第76話
翌日、アランは毎度のことながら城壁護衛の仕事に就いていた。
仕事だから飽きるということはない。粛々と自分に与えられた役割をこなすだけだ。大剣に炎をまとわせ魔物を数体まどめて斬り倒していく。
一撃振り抜いただけで4体まとめて仕留めることができた。剣というよりはもはや鉄の塊と言ったほうが正しいかもしれない。
思い出せばこの大剣もノークからの頂き物である。だが、この剣がどういう経緯で作られたかなどの経緯は一切知らない。
実際問題アランの戦闘力の高さはこの大剣に助けられている部分が大きい。今度ノークと会ったときに覚えていたらこの大剣のことについて聞いてみよう。
今日の魔物は小型が多いので1匹の脅威度は低いが、その代わり数が多い。他の冒険者も囲まれないように3人以上のパーティーを組んでいる者が多い。
一方のアランは1人で行動している。彼にとってはこれが普通だからだ。唯一ユーラとだけはパーティーを組むが、彼女は治療に詳しくここ最近は戦闘になっても別行動を取ることが多い。
そのような事情もあり、アランにとって1人で行動することはむしろパーティー全体の動きを見なくて済むので助かる面が多い。
太陽が少し昇ってきた頃、すでにアランは40体以上の魔物を退治していた。自分自身のみを守るのは余裕だが、一気に数が増えてきた。こういう時に役立つのがゴリアテであった。
戦闘もなればどうしても負傷者、死者の発生は避けられない。こういう時にゴリアテが護衛に入ってくれればそういった損耗が大幅に下る。それに最近アランの身の回りで危険なことが起きていないこともあり、戦闘力を持て余していた。なので今回の護衛役はうってつけであった。
昨日もゴリアテは忠実に命令を遂行した。ただ自分の攻撃力がいささか高すぎることもあり、城壁をあわや破壊しそうになった場面もあった。、だがすぐに誤差を修正し、正確に敵だけに攻撃を与えられるようになっていた。
「一体どこからこんなに湧いて出てくるんですかね...」
「人間より魔物のほうが数が多いんだから、それほど驚くことでもねえよ」
たまたま側にいた冒険者に尋ねるも、無愛想な回答をされ少し調子が狂う。
だが気を取り直して大剣を地面に叩きつける。衝撃波で直線状にいた魔物が体を真っ二つにされた。その様子に魔物が動揺する、そして混乱しているところに炎弾を打ち追い打ちをかけた。
前からではあったが、他の冒険者からはアランとは距離をとって戦っている。彼の攻撃が苛烈すぎて、巻き添えを食らうのを恐れているのだ。もちろんアランはそういうことに気を使っているが、天災のように大地が変形していく様を見ていると、周りの冒険者は恐怖しか感じないようだった。
アランは決して快楽殺人者ではない。だがこうして何日も何日もひたすら魔物ばかり倒していている。しかも歯ごたえのない奴ばかり。このままこの仕事をしていても冒険者として成長していけるのだろうか。アランはそこが心配だった。
この前のダンジョンで得た魔導書の魔法を実践するという手もある。だがアランは今の所これを使いたくないという思いだった。
というのも自分で練習して習得した魔法ではなく無理やり覚えさせられた魔法なので、使うと拒否反応のような、大げさに言えば自分が自分でないような感覚に陥るからだ。
では拒否反応をなくすにはどうすれば良いか。矛盾するが、魔法を使い続けて手順、感覚を体に染み込ませるしかない。
そんなことを考えながらも体は動かし続け、気がつけが周りには魔物の亡骸が積み重なっていた。肉弾戦に関しては意識しなくてもきちんと戦えるようになったことに充実感を感じる。
他の冒険者から交代だから休憩しろと告げられ、アランはその場を譲り城壁の直ぐ側にある仮設の休憩所にある、木の椅子に腰を下ろす。
休憩しろと言われても、至る所で爆音や魔法による暴風がアランを遅い、なかなか休むどころではない。
だが今日に限ってはいつもと調子が違う。体が果てしなく疲れている。ドンパチと魔法や弓矢が飛び交う戦場でありながら、アランは椅子に座ったままうとうとしていた。
「アラン、おーいアラン!! 」
3回呼ばれてようやく自分が呼ばれているのだと気づいた。だが睡魔で頭が働かない。
「あー、うん?ユーラか? 」
「正解だけど少し寝たほうが良いぞ、大丈夫、起きるまで待ってるから」
アランが再び目を覚ました時には、太陽が随分落ちていた。それほどの間眠っていたことに、やってしまったという思いが頭をよぎる。
「起きたか。けっこう疲れてたんだな」
「...戦況はどうなってる?」
「大丈夫だ、無事今日も守り通したぞ。それも大事だが、今日はアランに知らせがある」
「うん?知らせって何の?」
「突然ではあるが、陛下から出立の許可が出た。いよいよ旅立ちの時だ」
ゆっくりとその言葉がアランの脳内に染み込んでいく。そして意味を理解した時、彼は満面の笑みを浮かべた。
「そっか、もういいのか。でも今の仕事は?」
