第71話
翌日、アランは今日も王都拡張のために建築中の城壁前で、魔物退治に精を出していた。最前線で必死に大剣を振るう。
「よくもまあ毎日毎日こんだけ湧いてくるよなあ...」
アランの隣で短剣を自在に振り回しながら魔物を駆逐しているシドルがそう呟いた。
「王都は大きいですからね。やはり目立つからじゃないですか?」
「そうだな。しかしもっと歯ごたえのある奴はいないのか。あの時のゴリアテのような奴は」
「そんなの出てきたら困りますよ」
昨日の今日にしては随分気分が落ち着いているなとアラン自身も感じていた。こうして今戦っていても、冷静に対処することができている。
起床してすぐにこの現場へ来て魔物の討伐を始めたが、今日はとくに数が多かった。アラン、シドルを含め数十人の冒険者が討伐に当たっているが、駆け出しの冒険者がいるのでそれををカバーしながらということもあり押されはしないものの、油断できないという戦況が続いていた。
「おい、なんでここに駆け出しがいるんだよ!こんな大事な仕事によ」
「すまねえ、まさかこんなに魔物が来るとは思わなくて」
「先輩それはねえっすよ!俺だって少しは役に立ってますよ! 」
そう言っていた駆け出し冒険者であったが、背後から迫る魔物に気づかなかった。
「危ない!!」
熟練冒険者が声を上げ助けに行こうとするが、どれだけ急ごうとも間に合う距離ではない。
振り返った時には魔物がすでに喉元に狙いを定めており、新米冒険者は本能的に死を悟った。
だが覚悟した死は訪れなかった。襲おうとしていた魔物は胴体を真っ二つに断ち切られていた。
「ここは戦場だぞ?自分の身は自分で守ってくれ」
そう声を掛けた冒険者はアランだった。駆け出し冒険者が冷静に戻れた時にはもうすでにシドルの元に戻り、猛烈な勢いで再び魔物を狩り始めた。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、ああ。あいつのおかげで助かった...」
「これで分かっただろ。もう俺たちの側を離れるな」
太陽が空の真上に登った頃、魔物の勢いが一度途絶えたので交代で休憩をとることになった。
アラン達が建設途中の城壁の上で食事をとっていると、先程助けた冒険者が近寄ってきた。
「すまない、さっきは助かった」
「いや、いいんだ」
小さく頭を下げその場を後にすると、冒険者が前線に戻るまでずっとアランは見ていた。彼はちゃんと他の冒険者と連携して戦うようになっていた。
「成長したな、アラン」
「え?何がですか?」
「ノークさんから聞いてる、いろいろと今はしんどい時期だと。だがお前の戦い方は鈍っていない」
「戦っていると余計なことを考えずに済むだけですよ」
「ふっ、そういうことにしておこう」
2人は軽い味付けのされたパンを食べながらも、戦況が悪くなっていないか注視している。特に人間が遅れを取るというような場面などはなかったが、いつの間にかアランの食事を取るスピードが上がっていた。
「シドルさん、行きましょう」
「俺まだ食ってないから、先行っててくれ」
アランが手早く昼食を済ませたのには、少しでも魔物を退治して城壁建設に貢献したいという思いと、それに加えてどのような状況でも屈しない立派な冒険者になりたいという思いが重なっていた。
なぜかはわからないが、今日は今の所上手くいっている。心が動揺していない。
戦線に復帰してから、アランはもの凄い勢いで魔物を退治してく。シドルはそれを昼食が終わっても戦線に復帰せず、観察していた。アランが迷いなく動けていることを彼も把握し、多少安堵していた。
「シドルさん、いつまでも休憩してないで早く戻ってきてください! 」
迷いは感じられないその声に促され、ゆっくりと腰を上げる。
もうすぐ日が暮れるという時間帯になり、ようやく魔物の襲来が終わった。今回も討伐数1位はアランだった。だがそれはシドルが気づかれないように討伐のスピードを加減していたからこそであり、本来であればシドルが1位であったことは確実だった。
ゴルサノダンジョンで始めた出会った頃から比べると、アランは本当に立派になった。気がつけばシドルは親のような気持ちでアランを見ていた。
魔物の討伐を終え王都内に2人は戻り、露店で食事をとっている。アランはとても味の良いブラッドラビッドという魔物の肉をふんだんに詰め込んだサンドイッチを、シドルは対称的に野菜ばかりが入ったサンドイッチを食べていた。
「なあアラン」
「はい?」
食べることに夢中になっていたアランが口を動かしたままシドルの方を向いた。
「ちょっと気分転換にダンジョンにいかないか?」
「え?ダンジョンですか?この近くにダンジョンなんてありましたか?」
「実は昨日のよる夜によ、勝手に抜け出して王都の外を散策してたんだよ。そしたら空気が違う場所を見つけたから念入りに調べてみたら、地下へつながる穴を見つけた。少しだけ潜ってみたんだが、浅いダンジョンだからすぐに戻ってこれるぞ。それに明日は建築作業は休みだ」
