが、アラン自身のようにランクと実力が乖離している可能性もある。冒険者になりたての新人が今回のメンバー内ににいないことをアランは心から願った。
「次どこへ向かうか決まっているのか?」
「いや、まだだ。といってもすぐに決めて2日程度で出発するつもりだ」
「そうか、分かった。見事な素振りだった。とても為になったよ、ありがとう」
そういいセインとバルトは街の中へと戻っていった。アランは気を取り直して素振りを続けた。
昼過ぎになり宿へと戻ってくると、ユーラにいくら訓練とはいえ遅いとお叱りを受けた。最も彼女は本気で怒っているわけではなく冗談でそう言っているので、アランも軽口で言い返す。
その後部屋へと移動し、今後の方針について話し合う。
「あさってにはこの街を出発したい」
「とはいっても、どこへ行くんだ?まだ手がかりも何もないぞ?」
「確かに手がかりはまだないけど、このままずっとここにいる訳にもいかないし、手がかりを探すために旅をするのもありだと思う」
その言葉に頷いたユーラが地図をテーブルの上で広げた。シュレンベルク王国の国土は膨大なので、地図は数十枚にも及ぶため、王都方面だけが記された地図を見る。
「ハレから一番近い街は、マキドだな。魔導車で行けば1日もかからないだろ?」
「お前、一緒に連れて行く冒険者のこと忘れてるだろ?」
「あ......」
「確か、馬車だと4日くらいだったはずだ」
「よし、決まりだ。マキドへ行く。」
その後アランだけギルドへ向かいリホの居所を尋ねると、彼女は街の商会議に出ており伝言があれば伝えるとのことだったので言伝を頼んだ。そしてすぐに宿へと戻る。街が小さいので徒歩でもそれほど時間はかからない。
宿へ戻り部屋へ着くと、ユーラは書類を睨んでいた。旅をしながらでも彼女には公の仕事から逃れることはできない。
アランが返ってきたことに気づくと、聞きたかったことを尋ねる。
「そういえば、連れて行く冒険者と会ったんだろ? 」
「ああ、うん。実力は分からないけど、朝挨拶しに来てくれたよ」
「旅に同行するわけだから、ろくでもない奴じゃなくて良かったな」
「同行するのは少しの間だけだ。つまり冒険者が強くなれば良い訳だから、旅の途中で訓練させるとかして鍛えていくよ。彼らがいると邪魔とは言わないけど、魔導車で移動ができないから」
この日はそのまま宿でのんびりと過ごした。そして翌日はユーラも加わり訓練に没頭するという1日だった。彼女は戦闘も出来るが基本は後方支援が主なのでそこまで訓練が必要なのかとアランが尋ねたが、彼女はたまには体を動かさないといざという時に動けないと言ったので、2人で行うことになった。
そして出発当日、まだ日の出前であったが、魔導車が4人までしか乗れずスピードを出せないため、この時間から出発ということになった。
街の正門で待っていると、セインとバルト、それに初めて見る女性2人、そしてリホがやってきた。
「アランさん、ユーラ様、おはようございます。男性陣は揃っていたのね、この2人が残りの冒険者です」
「私がDランクのレモン、こっちの髪が白い子が同じくDランクのウルです、よろしくお願いします」
「よろしくぅ!!」
「あ、ああ。よろしく頼むよ」
「あとアランさん、これを」
リホがアランにアイテムボックスを渡す。
「リホさん、依頼はこれからですけれど...」
「先払いで大丈夫です。その方がやる気も出るでしょ?」
「よっしゃ!ありがとうございます! 」
「それで、どこへ行くんだ?」
セインがようやく重要な今後の予定の話に話題を移す。
「マキドまで行く。旅には魔導車が使えるけど、一度に乗れるのは4人だから交代で乗ってくれ」
「では、行くぞ」
「はいな、お嬢!」
「ウル...なんだその呼び方は」
「え?だってアランを尻に敷いてるんでしょ?だったらお嬢だよ!!」
「...好きにしてくれ」
こうしてアラン一行はマキドへと出発した。だがしばらくしてアランは重要なことを皆に教えるのを忘れていた。
「すまんみんな、聞いてくれ」
「ん?どうしたんだアラン」
「アレのことまだ説明してなかったから」
「アレ?あぁ...あれか」
「すまん、アレって何だ?」
説明するより実際に見てもらうのが早いということで、後ろから付いてきているゴリアテに透明化を解除させた。
「なんだありゃ!!」
「ゴーレム、いつの間にこんなに近くに! 」
「ちょっとみんな、落ち着いてくれ」
アランはみんなにゴリアテが使役しているゴーレムであることなど、一連のことを説明した。
「ゴーレムを使役、アランはやはり規格外だな...」
「アラン、すごーーい!!あたしもいつかゴーレム使役できるかなぁ?? 」
「それは正直わからん...。ウルが滅茶苦茶強くなれば使役できるかもしれないな」
事情を説明し理解してもらった所で、ゴリアテには再び透明化してもらった。
旅の道中4人の冒険者のうち2人は魔導車の後部座席に乗ってもらい、のこり2人はトレーニングのため走って追いかけてきてもらうことにした。
太陽が空の天井まで昇ってきた頃、後ろから走って魔導車を追いかけていたセインとウルは中々に疲弊していた。
「魔導車って結構早いんだねぇー...もうあたしヘロヘロだよぉ」
「バテるのが早いなウル。俺はもう少しいけるぞ」
「それではそろそろ交代しよう。バルト、レモン、頑張ってくれよ」
交代したバルトとレモンが後ろからランニング程度の速度で追いかけてくる。魔導車に乗り込んだセインとウルは、室内の快適さに驚いていた。
「こんなに座りやすいソファは初めてだ...」
「ほぇーー、中は涼しい」
こんな調子でしばらくマキドへ向かっていた。そして太陽が少し下ってきた頃、ユーラが魔導車を止めた。
「おい皆、あそこに魔物の群れがいるだろ。安全のために退治していこう」
アランが指を指した先には、ゴブリンやオークなどの混成集団が10匹ほどたむろしていた。
「皆はあれをどれくらいの時間で倒せる?」
問いかけられた4人は考え込んだが、代表してセインが答えた。
「俺たち4人で連携して、半刻から一刻くらいだろうか」
「そんなに時間かかってたらだめだ。俺だったら1人ですぐに片付けれる。最初は俺が対峙するから見本だと思って見ててくれ」
そう言い魔導車から降り、リホから頂いた新しいアイテムボックスから大剣を担ぎ出す。
ふうっと軽く息を吐くと、次に4人がアランの姿を捉えた時には1体の魔物の首が飛んでいた。その後も剣技だけで相手から攻撃される前に一方的に首を撥ね、命を刈り取っていく。
圧倒的な力で敵を全滅させたアランが魔導車に戻り一言呟いた。
「まあこんな感じだ。参考になったかな?」
「いや、早すぎて目で追うのがやっとでした...」
「そっか...まあいきなり強くはなれないから、じっくり行こう。しばらく俺たちは一緒に旅する訳だから、その間にできるだけのことはするよ」
4人が強くなれるよう尽力すると言ってくれたアランに対し、皆は素直に感謝した。一行は再びマキドへと進路を取る。




