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第64話

 「連邦は我が王国の最北東沿いの国境に軍を配置しています。数はおよそ1万です」


 「そこはガラン共和国の領地のはずだが」


 「陛下、密偵によると領地への駐屯を許可したようです。連邦もガラン共和国も我々とはソリが合いませんから。特にガランにとっては連邦が我々にダメージを与えてくれれば御の字とでも考えているのでしょう」



 発展の塔140階に新たに設けられた、大会議室に国の重鎮達が集まり会議を開いている。議題はもちろん、再び動きを見せた連邦に対していかに対処するかである。



 「ガラン国境付近の部隊を集めれば2万程の戦力がすぐに集まる。それくらい向こうも分かるはず。解せない」


 「これまでの連邦がとってきた戦法からしても、何かまた禁忌のような物を用意しているかもしれません。陛下、いかがなされますか?」



 ファルマンが顎に手を乗せ目を閉じ思考する。念には念を入れ、夜明けの民、アランといった精鋭を送り込むのも手ではある。しかし王都からガラン共和国の国境まではかなりの距離がある。


 その時突然音がした。その方を振り向くと、床に倒れているアランの姿があった。



 「おいアラン!どうした!?」


 ファルマンがわずかに動揺し声を掛けるが、反応がない。アランの近くにいたもの達が座り込み彼の様子を見る。その中にはもちろんユーラの姿もあった。



 「アラン、アラン!大丈夫か!?」



 軽く体を揺すってみるが反応がない。すぐに医療班を呼んでくれと叫んだとき、アランの体が突如として緑色のオーラに包まれた。


 何が起きたか分からず驚愕する一同。その時、アランの体が動いた。ゆっくりと膝をつき、立ち上がる。だがその目に生気は感じられない。


 一同が固唾を呑んでアランを見ている中、彼が口を開いた。



 「そなたが王か...」



 アラン本人の声ではなく、極めて無機質で機械的な声だった。だがこれほどの異常事態にも関わらず動揺を表に出さないファルマンは流石と言えた。



 「...ああ、私がシュレンベルク王国の王、ファルマンだ」



 会議室全体がとてつもない緊張感に包まれている。すでにファルマンの左右にはノーク、マンセルが控え護衛の体制をとっていた。



 「お前はアランではないな?であれば、何者だ?」


 「......私は、ゴリアテ、このアランを護りし者」



 その言葉を聞いた者の反応は様々だった。ゴリアテの話を懐疑的に捉える者、敵がアランを乗っ取り操っているのではと思う者など。だがファルマン、冒険者一同、高位の文官は冷静にアランを見つめている。そしてファルマンとゴリアテの対話が始まった。



 「ゴリアテ、アランの体を乗っ取ったのか?なぜその必要がある?」


 「乗っ取りはしていない。ただアランを通じてだとひどく意思疎通に時間がかかる上に、内容に誤差も生じうる。故にアランの体を借り、直接対話をしている」


 「なるほど。それで私に何の用なのだ?アランの体を借りてまで直接話したいくらいだ、お前にとって大事な事なのだろう?早速その話をしよう」


 「そなたの国の呼び方で連邦とやらの軍勢が迫っているだろ?」


 「......よく知っているな」


 「そのことは今問題ではない。要点を言う。アランを連邦軍に合流させてほしい。そしてある宝石を奪取してほしい」


 「宝石?」


 「わが創造主が作成したルルの涙(ルル・ティアラ)と言う宝石だ。持ち主、そしてその集団の魔力を大幅に底上げ、補充する力を持っている」



 それを聞いたファルマンが小さくため息をつく。



 「以前連邦と戦闘が起きた際、デタラメな威力の魔法が放たれこちらは大きな被害を受けた。カラクリはその宝石か?」


 「我々で直接その戦闘を観察していない。よって断言はできないが、話を聞く限りルルの涙を使われた可能性は高い」


 「なぜそんな物騒な物があちらさんの手に渡っているのか、是非教えてもらえないか?お宅らが管理していたのではなかったのか?」


 

