第7話
ドスレまでの護衛の旅1日目は、特に何もなかった。だが何もなかったというのは敵や魔物に出会わなかったという意味であり、旅はアランとダッカにとって不愉快極まりないものとなっていた。
食事の準備も、野宿の準備も一切手伝わない。索敵もアランが見る限り行っている様子がない。ましてや疲れたなどといって馬車内で眠る始末。夜の警戒もアランに押し付け自分だけ安眠を貪る。アランは呆れを通り越して一体このロッツという男はなぜこの仕事を受けているのか、この男は本当に冒険者なのか、その根本が気になりだしていた。
2日目になっても状況は同じだった。アランは心を凍らせて仕事に取り組んでいた。朝食を済まし、出発する。
ロッツは昨日のように寝てはいなかったが、気だるそうに馬車の後方を歩いているだけだった。もはやロッツの存在を勘定に入れていないアランは前方で警戒していたが、出発して2時間ほど経った頃、探知魔法に反応があった。
「敵です。1時方向からこっちに向かってきます。距離は360歩、恐らくゴブリンです。数は6匹」
それを聞いたダッカは馬車を止めた。
「なるべく今日中に着きたい。早急に片付けてくれ」
分かりましたと言って行こうとしたアランをロッツが止めた。
「おめえみたいな素人がいっても野垂れ死にするだけだ。大人しく馬車を見張ってろ」
思わず心の沸点が超える寸前までいったが、ぐっと堪えた。それならばのんびりと待たせてもらおうとアランは無理やり自分を納得させる。ロッツが錆びついた斧を手にゴブリンたちの元へと向かう。
「一体あの野郎は何をやってるんだ?」
ダッカが愚痴をこぼす。それを聞いたアランの心のダムがついに決壊した。
「ダッカさん、僕たちも行きましょう。ダッカさんを1人にするわけにはいかないので、馬車ごとついてきてください。ゴブリンは僕が片付けます」
「分かった。どうみてもお前さんの方が頼りになりそうだしな」
ダッカはそう言って手綱を振り、ファームバッファローを走らせた。それを上回る速さでアランが先行し、ゴブリンがいる場所へ急行する。
現場へたどり着いてみると、まだゴブリンが4匹残っていた。ロッツはあきらかにへっぴり腰だった。自分を散々素人呼ばわりしていてこのざまなのか。アランは呆れながらゆっくりとゴブリンの元へ向かい、1匹づつ手際よく首を跳ねていく。ゴブリンはあっという間に殲滅された。
「おい素人、邪魔してんじゃねえごふっ!?」
アランがロッツの腹にパンチを食らわせる。彼はその場で崩れ落ちた。
「おいてめえいい加減にしろよ。たかがゴブリン始末するのに何を手間取ってるんだ?それに野営の準備も手伝わない、索敵もろくにしない、一体何をしに来たんだ?もう今からそこらへんの草でも食いながら帰れよ。てめえ本当に冒険者か?ダッカさん、こいつはこの旅に必要なんですか?」
アランの突然の豹変ぶりにダッカはひどく動揺していたが、憎悪が自分に向けられているわけではないことに気が付き、アランを刺激しないように答える。
「あ、ああ、実はそいつ勝手について来たっていうか、俺がいれば大丈夫って無理やり雇わされたんだ。だが実際このザマじゃな。ドスレに着いたらそいつは捨てる」
「......そうですか、分かりました。ダッカさんロープあります?」
「ロープ?ああ、あるがどうするんだ?」
「これにうろちょろされたら邪魔なので、しまって馬車にぶちこんでおこうと思って」
「ああ、そうか......好きにしてくれ」
ロープで拘束されたロッツが乱暴に馬車に投げ入れられる。今からでも夕方にはまだ間に合う。そう言ってダッカは頬を引きつらせながら笑った。
邪魔者がいなくなったことで進む速度が上がり、アランの心の温度も大分冷えてきた。索敵内に引っかかる魔物を次々と退治していく。
護衛がアラン1人になってからペースがぐんと上がり、日が落ちる前にドスレに着くことができた。
検問を受け街の中に入ったところでダッカがロッツのロープを解き背中を強く押す。
「ほら、お前はクビだ。あとは好きにしろ」
ロッツがなにか呪詛の言葉を吐いていたが、アランはまともに聞いていなかった。
「アラン、お前の宿は取ってある。あそこの角を曲がったところにある避雷針って名前の宿だ。今日はもう上がってくれ。明日ここに集合してくれ。荷物の積み下ろしを手伝ってくれると助かる」
なんて名前だ、と口には出さずダッカにお疲れさまでしたと挨拶をし、避雷針とかいう宿へ向かう。ドスレの街はベルファトに比べて随分小さく、半分以下くらいしかない。よって宿もすぐに見つかった。
中に入り受付をすませ部屋に入る。普段ギルドで使ってる部屋よりも明らかに広かった。荷物と大剣を壁に置き、ベッドに横になる。
アランは足手まといだったロッツのことを考える。これで終わったとは考えにくい。勘がそう囁いている。
気がついた時にはすでに朝になっていた。急いで身支度をし、待ち合わせ場所へ急ぐ。
「すみません、遅くなって」
「いいや、時間どおりだ」
アランとダッカは合流すると馬車を止めている場所まで向かい、そこから品物を下ろす商店へ向かう。
