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第73話

 ダンジョンから戻ってきたアランはユーラと共に、王都内で新しくみつけた食堂で食事をしながら今日起こったことを話していた。


 他人には聞かれたくない内容であったため、ユーラの頼みで貸し切りにしてもらえないかと頼むと、店主は快諾してくれた。


 にわかには信じられないことばかりであったが、ユーラは淡々と頷きながら冷静に聞いていた。それでも本がアランの体に取り込まれたことは彼女にとってもかなりの衝撃的な内容であった。



 「一体俺は何者なんだろうな」


 「お前はアラン、私のフィアンセだ。それ以上でもそれ以下でもないぞ」


 

 しばしの沈黙が訪れた。食事に手を付ける際の音だけがホールに響く。



 「一緒に探そう。お前がどこからやってきて、どういう存在なのか。すぐには無理だが陛下に謁見して、アランの起源を探す旅に出れるよう手配してもらおう」


 「そうだな、ありがとう。でもいつになることやら」


 「気長にその時が来るのを待とう。まずはこの前の囚人からなにか良い情報が得られればいいのだが」


 その後はゆっくりと食事を楽しんだ。メインで出された魔物の肉を香辛料で味付けした料理は、程よい辛さで悩んでいた気持ちを上手く吹き飛ばしてくれた。だが何の魔物の肉なのかは教えてくれなかった。どうも素材そのものの味が独特のため、バレるだけでも困るらしい。若干の怖さを感じたものの、危ないものを出すような事はしないだろうと信じることにした。





 食事を済ませ、2人は夜の王都をゆったりと散歩していた。この時間でも通りには、多くの人が行き来し各々の時間を過ごしていた。


 

 「アラン、明日は予定あるのか?」


 「うん、いつもの城壁警護の仕事がある」


 「なるほど」



 ユーラはスカートのポケットから手帳を取り出し、何かをチェックしている。ページをめくり何かを確かめた後、アランに尋ねる。



 「明日、私も一緒に行ってもいいか?」


 「え?うんいいけど、何しに来るんだ?」


 「夫が働いているところを見たいと思うのは普通だろ?」


 「まだ正式に夫になったわけじゃないけど、言いたいことは分かる」



 普段から手を抜くことはしていないが、ユーラが見に来るのであれば気合を入れないといけない。明日は自分の限界に挑戦してみようとアランは心に決めた。





 「今日もみんなゴリゴリ魔物退治してくれよ」



 冒険者一同も土建屋のような挨拶で、本日の仕事が始まった。あいよー、という気の抜けた返事で各自散らばっていく。


 城壁の建築が始まり工事の音が響くと、それにつられて続々と魔物が寄ってきた。



 「よし、行くか!」



 アランが元気な声で叫ぶと、魔物へと向かっていった。そしてまたたく間にオークやゴブリンなどを蹴散らし始める。


 それからわずかの時間が過ぎた頃、ユーラが運転する魔導車が現場へ到着した。建設中の城壁のすぐ近くでじゃまにならない場所に停車し外に出て戦況を確認する。



 「凄いな、これほどの規模での戦闘はなかなか見ない」



 高ランクの冒険者は、ユーラが視察に来ていることに気づいた。彼女が何をしにきたのかなどすぐに分かる。将来の婚約者のアランの様子を見に来たのだ。


 ユーラの目的がアランを見守ることであったとしても、彼女がここにいる事は戦う冒険者にとって非常に励みになるものだった。ユーラは王国全土で名が知られ、口調こそ男勝りだがとても思いやりがあって人に優しい所がある。だから彼女の期待に鍛えようと、その場にいる者は自然と己のすべきことを一生懸命頑張るようになる。


 アランはどこにいる、広大な戦場にくまなく目をやると、一人だけ縦横無尽に飛び跳ね魔物を吹き飛ばしている冒険者がいた。あいつがアランだろう、ユーラはそっちの方向を向いたまま大きく深呼吸をした。



 「おーーーい、アーーラーーンーー!! 」



 やまびこが響くのではないかと思ってしまうほどの声量は、アランに余裕で聞こえていた。



 「ユーラ、どうした?今ちょっと忙しいんだけど」



 アランは魔物を倒しながらなんとか合間をぬって会話を成立させる。



 「アランに早急に伝えておかなければいけないことがあるんだが」


 「あ、急ぎなの?どんな内容? 」



 他の冒険者たちはその様子を戦闘しながら横目でチラチラと見ていた。この2人はいろいろと規格外だなというのは皆分かってはいるが、2人の様子を見ていると本当にいつまでも飽きない。


 それにもうひとつ重要なのは、アランとユーラのペアは本当に良いカップルだ。そういう認識を持っている王都の民は多い。


 

 「例の囚人の取り調べがある程度進んだので、明日で良ければあいつから話が聞けるとのことだが、どうする? 」


 「ほんとか!? もちろん行くよ」


 「分かった。そう伝えておく」


 

 やっとか。アランが最初に抱いた思いがこれだった。明日もしかしたら自分の過去について何か分かるかもしれない。だがかつて孤児院で一緒だったと囚人が、そこまで確信に迫った話が聞けるとも考えにくい。