 アランの体を借りているゴリアテが少しの間沈黙した。そしてうつらな表情が少し険しくなり、口を開く。



 「......盗まれたのだ」


 「率直な感想を言わせてもらって良いか?お宅らが一体何者なのか知らないが、盗まれた?間抜けにもほどがあるのではとつい思ってしまった、許せ」


 「そう思われてしまっても無理はない。だからこそ尻拭いを自らの手で行おうとしている」


 「尻拭いをどうやってするつもりだ?」


 「我の力を利用しようと目論んでいるのだろう?それに協力する。そしてアランにも協力させる」


 「アラン?彼は我ら王国の冒険者だ」


 「存じている。詳しいことは秘匿されているが、元々アランは我らの世界の者」


 「世界?世界とはなんだ?」


 「それも含めて秘匿されている」



 自分から口を滑らせておいて話せないと言うのは滑稽だと、その場にいる一同は思わずにはいられなかった。



 「我々のことを調べているなら知っているだろうが、ガランまでは果てしなく遠い。アランやお前を戦地まで送り届ける手段がない」


 「その点については心配ない。アランと共に転移を用いてガランへ赴く」


 「転移??それは普段お前が戦闘で用いている術だな。それは純粋な移動手段としても使えるのか?」


 「ああ。距離は関係なく10人程度まで転移できる」


 「なうほど。つまり宝石を奪取することを条件として、我々とアランを転移、ゴリアテお前自身も戦闘に参加するという認識で間違いはないか?」


 「間違いない」


 

 会議室はファルマンとゴリアテの声以外一切の音がなく、ピリピリとした雰囲気になっていた。だが1人の文官が声を上げた。


 「陛下、その者の言うことは信用できるのでしょうか?」


 「そなた、我の言ったことが真でないというのか?」


 「いえ、そうではないのですが、確信が持てません」


 「ジータ、よせ」



 ファルマンが文官を止める。そして憑依されているアランを通して、ゴリアテを見据えた。


 今までの発言、態度からみてゴリアテが嘘をつく可能性は考えられない。もしそれをすればアランの立場が悪くなるということも、よりゴリアテに対し信用性が高まっている要因といえた。



「...わかった、了承しよう。」



 中にはファルマンに対して慎重な対応を進める声も上がったが、多数を占める擁護派に押されたこととファルマンの説得により、ゴリアテが持ちかけた計画が実行されることとなった。





 シュレンベルク王国から遠く離れたはるかかなたの地。2つの国が戦争をしていた。


 小さな島が2つしか領土のない小国と大陸の3分の1を占める大国。戦いの結果は始まる前から分かりきっていた。


 だが黙って蹂躙され、歴史の闇に葬られることなど許容できない。小国は持てる戦力を全て投入し、この戦いに望んでいた。


 そしてその灯火が今、まさに消えようとしていた。



 「陛下、我々は十分抵抗しました。降伏を検討なされてはいかがでしょう」


 「だが降伏したところで、民の命が保証されるとは限らない。奴らは信用できないことは諸君が良く知っておろう」



 目の前で無残に散っていく無数の命。それでも小国の王は、何か手はないかと考える。せめて民だけでも助かる方法を。だがもはやそんなものは見つからず、考えが堂々巡りしようとしていたその時。



 「陛下、陛下!あちらを見てください!」



 王は閉じていた目を開け、ゆっくりとその方向を向く。そしてその目が見開かれる。


 空から2本、光の柱が地上に向かって降りていた。





 大国の指揮官は意気揚々としていた。元から勝利は揺るぎないものであったが、いざ戦ってみると予想以上に敵に歯ごたえがなく、こちらが一方的に押している状況だった。


辺りはもはやただの戦闘など行われていない。数人で徐々に1人の兵をいたぶって殺すなどの虐殺が至る所で起きていた。


 その時空から光の柱が降り注ぎ、地面に大きな振動が起きた。双方の軍勢が一時的に戦闘を止め、光の柱が注がれている地面に目を奪われている。


 そこに2人の人間がいた。1人は長身の男性、もう1人は金髪の髪を束ねた女性だった。2人とも共通するのは、真っ白な生地の上に複雑な紋章が描かれた戦闘服を身につけている。防御力を一切無視し、躱し機動性に全ての比率を振っている。


