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第75話

 大国シュレンベルク王国の国王に、暇な時間などない。常に山積みの仕事が溜まっており、それを次々と片付けていかなければ国の運営に支障が出る。


 ファルマンは王国の歴史上最もすぐれた王であるとの声も多い。事実彼の実力はもちろん、国民からの信頼も厚い。


 だがそんな彼にも、あえて悪い言い方をすれば欠点がある。自分が見定めた見どころのある人物に対して入れ込んでしまうのだ。現在その筆頭がアランとユーラであった。


 ジェンと会った翌日、ユーラは早速ファルマンに謁見していた。



 「陛下、どうかご検討いただけませんでしょうか」


 「だが、この前会った様子だとこれ以上得られるものは少ないのではなかったのか?」


 「それは確かにそうです。ですが、今アランの手がかりを持っているのは彼以外にいません。もしかしたら、何かを思い出すかもしれませんし...」


 「ユーラ、お前もよく分かっているだろ、罪を犯したものは償わなくてはならない。人が集団で生活していくに置いて絶対の掟だ」



 そうは言いながらも、机に肘を置き手を頭に載せ、目を閉じる。ファルマンがそうしているときは熟考している時なので、ユーラはなにも言わず待った。



 「ユーラ、知っているか?我が王国には死刑以外にも対をなす刑罰が存在することを」


 「いえ、知りません」


 「ごく一部の人間しか知らないからそれは仕方ない。名を終身労働刑という。熟練の冒険者でも悲鳴をあげるような過酷な仕事をさせる。刑期は死ぬまで。この刑を受けたものの中には過酷さに耐えきれず自殺したものもいる。そいつを死刑から終身労働刑に切り替えよう」


 「ご配慮、誠にありがとうございます」


 「ユーラ、本来王といえども囚人の刑に意見するのはご法度だ。それを肝に銘じてくれ」


 「はい、心に刻みます」



 ユーラが退出し、判を押す仕事を再開させながら、アランとユーラの事について考える。


いつまでもこの国に縛り付けておく事は彼らのためにならない。だが、王都に2人が滞在している間、彼らの成長を見れるのは非常に嬉しかった。


 いつの間にか2人の事を親のような目で見ていることに気づいたファルマンは、思わず苦笑した。ユーラはともかく、アランとはついこの前知り合った程度の時間しか共有していない。だが2人には人としての魅力に溢れていた。


 いずれはこの国を引っ張り正しい方向に導いてくれる存在になる、必ず。そのためにも、2人からは親離れしなければいけない時期が来ている。


 椅子から立ち上がり、外の景色を眺める。自分こそが、この広大な大地に二人を旅立たせなければいけない。気持ちこそ固まったが、ファルマンはどこか寂しげな様子で摩天楼の先にある広大な景色を眺めていた。





 ユーラがファルマンに謁見した日の翌日、2人は再び収監所に来ていた。こうも早く事が進んだのは、言うまでもなくファルマンの鶴の一声によるものであることは言うまでもない。


 前回と同様施設長に案内してもらい、面会室へと通される。前回と同様にジェンが椅子に拘束されて座っていた。


 ここに来るまでにアランとユーラは一度話をしていた。何もしないまま会っても前回と同じになるのではないかとユーラは心配した。


 それに対しアランは一つやってみたいことがあると言い、ユーラに詳細を説明した。それにユーラが納得し、今に至る。



 「アラン、強力はしたいが、前回以降とくに思い出したことはないぞ」


 「それについてはお前は気にしなくていい。今回は別の方法で出掛かりを探す」


 「別の方法?」


 「ああ。お前はそのまま動かずにじっとしていてくれればいい」



 昨日の城壁護衛の任務を終えジェンから何か手がかりを掴みたいと考えていた時、ふと魔導書のことを思い出した。これだ。この中に何か役に立つ魔法があるのではないか。


 脳内で魔導書のページをめくり続ける。すると幻惑魔法というカテゴリを見つけた。その中に相手の記憶を書き換えるという魔法を見つけた。


 これだ。この魔法を応用し、ジェンの記憶を直接見て手がかりを探そう。



 「何度も言うが、リラックスして絶対に動かないでくれ」



 アランがそう言い、ひとつの呪文を唱える。



 「真実の記憶(トゥルース・メモリー)



 アランの視界が真っ暗になった。その中で夜の星星のように光る結晶のようなものが見える。恐らくこれがジェンの記憶だろう。


 ひとつの結晶に近づき見てみると、昔ジェンが見たであろう視界を覗くことができた。


 この記憶は手がかりにはならない。次の結晶を探そう。こうしてアランは順番に次々と結晶を調べていく。


 10個以上の記憶調べているが、今の所ハズレばかり。少し気が滅入りそうになるのを我慢して、次の記憶を調べる。


 ジェンは柱に隠れてアランを見ていた。幼い頃の自分をよく観察する。一見すると何も見当たらない。だがそれでも観察する。


 これは何だ?幼いアランがステンドグラスから降り注ぐ光によって照らされている。その右手の手の甲に何かの模様を見つけた。


 ジェンが声をかけ、アランがこちらに振り向く。2人は近づき、話をしている。その時左手の手の甲にも同じ模様が見えた。これは、模様というよりも刻印と言った方が正しいかもしれない。


