第63話
薙ぎ払われた回数を数えるのはもはや止めた。上下左右全方位どこにも死角がない。それでもアランはどうにかゴリアテの懐に潜り込めないか考え、攻撃を続ける。
シドルがアランに提案したことは、ゴリアテにアランと戦闘訓練をさせるというものだった。
その目論みはある意味で成功したと言って良いだろう。だが誤算もあった。ゴリアテの戦闘能力が未知数な点だ。シドルが一度ゴルサノダンジョンで対峙した際に命と引き換えにしなければいけない覚悟を抱かせるほどの威圧感を受けたことは覚えている。
しかし、そこからいくらか時が流れ、アランも一目見ただけで冒険者として成長したことが分かる。だからこそ今回は多少善戦するのではと予想していた。
だが実際は予想と真逆の結果になっている。アランは攻撃のチャンスを見つけるどころか、ゴリアテの動きを捉えることすら出来ていない。
シドルが半ば頭を抱えて状況を見ている時、アランもなんとかゴリアテの動きを捉えようと必死に頭の中で考えを巡らせ、方法を考えていた。これが訓練でなければ既に何十回死んでいることだろう。
攻撃をしようにもまず姿を捉えることができない。ワープで瞬時に出現したところに攻撃をしてもまたすぐにワープをされ、あちらの攻撃ばかりを食らう羽目になっている。
脳内にゴリアテの思念が伝わってくる。お前の力はそんなものなのか、このままでは予定通りにいかなくなる。
その言葉に違和感を感じたが、すぐに頭の中から追い払いなんとかゴリアテの動きを捕捉することに全力を注ぐ。
南東の方向の草花がわずかに動いた。それを感知した時には大剣を振り抜いていたが、ゴリアテはそれすらも見切り、触手の腕でアランを薙ぎ払う。
「ワープとかほんと反則だろ......」
模擬戦が始まってから数時間が経過した。これまででアランは一度もゴリアテに攻撃を当てられずいたままだったが、体力が限界ということもあって一時休憩となった。
思わず大剣を地面に置き、草原に大の字になる。それをどこからか見ていたゴリアテがすぐ横に姿を現し、触手の両手をアランにかざし回復魔法をかける。
体力を取り戻したアランがゴリアテへ呆れた目つきでゴリアテを見た。
「お前は何者なんだ?普通のゴーレムといえばせいぜい単純な動きしかできないでパンチを打てるかどうかくらいだぞ」
それを言うと、普通の人間が作った華奢なゴーレムと一緒にするなとゴリアテから思念が飛んできた。普通の人間とはどういう意味だろう、だがアランはこの言葉を深く考えることなく頭の外に流した。
結局この日アランはゴリアテに一撃も当てることが出来なかった。対してゴリアテの攻撃は一度も防ぐことはできなかった。完敗である。
どろどろになった服を叩きながら、一同の元へ戻る。当たり前のように将来伴侶の地位が確定しているユーラが真っ先にアランへと駆け寄った。
「うん、こうなることは分かってた」
「だがそれにしても、手酷くやられたな」
「何を改善したら良いのかすらわからんレベルで負けた。さすがにこれは不味い」
その後一同で先程の戦闘結果を分析する臨時の反省会が開かれた。結論としてはワープの兆候を見極められるようになること、ゴリアテの素早く苛烈な攻撃に耐えられるように基本の身体能力を鍛えることが決まった。
その後ギルドでの仕事が終わる夕方から日が暮れるまで、毎日戦闘訓練が行われた。外壁の建築護衛任務については一旦除外されることになった。だが1周間目になっても目に見えた成果は見られない。
「駄目だ、どうやっても攻撃が防げない。感覚は少しずつ掴めてきてるんだけどなあ」
「...経験が足りない」
声のする方に振り向くと、連邦との戦いのときに死線を共にした、夜明けの民のマンセルがそこにいた。
「マンセルさん、経験が足りないのは分かって......ってなんでここにいるんですか?」
「......呼び出された。俺がここにいる理由などどうでもいい。一度俺がやる」
「やるって、マンセルさんがゴリアテと戦うんですか?」
「......」
マンセルが静かに一度だけ頷く。アランには突然マンセルが現れただけでも混乱しているのにも関わらず、さらにゴリアテと戦うと言い始めたことで一体何が起きているのか訳が分からなかった。
「じゃあマンセルさん、ゴリアテにどのくらい手加減させますか?」
「手加減は必要ない。ただ、とどめの一撃だけ遠慮してもらおう」
「え??手加減なしって、いくらマンセルさんでも...」
「さっさとしろ」
そう言われては何も言い返せないので、ゴリアテへ思念で命令を送る。するとマンセルの目の前にワープし、突然巨体が姿を表す。
「いつでも始めれますよ」
「分かった」
そう言った途端、マンセルの纏う雰囲気が変わった。肌を針で刺されるような威圧感を感じる。そしてそれを感じ取ったのか、ゴリアテの無機質な2つの目が緑色から青色に変わった。
「凄い...まだ戦ってもないのに...」
