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第72話

 地下2階に降りると、ピリピリとした空気が2人を襲った。と同時に2人は左右へとんで敵の攻撃を回避する。



 「こいつらも普通の強さじゃない」


 

 地下1階よりもさらに強力な魔物、トロールやオークが襲いかかる。巨大な斧や剣から繰り出される強烈な一撃を意図をすれすれのところで回避していく。そして僅かな動きの無駄を探り、こちらから攻撃を当てていく。


 アランは大剣で豪快に、シドルはダガーで繊細に。2人の個性が戦い方に現れる。まず中距離までの敵をアランが攻撃し蹴散らせ、打ち漏らし近くまで詰め寄ってきた敵をシドルが葬る。



 「俺たちけっこう相性良いんじゃないか?ユーラ様とのパーティに俺も混ぜてくれよ」


 「シドルさんはすごく優秀な冒険者だし信頼もしてますが、それは無理だと思います」


 「想われてるんだな、いいねーそういうの」


 「シドルさんは相手の人はいないんですか?」


 「いや、俺は今の所興味はない」



 苛烈なこの場所にも少し慣れたのか、アランは話をしながらでも押されずに戦えるようになっていた。

 

 そして魔物数十体いた魔物をすべて倒し、辺りに静寂が訪れる。再び2人は進み出す。一本道だったので、迷う心配はない。


 だが150歩ほど歩いた頃、アランの探知魔法が突如としておびただしい数の魔物を捉えた。


 またか、ダンジョンだから魔物が出るのは当たり前とはいえ、これほどの連戦を強いられている現状にアランは少しげんなりしていた。シドルの方は偵察の際にこうなることを知っていたからか、涼しい顔をしていた。



 「一体いつまで続くんだよこれ...シドルさん、あとどれくらいか分かりませんか?」


 「俺も一番奥までは行ってないが、あともうすぐのはずだ」



 シドルの言葉を信じ、ひたすら魔物を斬り続けながら、少しずつ前進する。すると探知魔法から得られる地形に変化があった。もう少し奥へ進むと円形の広場のような場所がある。



 「確かにシドルさんの言う通り、もう少し進むと広場のような空間があるみたいです」


 「よし、焦らず着実にこいつらを仕留めよう」



 あともう少しというところで、アランが仕掛ける。大剣に魔法を使い炎で包み込み、魔物をまとめて焼き斬っていく。


 「ふう...やっと終わった」


 「どうしたアラン、もう限界か?」


 「いえ、まだまだいけますが、やっと片付いたなと思って」



 2人はゆっくりと奥へ進む。またいつ魔物が現れるかもしれない。だが予想に反して魔物は現れず、開けた空間へとたどり着いた。


 中へ入ると、一番奥に祭壇のようなものがあるのが見えた。そこへ向かおうとした時、突然地面が大きく揺れた。


 アラン、シドルが警戒する中、広場の中央に向かって赤い光のようなものが集まっていく。そして光が徐々に形を作り始める。


 そしてアランの背丈の5倍はありそうな、巨大な金属でできた巨人が姿を表した。



 「こいつは大物だな」



 シドルが呟き、攻撃を仕掛けようとした時。



 「...力を示せ」



 頭の中で声が聞こえた。



 「選ばれし者よ、力を示せば、新たな高みへと至るだろう」



  どうやらこの巨人が話しかけているようだ、そうアランは判断した。



 「だ、そうですよ、シドルさん」


 「ん?何か言ったか?」


 「え?シドルさんにはこの声が聞こえないんですか?」


 「ああ、何も聞こえない」


 「ということは、こいつは俺にだけ話しかけているのか。選ばれし者って俺のことか?」


 「如何にも」


 「どういうことだ...」


 「アラン、こいつは何を言っているんだ?」



 アランはシドルに今起きている事を伝えた。それでシドルも現状を把握できた。



 「恐らくだが、お前がそこのデカブツに戦って勝てば、何かお宝のようなものでももらえるってことじゃないか。それと選ばれし者と言っているから、お前だけで戦えということなんだろう」


 

 現状それ以外にこの状況を打破する術を思いつかない。アランは巨人と戦うことを選択した。



 「しかし、この状況ゴリアテの時と似てるな。関係あるのか...?」



 一旦湧き出た疑問を隅に追いやり、巨人へと向かう。





 一気に巨人の足元まで滑り込み、大剣で足を狙う。だが剣筋は当たらず空を斬った。


 本来であれば避けられないはずの攻撃が当たらなかったカラクリはアランにはすぐに分かった。



 「ワープか、どいつもこいつも反則技ばかりだな...」



 瞬時にワープで回避されたことを認識し、ワープ先へ炎弾を数発打ち込む。それを巨人は正面から受け止めた。そして地面を揺るがす大爆発が起きた。


 辺りに充満していた煙が徐々に薄れていく。巨人にダメージを受けた様子は見られない。



 「無傷か、硬いな」



 やはり直接接近戦を仕掛けるべきだ。そう考え大剣を握りしめ大地を蹴る。


 天井付近まで高く飛び兜割りをお見舞いしようとした時、巨人が大剣を両手で挟み込み、受け止めた。


 巨人は攻撃を回避するとすぐに大剣を手放す。それにアランは違和感を覚えた。



 「攻撃してこない...」



 アランの脳内で疑問が渦巻く中、巨人の声が響く。



 「これは想いの強さを見極める試練、そなたの想いはこの程度か?」



 今まで自分は外側の強さ、戦闘能力だけを必死に磨いてきた。でもそれでは足りない、本当に必要なのは何かを守りたい、何かを成し遂げたいという想いの力。巨人が言っているのはこういうことなのだろう。