 「なんだ、こいつらは」


 「知るか。もしかしたら援軍かもしれんな、倒すぞ」


 「いやそれはマズイだろ、上官に連絡をとって」


 「ここは戦場だぞ?そんな悠長なこと言ってられっか」



 そういい兵士は血に濡れていない剣を抜き、2人に斬りかかる。





 起きた出来事を瞬時に認識できていたのは、突如として現れた2人だけだろう。


 襲いかかった兵士は綺麗に首を落とされ、切り離された体が糸の切れた人形のように地面に倒れる。


 それをきっかけとして、2人は動き出した。


 


 殺戮をしていた大国側は戦場を見渡せる丘の上にある本陣で、所々で談笑があったりなど、戦争をしている雰囲気とはとても思えなかった。


 そこに1人の上級兵が息を切らして駆け込んで、指揮官の将軍の前で跪く。



 「将軍!前線の様子が変です、こちらが押されています!」



 それを聞いた本陣が笑いに包まれた。そういう反応になっても仕方のないこと。先ほどまで一方的に蹂躙していた戦況がひっくり返されることなど、本来あろうはずもない。


 そう思い戦場に目を向けた時、彼は言葉を失った。



 白い服の男が剣を一振りするたびに、10人以上の首が宙を舞う。男の守備範囲を守るように白い服の女が何かを唱え、突風が吹き数え切れないほどの人間が胴体を切断される。



 「あの丘の上にあるのが本陣か?」


 「それで間違いないわ。もう向かうの?」


 「いや、ある程度はこっちで暴れるしかない。出ないと説得力が生まれないからな」


 「極力無駄に命を捨てさせることは控えたかったのだけれど」


 「下手な同情はよそう。彼らは戦士だ。戦場に出た地点でその行動と覚悟を問われる」



 男が大地を蹴り走りながら青く光る大型の剣を振るう。敵の攻撃を避けながら、踊るように動き、敵を次々と仕留めていく。彼が走った後に残るのは灯りの消えた人の肉体だけ。


 兵士達は運動能力に長けている白い服の男の方でなく女の方を集中的に狙い始める。だがそれは誤りであった。白い服の女は数多の敵が放つ攻撃を回避しようとはしない。その刃が自分の胸元に、背中に吸い込まれる直前に何かを口ずさむ。すると刃が光を立てて剣を、槍を、斧を持っていた兵士の腕ごと爆巻き込み爆発する。


 白い服の女に攻撃するのは自殺行為、かと言って白い服の男には最初から勝ち目が見えない。一気に兵士の士気が下がり始める。



 「全体の4割は倒した。もう良いだろう。行ってきてくれ」


 「分かったわ」



 白い服の女が何かを唱え、わずかな土煙が上がり転移する。その先は本陣のど真ん中だった。


 将軍を護衛する兵士が突然の出来事に驚きながらも攻撃を仕掛けるが、とてつもないスピードで唱えられる白い服の女の呪文により動きを拘束される。



 「兵を引きなさい」



 凛とした声の中にどうしようもない威圧感を感じた将軍を含めた兵士達は、生きた心地がしなかった。



 「そしてもうこの小国に手を出すのはやめなさい」


 「なんだと!?お前は何者だ、我々に宣戦布告するつもりか!?」


 将軍の言葉を聞き、女性は凍えるような笑みを浮かべる。


 「あちらを見てみなさい。今こうしている間にも次々と何十、何百もの兵が命を落としています。私たちはたった2人でこの戦況を作り出しました。今すぐ侵略をやめるならここで手を引きましょう。そしてもう二度とこの国に手は出さないことです。いえ、それだけではありませんね。ここまで言えばお分かりでしょう」



 将軍は軍人としての矜持を完全にへし折られた影響からか、青ざめた顔で白い服の女に尋ねる。



 「貴様らは一体、何者だ?」


 「私たちは、常にあなた達の側にいる者達」





 生き残ったと言うべきなのか、それとも生かされたと言うべきなのか。残った2万弱の兵が撤収していく。


 その様子を静かに見届ける白い服の男女。そこにもう1人、同じ服装をした男が転移し現れた。



 「今回は随分と犠牲者が出たな」


 「...そうだな」


 「王様にはうまくごまかして説明しておいた。涙流して俺たちのこと感謝してたぜ」


 「あちらから見ればそれはそうだろうな」



 そして一呼吸おいて、尋ねた。



 「アランは、元気か?」



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