 一度魔法を解除し現実の世界へ戻ってきたアランが、自分の両手を確認する。だが刻印はない。


 これしかない。魔法を解きユーラと司令官に事情を説明した。



 「刻印か...」


 「他のありとあらゆる記憶は調べた。これだけ見つけることが出来たんだ。これ以上調べるのはこいつの心が耐えられない」


 「ここから辿っていくしかなさそうだな。アランは大丈夫か?」


 「俺もかなり疲れてる。この魔法は心の消耗が激しいから」



 そして目の前でぐったりとしているジェンに声をかける。



 「記憶にはないが、幼いころの俺と仲良くしてくれた。そんな人とこんな風に対面しなければいけないことが、非常に残念だ。ここにいるユーラ嬢から聞いたが、お前は終身労働刑になる。自分が何をしたのか、改めて心に刻んでくれ」


 「...アラン、済まない」



 謝罪の言葉を被害者に言ったところで許してもらえるとでも思っているのか?思わず言葉が出そうになったが、ぐっと堪える。静かに涙を流すジェンに背を向け、2人は部屋を後にした。





 物凄く細い線ではあるが手がかりを得た。だがそれを追える状況ではない。連邦がいつ攻めてくるか分からない上に、城壁の建築に至ってはまだ1年以上もかかる。



 「陛下には考慮してもらうように言ってある。どちらの問題も、はっきり言えばアラン1人がいなくなったから作戦遂行が危うくなるという物でもないからな」


 「確かに。だがいくら陛下と言えども、今すぐどうこうすることはできないだろう。だからそれまで俺は俺に出来ることをするよ」





 翌日、休日だったアランは王都内の教会へ足を運んでいた。直接来たことはおそらくないだろうが、ジェンの記憶で見た景色と似た場所を訪れることで、何かを思い出すかもしれないと考えた。


 少年少女が神様を称える賛美歌を歌っている。後ろの方の座席に座りながらそれを聴いていると、なんとなくだが心が少し浄化されていく気がした。


 確認のため両手の甲を見るが、刻印は見えない。子供の時に刻印が現れたのが孤児院だったから、神聖な場所であれば良いのではないかと考えていたが、どうもそれほど話は甘くないようだった。


 次に向かったのは図書館だ。王都の図書館は当然ではあるが王国で最大の規模、貯蔵数を誇る。


 まずは刻印が何かの魔法によって施されたのではないかと考えている。それならまず真っ先に思い浮かべるのがこの前のダンジョンでアランが取得した魔術書であるが、この本を隅から隅まで見ても一切情報はなかった。よってこの王都図書館で呪術関連の魔法が記載されている本の棚を探していく。



 この図書館はとてつもなく大きく、1日では到底回りきれないほどの規模を誇る。よって最初から目的を決めないと、時間を無駄に消費するだけになってしまう。


 次に調べるのは、少数民族などの事を載せている棚へと向かう。中には刻印を体に刻む民族もいるかもしれない。


 魔法の棚を調べた時の倍以上の時間をかけたが、有力な情報などは見つからなかった。今まで手がかりどころか、かすりもしない状態だった。さすがに少々気が滅入る。アランは一度休憩するために図書館を後にし、露店街へと向かうことにした。





 露店街に着くと、とにかく食べ物を注文する。それも肉系の料理ばかり。活力をつける時は肉に限る。ひとつの露店で大量に肉の串を買い、別の店でまたそれを繰り返していたため、とんでもない大食いをする青年がいると話題になった。



 「すみません、ベルーダの肉を2つ」


 「兄ちゃん、さっきからずっと食ってばっかだが、ほんとにいけんのか?」


 「もちろん!!」



 アランは親指を立てて満面の笑みを浮かべる。それを見た店主は冷や汗をかきながら注文された肉を焼き始めた。





 たっぷりと腹ごしらえを済ませたアランの腹はオークのように膨らんでいた。この時アランにある思いが浮かぶ。食べ過ぎた、このままだと太る。


 ゆっくりとジョギングしながら正門を目指すことにする。上位の冒険者なので体力には自信があるが、太るのはだめだ。肥満は体の動きを鈍くする。



 「俺、随分とのんきなこと考えてんなー」



 アランは冒険者になって恐らく初めての一般人らしい生活を数時間だけ体験していた。


 だがこういう何気ない日常が積み重なり、掛け替えのない日々となっていくのだと考えると、基本的に人の命に優劣も大小もないのだろう。


 本来冒険者は自己中心的な職業だと思っていたが、案外社会に貢献できるものなのかもしれない。

そんなことを考えながら走っていると、いつの間にか正門前に着いていた。




 特に用はないが衛兵に話しかける。



 「こんにちは。異常はありませんか?」


 「お、アラン殿ではありませんか。今日は穏やかな日ですよ。怪しい人物もいないし、城壁建築のの任務も魔物がそれほど多くないため順調に進んでおります」


 「そうですか、穏やかが一番ですね」


 「はい、本来我々のような存在は必要ないのが一番良いのです」



 いつか俺たち冒険者という職業も無くなるのだろうか。それができれば理想だが、あくまで理想は理想にすぎないと、アランは心の中で結論づけた。





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