第66話
「ゴリアテが提供した情報によると、ルルの涙は莫大な魔力を発生させます。その代り恩恵を得ることができるのは周囲100歩の範囲にいる術者だけのようです。
そして、一度魔力を消費させると再充填まである程度の時間を要します。狙うなら最初に充填させる前がベストだと思われます」
「ルルの涙の所在はどう確認する?」
「その点についてはゴリアテが受け持ちます。ルルの涙は使用していなくても独自の魔力波を発生させています。それをどうやら彼?は探知できるようです」
「...なるほど。あいつは一体何者なのか、など疑問は湧き水のように果てしなく出てくるが、どうせ問い質したところで答えないだろう。アラン殿に今まで全面的に従っている点を考慮して、今回も彼らに任せるしかないようだ...」
「これで事前にやれることは行なったでしょう。あとは彼らに任せるだけです」
会議が終了し太陽が少々沈んできた頃、王国防衛軍は国境へ向け出発した。
「これで1万か。前と比べると少ないせいか、感覚が麻痺してるのかもな」
「ノークさん、さすがは王国随一のパーティーリーダーですね。倍以上ある敵軍の姿を見て気分が高揚しているんですか?」
「そりゃそうだ、冒険者だからな」
らしくない口調でノークと談笑するシドルであるが、彼も相当の手練れであることは疑いようがない。
王国軍は昨夜に国境前に到着し、夜明けと共に迅速に戦闘準備を終えていた。
「すでにあちらさんはやる気満々のようです。国境を完全無視してこっちへ来てます」
「警備隊を避難させておいて良かった。さて、後はどうするか...」
「あの、ノークさん」
2人のやりとりにアランが遠慮がちな態度で割って入った。
「どうした?アラン」
「今回はゴリアテを使ってみませんか?」
「使うのは良いが、どうする?」
「ゴリアテなら、先制の一撃を与えれます」
そう言い、アランがノークに顔を寄せ、小さな声で耳打ちをした。ノークがニヤッと笑い、アランの提案を了承した。
国境付近はなだらかな丘陵地帯になっている。国境沿いに沿って建てられている防壁を難なく魔法で木っ端微塵に破壊した連邦軍が、そのまま進軍を続ける。
対する王国軍から巨大な図体をしたゴリアテが前へ出る。それにいち早く気づいた連邦軍が魔法を詠唱し、攻撃がゴリアテに集中して押し寄せた。
だがいずれの魔法も、ゴリアテの手前で全て霧散し、攻撃が届くことはなかった。その事態は連邦軍を僅かに動揺させたが、そんなこととは比べ物にならない衝撃をこれから受けることになる。
ゴリアテの2つの眼に当たる部分が青色に大きく光りだした。そして直視できないほど光が大きくなると、そこから連邦軍に向けて光線が発射された。
「こいつぁやべえな...」
ノークは目の前で起きた光景に驚愕していた。光線が照射された部分がとてつもないを爆発が起こし、そこから雲がもくもくと昇っていた。
「今ので何人ぐらいやれたでしょう?」
「800人、下手すれば1000人くらいは削れてるだろうな」
徐々に煙が薄くなり、視界が広がると、光線が当たり爆発した部分が大きく抉れていた。それのお陰で連邦軍の侵攻が遅れている。これを利用しない手はない。そう考えたアランが動く。
「ノークさん、先に突撃しても良いですか?」
「お、やる気があって良いじゃねえか、行って来い」
ノークの言葉がトリガーとなり、アランは未だ数多くいる敵に向かって飛び出した。
最大まで加速し、ゴリアテが作り出した地面のクレーターを飛び越える。そして向こう側に着地する際に、勢いを利用して大剣を振り下ろした。
アランの初手は地面を揺らし、2人の兵士が体をミンチにされた。それを見届けることなく、背後から襲ってくる数え切れないほどの弓矢を体さばきだけで回避する。
弓矢の攻撃が止んだ間に敵への距離を詰め、大剣を振るう。リーチの長い攻撃は、一振りだけで数人の体を切断した。
そうして数十人ほど斬った頃、魔力の波動を感じた。瞬時に自分に向かって大量の魔法が放たれ、アランは一旦攻撃をやめ大剣を構える。
数十もの破壊魔法がアランの目前まで迫った時、構えていた大剣を思い切り振り抜く。突風が発生し、それに触れた魔法が全て霧のように霧散した。
「あれは、どういうことだ...?」
シドルが魔法を打ち消したアランを見て疑問を抱いた。それに答えたのはやはりノークだった。
「あいつが剣を振り抜いた時、僅かに刀身が光っていた。あの大剣は使用者の意思を汲み取り、ある程度望む形で力を与える。今回の場合は魔法の打ち消しだな。最も能力を使うには相応の魔力が必要だがな」
「なぜそんなことをノークさんが知ってるんですか?」
「詳しくは言えないが、あの剣は俺が譲ったものだということだけ伝えておこう」
連邦軍が動揺する中、アランは極めて冷静だった。最短で距離を詰め無駄のない体捌きで連邦軍の前線にいる兵士を次々と斬っていく。無駄とスキのない攻撃により、加速度的に犠牲者が増えていく。