2人でテキパキと荷物を下ろすと、今度はベルファトでさばく品物を仕入れに別の商店へ向かい、せっせと荷物を積み込む。
積み込み終えたとき時刻は真昼を少し過ぎた辺りになっていた。
「アラン、へばってないか?できればこのまま出発して早く帰りたいんだが」
「問題ないです。ただ帰り道は気をつけたほうが良いかもしれません」
「お前の言いたいことはなんとなく分かる......。まあとにかく出発するぞ」
こうして2人は急ぎ足でドスレを後にした。
しばらくは何もなく、穏やかな帰り道となっていた。ところが夕方、もうすぐ日が暮れるかといったところ、探知魔法に反応があった。
「前方200歩ほどの位置に反応。もう見えてますがあれは......。ダッカさん」
「はあ......やっぱりか。頭の奴だけは極力生かして捉えてくれ」
「分かりました」
近づいていくと、20人くらいの人間が待ち構えていた。明らかに見た目でわかる。盗賊だ。そしてその中にはこの前ドスレで投棄したロッツもいた。
「荷物と有り金全部置いてけ。そうすれば命だけは助けてやる」
「あんたが一番偉いやつか?」
「あん?そうだが、それがどうした。早く金と荷物を」
話し終える前にアランは動いていた。左手をロッツに向けた。瞬間、炎弾が発射され、直撃したロッツが黒焦げになった。
「なっ!?」
「殺せ!早くしろ!」
頭の男が叫ぶが、もう遅い。
アランが大剣を振るたびに、数人の男達が胴体を真っ二つにされていく。一方的な殺戮だった。男たちが剣や斧で応戦するが、大剣はそれごと粉々にしながら人体をでたらめに破壊する。
やがて残りは盗賊の頭だけが残った。
「た、助けてくれ、頼むゴッ!!」
アランが頭の顎を蹴り上げ、意識を刈り取る。
「ダッカさん、制圧しました」
「......アランお前ほんとにEクラスか?まあいい、ごくろうさん、そいつはしばってロッツの時みたいにぶちこんといてくれ」
「はい。恐らくアジトがあるはずですが、そっちはどうしますか?」
「この馬車には人質や奪われた物を乗せるだけの余裕はない。ベルファトに着いたら衛兵に言って見に行ってもらう」
「分かりました」
アジトに人質が残されている可能性もあり、ハイペースでベルファトへと急ぐ。盗賊に襲われて以降これといって危険な目にあうことはなかった。ベルファトに着いたのは翌日の夕方になろうかというくらいの時間だった。
南門で検問を受ける。
「こいつは盗賊の頭だ。アジトがあるらしい。捜索隊を出してもらえるか」
ダッカが状況を説明する。
「了解した。アラン盗賊は他にいないのか?」
「余裕がなくて、他の連中は全て殺してしまいました」
「まあ、頭を連れてきてくれたならそれでいいさ。さっそく捜索隊を出す。ご苦労だった」
盗賊の頭は衛兵に引き渡され、連行されていった。
南門を抜けたところで依頼は終了となった。
「アラン、ご苦労だった。お前のおかげで安全な旅になった。色々面倒も掛けたし、報酬には色をつけておく。また今度も頼むよ」
「はい、ありがとうございました」
アランはその足でギルドへ向かった。最近はお金に余裕があるので、今夜の夕食はギルド内の酒場で取ることにした。
「おーい、アーラーン!!」
ギルドに入ると、大きくアランを呼ぶ声がした。声の方を見ると、顔に少しそばかすのある見覚えのある女性がいた。
「コスモさん」
「元気にしてたか?随分逞しくなったじゃねえか」
「いえいえ、全然ですよ。そういえば、ノークさんは?」
「ノークは、今支部長と話ししてるぜ。どうよアラン、良かったら一緒に飯でもどうだ?あたしの奢りだよ?」
そういってコスモが少年のように笑う。
「ありがとうございます。ごちそうになります」
「よっしゃ。おーい、ゴロゴロステーキ入りシチューを2つ頼んだぜ!」
「あいよー」
今日の料理番のおっさんが返事をする。
「アラン、最近仕事はどうだ?」
「はい。順調です。ランクもEにあがりました」
「らしいな。すげえじゃねえか、森の魔物をほとんど一人で退治しちまったんだって?」
「あはは......あの時はまだ金欠だったもので。今も余裕はないですが」
「確かになあ。冒険者で報酬たっぷりもらえるっていや、Cクラスくらいからだからな」
「なるほど。でもいいんです。やりたい仕事だったので」
「そうだぞ、焦らずいけば、必ずランクも上がって良い仕事も増えていくぜ」
コスモがアランの肩をポンポンと叩く。
「コスモさんは冒険者ランクいくつなんですか?」
「あたし?ひ・み・つ!教えたら今みたいに仲良く喋ってくれなくなるかもしれないからな」
「そんなことは......」
「まあいいじゃねえか。お、飯が来たぜ」
運ばれてきたシチューを口に運ぶ。口調とは裏腹に、コスモの食べ方は乙女のように可愛らしくマナーができていて、そのギャップにアランはどきっと心が震えた。それにコスモが気づいた。
「ん?あたしに見惚れてんのかい?あたしを彼女にしたけりゃ、もっともっと強くならなきゃだめだぜ?」
「いや、そんな......」
アランは照れながら、ステーキを食べる。美女と食事していることもあってからか余計に、夕食は美味しかった。