第74話
「姿を消した?」
「ああ。ある日突然にな。俺はいつも朝起きるとお前を探して、孤児院の庭で少し遊んでから朝食をとるのが日課だった。だがどこを探しても見つからなくて、それをシスターに言ってからは大人全員で探したんだが、結局見つからなかった。」
「そうか...」
よくよく考えてみると当たり前のことだ。いくら当時一緒に暮らし仲が良かったとはいえ、子供が何か特別な事情を知っているのは考えにくい。だがそれでも、どんな些細なことでも何かの手がかりになる可能性もある。
「他に何か俺のことで知っていることはないか?」
「質問が曖昧だな。覚えてることであれば全て話すが、何が知りたい?」
「何か俺の出生に関わることとか。どんな些細なことでも良いんだが」
「なにせその時は子供だったからな...一緒に暮らしていた時の様子くらいしか分からない。すまん」
「それでも良い。俺はどんな子供だった?」
「大人しい奴だったよ。無口だったが、俺が話しかけると返してくれてたな。あの年くらいの男の子供は運動系の遊びをするやつが多かったが、アランは誘われない限りはそういうことはせず、部屋の隅の方でずっと本を読んでるような奴だった」
今の所手がかりになるようなことはまだ分かっていない。期待をしすぎたかもしれない。だが小さい頃のアランを知っている人間は彼以外にいない。アランは心のなかでかなり焦っていた。もしかしたらこのまま何も有益な情報はないのではないかと。
だが今までジェンに聞いてきたことの中で、腑に落ちない点があることに気がついた。
「小さい頃の俺は本を読んでいたのか?」
「ああ。よく読んでたよ。特に冒険に関するものが多かった。有名な冒険者の伝記とか、魔法に関する本だとか。思い返せばお前は大人向けの本もよく読んでいたし、内容も理解しているようだった」
おかしい。記憶に残っている最初の頃、ベルファトでギルド職員として働くことになった時に文字が読めなくて困っていたはず。
記憶を無くしたからといって、文字まで読めなくなるものだろうか。だがこの点もアラン自身が何者かを知る直接の手がかりとは言いにくい。
今の所めぼしい情報は少ないが、今後ジェンが何かを思い出すかもしれない。2人は一旦席を立ち施設長と部屋の隅へ行き小声で話す。
「彼の刑罰は決まりましたか?」
「いえまだですが、このままだと死刑は確実かと」
「それはいつ頃に?」
「早ければ1ヶ月いないになるでしょう」
それは困る。王国の決定に一冒険者が口を挟むなど言語道断であるが、今の所彼以外に幼少期のアランの事を知っている人はいない。
「その刑罰、何とか時期を引き伸ばせませんか?」
「そうですね...王国の決定ですので、難しいです。ただ私が言うことではないのですが、ユーラ様はファルマン陛下に進言できる立場でいらっしゃいます。陛下に直接伺いと立ててみるのはいかがでしょう」
「アラン、そこの部分は私に任せろ」
「...ごめん、頼む」
「話し合いの途中で悪いんだが...」
突然ジェンが3人に声をかける。だがその顔は血の気が通っていないような表情をしていた。
「俺は死刑になるのか?」
「お前のしたことを考えれば当然だろう?」
「確かに俺は数え切れない、取り返しのつかない過ちを犯した。それについては弁解のしようがない。だが...俺は死にたくぐはっ!! 」
施設長が最後まで言う前にジェンを殴り飛ばした。床に彼が吐いた血が飛び散る。
「あれだけの事をしておいて、命乞いだと?」
「止めてください、死んじゃいますよ! 」
アランの怪力で施設長はジェンから引き剥がされた。余程怒りが頂点に達したのか、未だに肩で息をしている。
「すみません、取り乱しました。早急に陛下にお伺いを立ててください」
「はい、分かりました。アラン、今日はもう終わりにしよう」
施設長は2人を収監所の入り口まで送ってくれた。挨拶をして魔導車に乗り込む。アランがもし心の調子を崩していたらと考え、帰りはユーラが運転する。
「アラン、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫も何も、良いことも悪いこともほとんど何も分からなかったからな」
「もしかしたらあいつがまた何か思い出すかもしれないし...」
「はっきり言って今の所空振りだけどね。それでも彼に少しだけ期待するよ。ユーラ、城壁の工事現場へ向かってくれ」
「でも、今日はこの件で休みになってたはずだろ?」
「もう終わったじゃないか。それに頭をすっきりさせたい。そのために魔物に蹴りをいれるのは丁度いい」
「そんな目的のために倒される魔物に少しだけ同情するよ...」
工事現場へと到着すると、アランがひょいっと軽い足さばきで魔導車から降りる。その様子をみてユーラは少し安心した。
「では私は陛下にこの件を相談してくる。アラン、無理するなよ」
「ありがとう、無茶なんてしないさ」
魔導車を見送ると、早速魔物退治に向かおうとして、ふと閃いた。
