第77話
ハレの街へは野宿を経て翌日の早朝に正門が見えた。馬車でかかる時間の半分以下で済んだので旅の疲れはなかった。
王都やベルファトよりも随分規模は小さい城壁は石造りで出来ており、独特の情緒を感じさせる。
正門前までたどり着くと、約10人程の人が検問を待っていた。その列の最後に魔導車を止めるが、待ち人はアラン達を奇妙な目で見ている。一体この乗り物は何なのか。王都以外で魔導車はまだまだ道の存在である。
待ち列は程なく短くなり、アラン達の番が来た。本当はゴリアテも街の中へ入れたかったが、説明などが面倒なので透明化を使い正門近くの城壁で待機してもううことにした。
「冒険者アランとユーラですが...」
「おぉ、アラン様にユーラ様でいらっしゃいますか!ところで、この乗り物は何ですか? 」
未知の乗り物に興味半分、警戒半分といった様子だった。
「これは魔導車と言いまして、現在王都で開発中の自力で動く乗り物です」
「馬なしで動くのですか!!王都では凄い研究が行われているのですね。ところでハレにはどのような用で?」
「はい、国王ファルマン陛下から世界を見て回れと旅の許可を得まして、俺達は旅を始めました。この街は旅が始まって最初に来た街なんです」
「なんと、それはめでたい!ぜひゆっくりしていってください。あまり広くない街ですが、ゆっくりしていってください。基本的には安全な所ですので」
こうしてほぼ顔パスで難なく検問を通ることが出来た。後ろを振り返ると衛兵2人が手を振っていた。そんなにのんびりしていて大丈夫なのだろうかとふと心配になる。それに先程言っていた基本的に安全というのはどういう意味なのか。
城壁のときもそうだったが、このハレの街は建造物が石造りで統一されているようだ。なのでそれほど大きい建物はなかったが、ここだけ時がゆったりと流れているような、素朴な雰囲気を2人は感じ取っていた。
「さてと、アランこれからどうする?」
「俺は冒険者だからな、やっぱり定番のギルドでしょ」
よし、とユーラが相槌を打ちギルドのある建物を探す。景観が統一されているのでパッと見ただけではどこが何の建物なのか分かりにくいと思ったが、ほとんどの建物には1階と2階部分の間に大きな看板が書かれていて、そこを見れば良いことに気づいた。そうして次々と建物に目線を合わせていくと、ギルド、ハレ支部という看板を見つけた。
魔導車をじゃまにならない街路の端に止め、ギルドの入り口に向かう。
ギルドが入っている建物だけは、やはり他と比べて幾分大きく立派に作られていた。2人は正面の扉を開け中に入る。
ギルドは他の街と同様、ギルドのカウンターが正面にあり、すぐ横に依頼ボードが据え置かれている。そして酒場が付属しているという典型的なものだった。
まずはギルド内の様子を見てみたいとアランが申し出たため、酒場にあるテーブル席に腰掛ける。
特徴的だったのは、よそ者であるアラン達をあまり気にしていないという点だった。もちろん視線を向けられるといったことはあるものの、他の冒険者はアラン達を気にしていない。
「良い雰囲気だな、のんびりしてて」
「そうだな、俺はちょっと依頼ボードを...」
アランが途中まで言いかけた時、ギルド正面のドアが勢いよく開かれた。それにつられて2人がそちらを見ると、丸太のような腕を持った、ひげを蓄えすぎて顔がほとんど分からないくらいの男がいた。
彼は辺りをジロジロと見回し、アランとユーラに気づくと、ずかずかと近づいていく。その地点で2人は嫌な予感がしていた。
「おいお前ら、見たことない奴だな、何者だ?」
「俺たちは冒険者だ、旅をしている」
「ほう、そんなひょろい体で冒険者か。どうせそこそこ程度の腕なんだろ?だが隣にいる嬢ちゃん、あんたはなかなか筋が良さそうだ。そいつなんかより、俺と組まないか?」
アランは思わず頭を抱えた。ギルドに来るとかならずこういうイベントを経験しないといけないのだろうか。それにアランは着痩せするタイプの体つきで、ローブの中には鍛え上げられた肉体が隠れている。穏便に済ませるにはどうすればよいか考えていた時、先にユーラが口を開いた。
「済まない、私はこいつとすでにパーティを組んでいる。済まないが他を当たってくれ」
「まあそう言うなよ。俺と付いてくれば報酬の多い依頼もちょろっと片付けれるぞ」
「ごめん、彼女は俺のパートナーだ。悪いな」
「てめえは黙ってろ」
他の冒険者の様子から見ると、このデカブツの態度はいつものことのようだった。そしてそれなりに冒険者としての腕が立つからなのか、誰も介入しようとはしない。
面倒だ、ただただ面倒だ。そしてこういう状況に至った時に解決する方法もアランの中では一つしか思いつかなかった。
「おっさん、納得いかないなら俺と勝負しないか?」
「勝負だ?」
「ああ、決闘だ。どちらかが降参するまでな」
「おうよ、望むところだ。外へ出ろ」
「アラン、私はここで待っているからな」