「そんな夜に一人で出歩くなんて危険なことしないでくださいよ...」
「自分で言うのもなんだが、俺はまあまあやれる冒険者だぞ?アランも知ってるだろ、自分の力量を超えた無茶はしない」
「それならいいんですが...」
見ただけで胃もたれするようなサンドイッチを食べながら、ダンジョンに行くのはゴルサノ以降なかったので、シドルが発見してくれたというダンジョンに少しずつ興味がでてきたアランであった。
翌日、まだ日が登る前という時間であったが、すでに2人は正門前で合流していた。日帰りで帰るのが前提なので、アランが魔導車を用意してきており、これに乗ってダンジョンを目指す。
「よし、行くか」
「シドルさん、道案内お願いしますよ」
正門を抜け、しばらく道なりに進む。運転をしながら空をみると、雲がたくさん浮いており、どんよりとした天気であった。
正門がある程度小さく見えるようになった頃、シドルの指示で街道から脇にそれる。舗装されていない道ではあったが、平らな草原であったため、魔導車の乗り心地は依然として良かった。
草原の匂いが、程よく鼻をくすぐる。今日は城壁の建築をしておらず、騒音などもないため魔物もほとんどいなかった。大自然の中をゆったりと魔導車が駆け抜けていく。
それからしばらくすると、シドルが左に曲がるように言った。そして少しすると停車するように指示を出した。
「シドルさん、ここですか?」
「ああ。魔力探知をしてみろ、そうすれば分かる」
シドルの言う通り魔力の流れを調べると、地面の一箇所に向かって魔力が吸い込まれていた。
その場所へ行き、シドルが思い切り地面を殴ると、地面が吹き飛び地下へとつながる穴が出現した。
「よく気づきましたね...」
「長く冒険者やってないからな。行こう」
穴に入ると、なだらかな下り坂が続いている。通路はかなり広く、天井はアランの身長の2倍ほどあり、横幅は魔導車が一台丸々入るほどだった。
全面土で固められた通路をゆっくりと歩いていく。魔物などの敵が出てこないか警戒しながら進んでいたアランが、突然魔力探知に反応があったので大剣を瞬時に構える。
「なっ!?」
気がついた時には魔物の爪が首元を掠めていた。かろうじて反応できたが、危うく命を落とすところだった。
「こいつら速い!」
油断していたわけではなかったが、思っていたよりもはるかに魔物の戦闘力が高いことにアランは驚いた。
「シドルさん、これがさくっと潜って帰れるダンジョンなわけないでしょ! 」
「うん?でもお前ならこのくらいの敵対処できるだろ? 」
出来なくはないが油断もできない。そう言おうとしたが、次々と魔物の攻撃が襲いかかってくるので口を開く余裕はなかった。
見た目は普通のゴブリンやコボルトと大差はない。少々肌の色が違うくらいだ。ただ、ゴブリンやコボルトの皮をかぶった何か別種の魔物ではないかと思えるほど、動きが狂気じみていた。
だが最初こそ防御に徹していたが、すぐに魔物の動きのクセ、スピードに対応し、アランが戦闘の主導権を手繰り寄せていく。
襲ってきた最後の魔物を切り捨てると、辺りが静かになった。
「オーバーワークな準備運動でしたね」
「ふっ、だがちゃんと対応できてたじゃないか。慣れればどうってことないだろ?」
「確かに余裕とはいかないですが、対処はできますね」
2人は警戒しながら奥を目指す。一本道だったので迷うことはない。ダンジョンの規模自体は小規模なものなのかもしれない、だがそれに対して敵の強さのバランスが明らかにおかしい。
100歩ほど進むと殺気を感じその場を蹴って跳んだ。すると今アラン達がいた場所に大穴が空いていた。
「敵の数も多いな...」
「アラン、このくらいどうってことないだろ?」
「どうってことない訳ないでしょ?油断しなければ大丈夫ですが」
魔物の第二陣がまとめて2人に襲いかかるが、最初の方とは違いアランは敵が強いことを前提として動いているため、魔物たちは2人に歯が立たなかった。
一度目の襲撃よりも短時間で魔物群れは全滅した。2人は警戒しながら奥へと進んでいく。右へ左へとゆるやかに曲がっている通路を歩いていくと、下につながる階段を見つけた。
「前に偵察したときは地下2階までだったから、次の階で終わりだな」
「こんなに小さなダンジョンなのに、この魔物の強さは明らかにおかしいですよ」
「そうだな。だがこういう例外が現実として起きている場所からはたまーにとんでもない儲け物が見つかることがある」
それがどういう根拠で言っているのか、それとも冒険者のカンで言っているのか分からなかったが、せっかく強力な敵を葬ってここまで来たのだから、なにか収穫があれば良いなという期待する気持ちがアランの中に生まれた。
2人は交代で小休憩を取り、地下2階への階段へと向かう。近づくにつれて、ヒリヒリとした空気がより強くなっていく。これからはさらに気を引き締めていこう、そう自分自身に言い聞かせ、下の階へと降りていく。