 今はそのことは置いておこう。今は魔物の討伐に集中しよう。ここで油断して怪我でもしたら話にならない。


 せっかくユーラが見てくれているのだから、、良いところを見せよう。自分の将来の夫は立派な冒険者だと自慢できるように。アランはいつも以上にハイペースで魔物を討伐していった。



 宿泊している塔に帰ると、すでに太陽は降りていた。アランは魔物討伐のせいで疲れているため、軽い食事を取った後はすぐに就寝することにした。


 「今日見に行ったときの動きは良かったな」


 「俺はこんなところで全然止まれないからな。もっと立派になって、旅に出れるようにならないといけないから...」


 「そうだな、その時は私も一緒に行くぞ」



 そう言葉を交わし、ベッドへと入る。疲れからまたたく間に眠気が襲い、夢の世界に旅立った。 





 翌日、まだ日が昇る前からアランはすでに起きていた。ユーラを起こさないように部屋を出ると、塔の外へ行き、軽くジョギングを始めた。


 囚人から話を聞くのは午前中ということもありたくさん時間が余っているわけではなかったが、何もせずに待っているのは苦痛だった。走りながらゆっくりと流れる王都の景色を眺めていると、少しずつ心の緊張がほぐれていくのが分かった。


 かなり長い間走っていたこともあり、気がつけば出発する時間が近づいていた。幸い宿泊している塔の近くまで戻ってきていたので、すぐに部屋に戻りユーラと合流することが出来た。


 どこかに行くなら教えてくれとユーラに釘を差された。彼女はそれほど怒ってはいなかったが、これからは気をつけると約束し、2人で部屋を出る。


 囚人が収監されている塔は魔導車を使えばそれほど遠くはない場所にあるらしい。アランが運転しユーラが道案内役をしたため、道中迷うこともなく目的地に着くことが出来た。


 囚人が収監されている建物は王都内では極めて珍しい5階建ての低階層だった。恐らく囚人に脱走されないためにこの構造にしたのだろう。


 魔導車を脇にとめ正面入り口に行くと1人の男性が待っていた。



 「アラン殿、ユーラ様、お待ちしておりました」



 男性はこの収監所の施設長であると簡単な自己紹介だけをし、早速案内をしてもらうことになった。


 建物の中は通路が狭く、窮屈な印象を受けた。迷路のように複雑な構造になっており、そこを施設長は迷わずテキパキと進んでいく。


 やがて少しだけ広い通路に出ると、ひとつの扉の前で止まった。



 「ここです。アラン様、お入りください。あなたは優秀な冒険者であることは承知していますが、規則があるので私も同席させていただきます」


 「はい、分かりました」


 アランは扉の前に立つと軽く深呼吸をし、扉を開けた。




 中の部屋は全面真っ白で、机と椅子だけが置かれていた。奥側の椅子ににジェンと名乗る男が座っている。魔法により彼は両手を椅子に縛り付けられていた。


 ゆっくりと2人はジェンの元へと向かい、椅子に腰を下ろした。


少しの間沈黙が続いた。その後アランが口を開く。



 「俺の昔のことを知っているのか?」


 「ああ。だがその前にひとつ聞かせてくれ、本当に俺のことを覚えてないのか?」


 「...そうだ。自分に関するほとんどの事は覚えていない。」


 「そうか...。ではなにが聞きたい?」



 ジェンはアランが記憶の殆どを消失しているという事実にかなりの衝撃を受けたのか、神妙な表情をしていた。対してアランは冷静だった。



 「まずは俺とお前の関係性を教えてくれ」


 「友人だ。孤児院にいた時お前には友達がいなかったから、俺が声を掛けたのがきっかけだ。ある時シスターから新しい家族になる子だから仲良くしてあげてねと言われ、紹介されたのがお前だった」


 「それは俺がどれくらいの時の話だ?」


 「孤児院には赤子から卒業間近の18歳くらいの奴くらいまでがいたが、お前が入ってきた時は本当に小さな子どもだった」


 「お前によると俺たちは友達だったようだが、なぜ俺に声を掛けた?」


 「ちょうど体の大きさが俺たちは同じくらいだったんだ。孤児だから正確な年齢など分からないが、それまで俺と同じであろうくらいの世代の子供はいなかった。だからお前が入ってきた時は嬉しかった。だから声を掛けた」



 隣で話を聴いていたユーラは、アランが中々確信を点いた質問をしないことに疑問を抱いていた。だが昔のことを何も知らないアランにとって、他人からは一見どうでも良いことに思えても、本人には自分のことであればどんな些細なことであっても知りたいと思うのは当然なのだと思い直す。


 そしてアランだけでなく、ユーラから見ても夫となるアランの過去を知りたいと思うのは当然であり、この男の話を熱心に聴いていた。



 「俺はどのくらいその孤児院にいたんだ?」



 ジェンは当時のことを思い出そうと、天井をぼんやりと見上げ、やがてアランへと視線を戻した。



 「約4年くらいだったと思う」


 「4年...か。ひとつ腑に落ちないのは、俺たちは仲の良い友だちだったんだろう?それならどうしてあの時俺を見て驚いていたんだ?卒業しても連絡くらいとっていたはずだろう?」



 ジェンが渋い表情をし、少しの間を開けて答える。



 「それが、お前は突然孤児院から姿を消したんだ」






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