「憧れてる場合じゃないだろ。アランもあの頂きまで早くたどり着くんだ」
ユーラに叱咤激励され、アランも気持ちを固めた時、場が動いた。2人の姿が消えた後、金属同士をぶつけたかのような轟音が聞こえた。
瞬きができない。してしまえば2人の動きを追えなくなる。それほどまでにマンセルの戦い方は圧倒的だった。
ゴリアテがワープした場所へ確実に剣を振るう。移動場所がバレていることをゴリアテも分かっていて、2本の腕で攻撃を防御し、すぐさま反撃に出る。
進一退の攻防が繰り広げられていた。ゴリアテはワープをしても転移先を特定されるので、正面からぶつかり合う戦い方に変えた。
「......タイマンをご所望か」
ゴリアテは今まで2本の腕だけで攻撃していたが、それに変化が生じた。2つの目からビームを発射するなど遠距離攻撃を加えるように変化していた。だがその攻撃すらもマンセルは的確に回避し、反撃を加える。
戦闘が始まって体感で30分程度経っただろうか。これだけの時間が経っても、マンセルはゴリアテに対して互角の戦いを繰り広げていた。
ここからどう決着がつくのか想像していた時、突如として地鳴りが収まり、場に静寂が戻った。
土煙が収まると、マンセルとゴリアテが戦闘開始前と同じように対峙していた。そしてお互いが発していた殺気も消えている。
「...こんなものか」
マンセルがそう呟いたことを合図に一同が2人の元へ駆け寄った。
「マンセルさん、どうして自分から身を引いたんですか?」
「...俺の負けだ」
「え?どうして...」
「アラン、マンセルは人である以上体力にも限界がある、それを考慮して今のうちに棄権したのだろう。そもそも今回の戦闘はアランに戦い方を見せるためのものだ」
「...確かにそうだった。マンセルさん、すみませんでした」
「...俺とお前の違い、分かったか?」
「悔しいですが、違いだらけです」
「ひとつずつ整理していこう」
こうしてこの日以降ゴリアテとの模擬戦へマンセルによる指導が加わった。手順としてはアランとゴリアテが1時間ほど戦って、その度にどこがいけなかったのか、改善点などをマンセルが指摘していく。
1日、また1日と仕事の後に戦闘訓練は続けられた。時々王都へ合流した夜明けの民の他のメンバーもアランの様子を見にきた。連邦の動きがないことに加えてアランが訓練していることを聞いたファルマンが彼らを王都に呼び寄せていたのだ。
最初は防戦一方だったアランも、日が経つにつれて少しずつゴリアテの攻撃に対応できるようになってきた。ゴリアテはワープ移動だけでなく通常移動も尋常でない速度だが、その動きの流れも少しずつ読めるように対応できるようになってきた。
マンセルが指導を始めて20日、合計で約1ヶ月の月日が流れた。この日は夜明けの民団長のノークもアランの成長がきになるらしく様子を見にきていた。
「おうおう、中々動きが様になってきてるな。ユーラ様、旦那さんどんどん強くなってますぜ」
「旦那って言うな。と言うか正直言って2人の動きが早くて何が起きてるのか分からん」
「ゴリアテがワープで背後を取ろうとしてますが、アランがその速さに対処してこう着状態に持ち込んでますな」
「いくら戦闘の適性がピカイチだったとしても、1ヶ月続けるだけでここまで強くなれるものなのか?」
「マンセルの指導が上手なのはありますが、やはりアランの天性の才能でしょう。今はアランがゴリアテの攻撃をかいくぐって反撃に出ています。前までなら考えられなかったことです」
「そういえば、シドルは今日はいないのか?」
「彼は用事があると言ってましたよ」
「そうか。ノークはシドルのことを知ってるのか?」
「あいつは中々有名な冒険者ですぜ。双剣使いの中では上位に食い込んでくる奴ですから。別件の依頼で手を組んだこともあります」
冒険者というものは、意外なところで繋がりがあるものだ、ユーラは意外とこの世界は大きいようで小さいものなのだなという感想を抱いた。
その時、王都の方角から何かが聞こえた。それに最初に気づいたユーラがそちらの方を向くと、遠くから魔道車が近づいているのが見えた。
「みんな、魔道車がこちらに来てます。アラン、戦闘を一旦止めるんだ」
魔道車はかなりのスピードで近づき一同の前で停車すると、中から小柄な女性が出てきた。
「アランさん、ユーラ様、シドルさん、それに夜明けの民の皆さんですね。私はファルマン陛下に皆さんを連れ帰るように命を受けたものです。至急王都へお戻りください」
額に僅かだが汗をかいている。少し様子おかしく、シドルがそれについて質問した。
「陛下自らの命令ですか、一体何事ですか?」
その問いに対し女性は努めて冷静な口調で返した。
「連邦が再び我が王国へ向けて進軍してくる可能性があります。作戦会議を開きますのでみなさまにはすぐに王都にお戻りいただきますようお願いいたします」
「また厄介なことになったな」
シドルが頭を掻きながらそう呟いた。