前線で大暴れしているアランを一定の距離を保って、ゴリアテが様子を見守っていた。
人間同様に意思、わかりやすく言えば心を持っているゴリアテだが、基本はアランに命じられた通りに行動する。今回は初手の攻撃を除けばアランが危なくなった時だけ援護するという作戦だ。つまりアランに危ない状況が訪れない限りゴリアテもただ傍観することになる。
わずかの時間で100人近く斬り伏せたアランは、さらに奥へと切り込んでいく。彼が剣を一振りするたびに、人の体がちぎれ吹き飛ぶ。
「おい、誰かやつを止めろ!一気に押し切られるぞ!」
すでに両軍入り乱れ乱戦に以降していたが、その中でもアランの戦果は称賛されるレベルだった。人が吹き飛んでいる所の元をたどればそこに彼がいるという程に相手を蹂躙していた。
「ゴリアテ、ルルの涙の所在は分かるか?」
「...反応なし」
「わかった。そもそも今回向こう側が宝石を所持していない可能性も十分ある訳だしな」
ゴリアテと念話をしている間も次々と敵を倒していく。大剣を槍のように一突きするだけで3人が串刺しにされた。
「浄化!」
アランがそう叫ぶと、大剣についた膨大な量の血が一瞬にして霧のようになり消え去った。元々の切れ味を取り戻した大剣を手に、更に奥へと切り込む。
リーチを活かし相手から攻撃をされる前に葬る。そして敵が散らばると得意の炎魔法でばらばらになった敵を燃やし各個撃破する。さらに敵の撃破数が上昇していく。
王国軍3千人に対して連邦軍約1万人の戦いは想定されていたよりもずっと王国軍の優位で進んでいる。特に戦果を上げているのは夜明けの民のアサノであった。魔法のスペシャリストである彼女は広範囲魔法で効率よく敵を殲滅していた。
だがそれよりもさらに戦果を上げているのがアランだった。戦場を縦横無尽に駆け回り、効率の悪さを補って余りあるペースの速さで王国軍で一番の成果を挙げている。
「あいつ、いつの間にあそこまで腕を上げた?」
「アランに付いてる気味悪いゴーレムいるだろ?うちのマンセルでさえも通用しないくらいの強さのあいつに鍛えてもらったらしい。それも徹底的に」
コスモからそれを聞き、それほど強いのかと呟きながらシドルは二対の短剣で敵を細切れにしていく。
「あんた、ダンジョンでアランと一緒だったんだよな?あれから成長してるか?」
「成長したってもんじゃない。彼は立派な冒険者であり、戦士になった」
「あたしはあいつが子供の頃から知ってるが。そうか、あたしも同じ気持ちだ。アランは逞しくなった、ほんとに嬉しいぜ」
ゴリゴリと敵を削り続けるアランだったが、奇妙な思いに囚われる。連邦軍にルルの涙を使う様子が見られない。
「ゴリアテ、本当に反応はないんだな?」
「...全く反応がない」
「もしかして連邦軍は宝石を持ってきてないのか...?」
「いや、待て」
ゴリアテが突然動きを止めた。アランはそれに気づいたが、何か考えがあるのだろうと察し敵の殲滅を続ける。
連邦軍の兵士は勇敢だった。アランの苛烈な攻撃にも恐れず勇敢に立ち向かっていく。だがその刃が彼に届くことはなく、みな倒れていった。
さらに数十人ほど斬ったところで、ゴリアテからの念話が届く。
「反応あり」
「どこからだ?」
「敵陣後方」
「アラン君、一旦退いて」
いつの間にかアランの後ろにアサノが追従してきていた。事前の作戦会議でルルの涙の対策はアサノに一任されている。
「我らに月の涙一滴の慈悲を。月のカーテン」
王国軍の兵士1人1人に白い霧が発生する。と同時にとてつもない爆発が、敵味方両方巻き添えにして発生した。
「こっちの被害はどうだ!?」
「重傷者数十名、死者数名です!」
アサノの防御魔法によって王国軍の被害はかなり抑えられた。そしてアランは完全に無傷で今回の攻撃を乗り切った。
「アラン君、さっきの攻撃の時に敵陣奥に強大な魔力反応がみられた、即座に叩いてきてください」
アサノの示す位置を確認したアランが宝石奪還へ向けて動き出す。行く手を阻む連邦兵を火炎魔法で吹き飛ばす。そして僅かに空いた穴に飛び込み、さらに斬り込んでいく。
アラン自身も探知魔法を発動させ宝石の反応を探る。すると400歩ほど先に独特の魔力波を捉えた。
「邪魔だ!!」
刀身が青く光りだした大剣を一閃する。連邦軍兵士も、アランの様子に危機感を覚え咄嗟に防御態勢をとるが、構えた盾ごと体を両断され、またたく間に命の灯火が減っていく。
そして遂に反応する地点へとたどり着いた。そこには今までの兵士よりも数段威圧感のある兵士が数人、後ろの魔法部隊を護衛する形で待ち構えていた。
「相当腕が立つようだな」
敵軍の指揮官らしき兵士がそう呟く。アランはそれには答えず大剣を構えることで意思表示をする。それに応じるように、敵軍兵士達も構えを見せた。
相手がどの程度の力量かは分からないが、今までのようにはいかないだろうと思い、大きく気合を入れた。