「あと2年近くもずっと待ってられないだろ?大丈夫だ。王国の、王都の冒険者は強い」
「そこについては心配してないんだけど、問題は別のところにあるから」
「まずはどこへ行けばよいか分からない、だろ?」
「さすが俺のフィアンセ。この刻印だけじゃどこへ行けばいいのかさっぱりわからん」
「開き直ってる場合じゃないぞ。それにまずは知らない土地へ旅をしてみるというだけでも、得られる刺激は多いぞ」
確かに、考えてばかりいては何も進まない。それならば。
「じゃあ、明日どこかへ出発することだけ決めとこう。行き先は手がかりが見つかるまで気ままに探そう」
「恐ろしくアバウトな計画だが...まあいいんじゃないか」
明日に出立することを聞いたアランは最後の奉仕とばかりに全力で魔物退治に勤しんだ。その間ユーラは今までお世話になった人たちへ挨拶回りをしていた。当日に一人ひとり巡っていては時間がいくらあっても足りないため、ユーラの判断で先に済ませておくことにした。
そして今日の仕事が終わったアランはユーラと合流し、しばらく王都を離れる前の最後の夜を2人で有意義に過ごした。
翌日、アランは日の出とともに目が覚めた。いよいよこの摩天楼の景色ともしばらくお別れになる。しばらく眺め、目に焼き付ける。
荷物はすでにまとめていたため、すぐに準備を終え塔の1階に降りる。
「アラン、早く来てくれ」
ユーラがなぜ急かしているのか分からず、彼女の元へ行くと、ファルマンが家臣を連れてアランを待っていた。
「陛下!!どうしてここにいらっしゃるんですか!? 」
ファルマンは温和な笑みを浮かべ、アランの問いに答える。
「もちろんお前達が今日出立するから、顔を見ておきたくてな。辛くなったらいつでも戻ってこい」
一国の王が一介の冒険者に対する態度としてはあきらかに優遇しすぎていたが、それを承知していてもファルマンは彼らと実際に会って送り出したいという思いがあった。
「陛下、ありがとうございます。アラン、行って参ります」
「私もアランを支えます。甘ったれた事を言った時はお尻をはたき倒しますので安心してください」
ユーラの冗談に全員が穏やかに笑う。そしてユーラが魔導車の運転席に乗りこみ、発進させた。
アランが窓から体を乗り出し、送り出す人たちに最後の挨拶をした。
魔導車は正門へ向けてゆっくりと徐行しながら向かう。まだ朝早いので、国民の姿はほとんど見られない。アランは朝塔から見た摩天楼の景色だけでなく、人々の営みが生み出す生活感あふれる地上の風景も目に焼き付けた。
やがて正門にたどり着くと、衛兵が一度魔導車を止めた。当たり前ではあるが出立のことは正門の詰め所まで届いており、衛兵が2人へ激励の言葉を送る。
「アラン殿、ユーラ様、盛大なご活躍を期待しています。いってらっしゃいませ」
詰め所の衛兵全員が敬礼をし、2人を送り出す。それに頭を下げ、魔導車を再び走らせる。
正門の姿が後ろに小さくなった頃、小さな振動が響き、ゴリアテが魔導車の後ろに陣取り付いてきた。
「そうだった、ゴリアテもいたんだ」
「アラン、いくらなんでもそれは可愛そうすぎるぞ...」
「ユーラ、構わない。こいつの阿呆は我も理解している」
「だってさ。ゴリアテ悪かったよ。お前も大切な仲間だ。ユーラはシノさんに何も言わなくて良かったのか?」
「いや、昨日のうちにちゃんと済ませたぞ。もちろんお前の分までな」
「あー...そうだったのね、ありがとう...」
「そのうっかりグセ少しずつ直していけよ。さて、これからどこへ行く?」
意気揚々と出発したは良かったものの、どこに行けばいいかの当てはなかった。
「まずは、行ったことのない街へ行ってみたい。というかゴリアテ、お前のワープは使えないのか?」
「転移はとてつもないエネルギーを消耗する。そう簡単に使えるものではない。それに転移で移動できたとして、味気ない旅となろう」
「それは確かに遠慮する...」
「王都から近くて、まだ行ったことのない街は...」
ユーラが脳内で王国の地図を広げる。何せこの王国だけで今いる大陸の6割を占めるので、思い出すにも一苦労だった。
「東にハレという街がある。馬車だと約3日くらいの距離だ」
「よし、そのハレという街へ行ってみよう。魔導車なら馬車よりも早く着けるはずだし」
道が舗装されておらずそれほどスピードは出せなかったが、窓から入ってくる風が心地よい。近景にはのどかな草原が、はるか先には大きな山脈が見えた。
こうしてゆっくりと景色を眺めるのも久しぶりな気がした。とその時、前方から魔物の叫び声が聞こえた。アランが魔導車から降りようとした時、ゴリアテが炎弾を発射し5匹ほどいたコボルトを一撃で灰にした。
こんな神聖な存在のゴーレムを護衛に使って、あとで罰が当たらないかと少し心配になった。今までも邪険に扱ったつもりはなかったが、これからはもっと感謝をしてゴリアテと向き合おうと決めた。
こうして新たな旅が始まった。