 ゆっくりと呼吸をし、集中する。大剣を前に掲げ、一直線に巨人を見つめる。


 心の雑念が洗い流された時、アランは動いた。巨人へ向かってがむしゃらに、一直線に走る。そして限界まで想いを込めた一閃を、巨人へ向けて打ち込んだ。





 「見事」



 大剣が巨人の体を捉えた。巨人の右肩から左脇腹へと亀裂が走っている。アランの渾身の一撃は巨人に届いた。



 「そなたがこれからの役割を立派に果たされることを望む」



 そう言い巨人の体が徐々に光の結晶になり、天へと昇っていった。後に残された2人はしばらくの間呆然としていたが、先に我に帰ったシドルがアランへ声をかける。



 「アラン、大丈夫か? 」


 「...あ、はい。終わったみたいです」


 「奥の方に祭壇のようなものがある。行ってみよう」



 2人が祭壇の前まで来る。すると一冊の本が置かれていた。分厚い緑色のハードカバータイプの形をしていた。


 先にシドルが本に手を伸ばした。中を開きページをめくる。



 「なんの文字だこれ、全然読めない」



 どこか読める所はないかと必死にページをめくっている側で、アランは静かに黙っていた。



 「うん?アランどうした? 」


 「いや、それが、俺なぜかは分かりませんが、この本読めます」



 シドルは耳を疑った。パッと見ただけだが、この文字はこの大陸どころかこの世界のどの国の文字とも違っている気がした。



 「なんて書いてあるんだ?」


 「えっと...。題名が『天より授かりし神聖なる魔法』って書いてます。えっと次は...」



 続きを読もうとした時、本に変化が起きた。巨人の時と同じように、無数の光の粒子となった。そしてそれがアランの体に降り注いだ。



 「一体なにが起きてるんだ...?」


 「シドルさん、恐らくですが、さっきの本は俺の中に吸収されたんだと想います」


 「おいアラン、ほんとに大丈夫か?」


 「いやだって、本の内容が全部俺の頭に入ってるんです」


 「え?大まかで良いから、どんな内容なんだ?」


 「それが、詳しい内容を口外するなという文面が入っていて...。言えるのは、はるか古代から現代までに存在した魔法について、です」


 「詳しく言えないっていうのは、どういうことだ?」


 「おうとしても言葉を封じられたように口が動かなくなるんです...」


 

 とにかくある意味でのお宝は入手できたので、王都に戻ることになった。帰り道は来た時とは違い魔物が全く出現しなかった。


 魔導車に乗り込み、王都へと戻ってきた頃太陽はちょうど真上に位置していた。とても長くダンジョンにいたような気がしたが、実際はそうではなく濃密な時間を過ごしていただけのようだ。


 正門前に魔導車を止めると、衛兵が門を開いてくれた。王都の外で魔導車を使えるのは今の所あらんだけだったので、顔パスで審査などは必要なかった。



 「すみません、シドルさん。先に行っててもらえませんか?あとこいつも運転して研究所の前に止めておいてもらえると助かるんですが...」



 「それは構わないが、どこか行くのか?」


 「大したことではないです。すぐに戻りますから」


 

 


 アランはシドルに魔導車を預け衛兵に挨拶をすると、正門から歩いてすぐの距離にある小さな丘へ向かった。


 ここは訓練はしたいが人に見られたくない時などに、ときどき利用していた。このことは衛兵も知っているのでアランが先に伝えておけば人払いをしてくれるので、1人で訓練などをするにはうってつけだった。


 手のひらを空に向けると、握りこぶし大の炎が生まれる。これはいつも通りだ。炎は得意分野の魔法だ。重要なのは次からだった。


 手のひらに意識を集中させる。すると徐々に冷気が集まり氷の粒となり、やがて完全な球体の氷が生まれた。



 「やっぱりか...」



 アランは本来魔法において得意な属性は炎であり、氷、冷気は対極に位置する。それがなぜ使えるのか。それはダンジョンで自分の体に吸い込まれた本のおかげだろう。というよりもそれ以外考えられない。


 氷の魔法を実際に使えたことによって、アランの中である種の恐怖が生まれた。それはアランに吸い込まれた知識には全属性の魔法の発動方法、扱い方などが網羅されていたからである。


 それだけならまだ良い。中には禁忌と呼ばれる、発動すれば甚大な被害が生まれるような魔法などもたくさん含まれている。


 思わず寒気がした。この知識は明らかに1人の普通の冒険者が持っていてよいものではない。仮にこのことがばれたら、王国かもしくは他国で強制的に従事させられることは確実だ。





 正門へ戻ると、見知った人が待っていた。最も信頼し心を許し会える存在。



 「アラン、ダンジョンはどうだったんだ?」


 「え?ああ、ダンジョンか。良い訓練になったよ」


 「それは良かった。ところでさっきどこかへ行ってたのか?」


 「いや、ただの散歩だよ」


 「...そっか。早く戻ろう。潜ってきたダンジョンの話を聞かせてくれ」



 アランはユーラの姿を目に映し話をするだけで、恐怖が和らぎ、不安な気持ちがすぐに収まる。


 今はなにも考えるな。おいしいご飯を食べ、気心の知れた仲間と他愛もない話をしよう。アランはそれだけを考えるように意識した。







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