今日はほとんどアラン自身のことが分からなくて多少ストレスが溜まっている。それを今魔物討伐で発散しようとしているが、この任務は同時に城壁の護衛も兼ねている。だから戦闘ばかりしていて建築中の城壁にいる作業員を襲われては話にならない。
ここはゴリアテに任せよう。せっかく強力な戦力があるのだから、使わないのはもったいない。アランはゴリアテに念話で連絡を取る。
「ゴリアテ、こっちに来てくれ。護衛がいる」
「我が向かう必要はあるのか?」
「こう言っちゃ何だけど、暇だろ? 最近俺の護衛もしてないし」
「それはお主が強くなったから、必要がないと判断したのだ」
「俺の今やっている仕事を知ってるだろ?ゴリアテが護衛してくれたら俺は安心して魔物退治に専念できる」
「...分かった。すぐに向かう」
ゴリアテが了承した後一呼吸くらいの時間がした時には、すでにアランの隣へとワープで合流していた。
突然現れた巨大なゴーレムに建築作業員はものすごく驚いていたが、間髪入れずにアランが説明をすると、なんとかパニックになることは避けることが出来た。
それでは頼んだとゴリアテに言い残し、猛スピードで魔物のもとへ急ぐ。アランのその様子を見た他の冒険者は、彼はほんとによく働く奴だ、ただの戦闘マニアだろ、といった様々な小言を呟いていた。
最初は平常運転でゴブリンを真っ二つにし、オークの首を撥ねていたアランであったが、ここに来てこの前の体に取り込まれた魔導書のことでひとつ閃いた。
というのも最初は、あまりにも危険すぎる魔法ばかりであったため、容易に使用することはできないと思っていた。ところが暇を見つけて本の内容を隅から隅まで読んでいくと、術者が上手くコントロールすればそれほど危険ではない魔法もある程度見つかった。
この城壁警護の任務においてアランはかなり強い冒険者であるために単独行動が許されている。なので味方から離れて魔法の実験をすれば、絶対とはいえないが安全であろう。
「魂の血液の喪失」
魔法を発動すると、アランの周りいる一定の範囲内の魔物から白い煙のようなものが吹き出し、アランへと吸収されていく。と同時にアランの体は生気が漲り、動きのキレがさらに増した。
「比較的安全なやつでこれか、恐ろしいな...」
これまでは戦闘と呼べたものが、今のこの状況は一方的な虐殺へと変わっていた。魔物は体力、気力を吸い取られ、立っているのがやっとの個体もたくさんいた。
「こればかり使っていたら剣の腕が鈍るな...使うのは緊急の時だけにしよう」
今度習得した魔法についてじっくりと検証をする必要がある。戦闘をしながら今後の予定を頭の中でで思い出し、どこで時間を作るか考えている。
今日も魔物の襲来は数が多かった。他の冒険者も頑張っているが、この状態がいつまでも続くと徐々にこちら側が押されることになるだろう。
考え事を止め、戦闘に集中する。まずは担当の場所にいる魔物を完全に討伐すると戦況を見回し、苦戦している所へと大至急向かう。
全力で走り続け、短い時間で仲間のもとに駆けつけると、まずは消耗している冒険者の元へと向かう。
「大丈夫ですか?」
「アランか?助かった、手伝ってくれ」
援護してくれとの言葉をすでに聞いておらず、襲ってきたトロールのパンチを大剣でガードし、カウンターで一閃し体を半分に斬り落とした。
そして大剣を炎でまとい、次々と冒険者を襲っている魔物を返り討ちにしていく。
暴風雨のように戦場を行き来し、アランが通った道には魔物の屍が積み重なっている。
「アランはバケモンだな、いつの間ににあそこまで強くなった?」
「さあな、本人に聞いてみろよ。俺たちは俺達の全力で闘うだけだ」
一方アランの方はちまちまと一体ずつ魔物を相手にするのが面倒になっていた。なので一発だけ強烈な魔法をお見舞いすることにした。
体内の魔力を捻り出し、左手へと収縮させる。それを群がり襲いかかろうとする魔物の一団へと打つ。
打った魔力は青い巨大な炎弾となり、魔物へ着弾すると、目視できないほどの明るさの爆発が起きた。
強烈な地鳴りが起き、暴風雨が吹き荒れる。視界が奪われた中ですかさず探知魔法を発動する。生体反応は味方だけで、魔物は一掃されていた。アランはこの一撃が決まったことで午前中取り調べでのイライラをある程度解消することができた。
太陽がもうすぐ沈む頃、ようやく本日の建築作業が終わり、それに伴って魔物の襲来も収まった。
最後に軽く現場の指揮官が挨拶をして解散となる。
「今日も皆ご苦労だった。特にアラン、お前は化け物じみた活躍だったな。死体を数えようかと最初は思ったが、その死体が完全に燃えてしまったために正確な討伐数も分からなかった。まあとにかく皆、今日もよく頑張ってくれた」
今日の仕事が終わっても、アランは地面にあぐらをかいて座り、遠くの景色を眺めていた。仕事が終わった途端にジェンという男について考え始める。すでに予想はしているが、もうこれ以上有益な情報は望めないのではないだろうか。そう一度は考えた時、アランはひとつの方法を思いついた。