ギルドの外には騒ぎを聞きつけた多くの野次馬が集まっていた。そこへ男とアランが向かい合って対峙する。
「小僧、いつでも良いぞ」
「本当にいいんだな?」
アランはアイテムボックスから大剣を取り出す。それを見たデカブツが僅かに動揺するも、自らもロングソードを構える。
「小僧、いくぜ!」
「わざわざ攻撃を宣言するなよ...」
デカブツは鋭く切り込んだ。スキのない横薙ぎの一撃をアランに放つ。だが彼はすでにそこにはいない。
「どこを攻撃してるんだ?」
アランはデカブツの背後を取っていた。
「おめえ、いつの間に...」
「じゃあ、今度はこっちからだ」
言った次の瞬間にはデカブツの足元へアランは跳んだ。先程のお返しとばかりに下から上へ大剣で斬り上げる。
デカブツはかろうじて反応するが、上手く攻撃を受け止められず、接触したロングソードが真っ二つに折れた。剣の先が回転しながら飛んでいき、地面に突き刺さる。
「まだ続けるか?」
「...いや、俺の負けだ」
デカブツは呆然としていたが、力量の差を理解できないほどの馬鹿ではなかった。少しして我に返ると、折れた剣先を見つめ、その後アランを見た。
「お前、名前は?」
「アランだ」
「アランか。さっきは済まなかった」
まさか謝罪されるとは思っていなかったので少し戸惑っていると、デカブツが右手を差し出してきた。それが握手を求めているのだと気づくのに少し時間がかかったが、アランも右手を差し出し、がっちりと手を握り返した。
それからアランとデカブツはギルド内に入り、ユーラも交えて3人でテーブルを囲んでいた。
「俺はドリス。嬢さん、あんたの名前は」
「ユーラだ」
「ユーラ...もしかしてベルファトの?」
そうだ、あのユーラだと言った途端、ドリスは冷や汗を掻き出した。
「こりゃあすんません、まさかあんたがユーラ嬢だとは」
「ここからベルファトまでは遠いのだから、私の姿を知らないのも当然だ。それに言葉遣いも普通で良い」
「そうか?それはありがたい。お前さん達は何をしにここへ?」
アランは自分に過去の記憶がなく、手がかりを求めて旅を始めたこと、その旅で初めて訪れた街がこのハレという街ということなど、もろもろの事情をドリスへ話した。
「なるほどな。アラン、ランクはいくつだ?」
「冒険者ランクのことか?俺はBランクだ」
「その強さでまだBランクなのか?俺もBランクだが...」
「なぜかは知らないけど、なかなか上がらないんだよ。だけどユーラがAランクだから不自由はないよ」
「ユーラ嬢はAランクなのか、アランよりも強いのか?」
「いや、私は戦闘もできるが補助や治療など、サポート役になることが多い」
「そういうことか。いつまでこの街にいるんだ?」
「うーん、決めてないけど1週間くらいかな」
「そうか...すまんが2人も、こっちに来てくれるか」
ドリスが2人を連れてギルドのカウンターへと向かい、栗色の髪を腰まで伸ばした目のパッチリとした受付の女性に話しかけた。
「ドリスさん、アランさんに決闘は無謀ですよ」
「...アランのこと知ってたなら、教えてくれよ」
「いやいや、あの時聞く耳持ってなかったでしょ。アランさんは王都のギルド本部で職員もしていたので私達の間では有名なんです」
「なるほどな、そんなことより、あの件、2人の力を借りようと思う」
「本当ですか!アランさん、ユーラ様、実はですね...」
受付の女性によると、ハレの街の近くに洞窟があり、そこを盗賊団に占拠された状態が長く続いているという。
「この街には衛兵が手強く守ってるのもあって被害は出てないが、近隣の小さな村では無視できないほどの被害が出てる。本当なら冒険者達総出で退治しにいかなきゃならんのだが、この街で俺以外の冒険者はまだひよっこだ。それに向こうは40人以上はいる。1人でそんな人数は相手にできない」
「そこで俺たちに手を貸してほしいと」
「そういうこった。報酬も少しだが出るんだろ?」
「はい。ギルドからの依頼とさせていただきますので、少しですが報酬金が出ます」
「お金は不自由はしてないんだけど、やるよ。その賊はどこにいるんだ?ちょろっと仕留めてくるよ」
「遠足に行くみたいに言うんだな...」
だがドリスはアランが軽口を叩いているとは微塵も思っていない。先程の決闘でても足も出なかったということもある。それにアランのあの戦闘能力であれば、間違いなくSランク相当はあるはずだと確信していたからだ。
「そいつらのいる洞窟はここから遠いのか?」
「今からいけば夕方くらいには着くと思うが...」
「それなら魔導車を使えばすぐだな、今から行こう」
「本当に今からいくのか?」
「ああ。不安の種は早く取り除いておきたいだろ?」
ドリスも同意し、早速盗賊の討伐に向かうことになった。魔導車の元まで案内する。これは何だ?と尋ねるドリスに魔導車の説明をすると、彼はかなりの衝撃を受けていたようだった。
こうして3人は盗賊退治へと向かった。




