第62話
その翌日以降、アランは本来のギルドでの仕事に加え、城壁建設警護の仕事も新たにこなすことになった。どちらかといえば警護の仕事に割り当てられることが多かった。普通のギルドの仕事は職員であれば誰でもできるが、護衛は戦闘能力がある人物でないと出来ないからだ。
城壁の建築はものすごくハイペースで行われている。どうやらこのままの計算だと2年どころか1年と少しで完成するのではというほど工事を前倒しすることが出来ている。その理由は王国の持つ建築技術が著しく高水準なのに加えて、優秀な冒険者が護衛をし魔物からの被害を完全に抑えているところも大きなポイントだった。
今日はギルド本部で雑用の仕事が待っている。いつものように出勤してきた他の職員と挨拶をし、一日の中で最初の仕事、ホールの掃除にとりかかる。冒険者達を迎え入れる大切な場所なので、念入りに隅々まで綺麗にしていく。
ホールの掃除を終えた時には、ほとんどの職員が登庁していた。その中にはホムラの姿もあった。彼女がアランの姿を見せると、微笑を浮かべて小走りで駆け寄ってくる。
「アラン、おはよう」
「おはようございます。どうしたんですか慌てて」
「ごめん、伝え忘れてたことがあってね。今日アランにお客様が来るのよ」
「僕にお客さんですか、どなたですか?」
「それは内緒にしてって言われてるから。もう少ししたら来るだろうから、その時に分かるわよ」
「はい、そうですか......」
どこか釈然としない思いだったがいずれ分かることなので、訪問者のことは一旦頭の隅に追いやり、まだ終えていない掃除をマッハのスピードでこなしていく。
ギリギリ営業時間内に掃除を済ませることができた。アランはアイテムボックスからタオルを出し全身にじんわりとかいた汗を拭く。
その時ちょうど開店時刻になった。急いでアイテムボックスにタオルを入れ、身なりを整えると、カウンター前の椅子に腰を下ろす。
そして仕事を始めようと書類を机に広げようとした時、カウンターの前に立つ人がいたので視線を上げる。そこでアランはつい、少しの間狐につままれたような顔をしてしまった。
「久しぶりだなアラン、どうやら元気みだいでなによりだ」
「シドルさんじゃないですか!どうしてここに?」
「そりゃあ、アランに会いに来たに決まってるだろ」
すでにギルドで働き始めてから2人もの知り合いと再会している。これもなにかの運命なのだろうかと変な鑑賞に浸っていると、シドルが続きを話し始めた。
「アラン、ギルドで働いてるってことは冒険者は辞めちまったのか?」
「色んな人に聞かれますが、冒険者は辞めていません。以前にも働いたことがあるので臨時で雇われているだけですよ」
「おう、知ってる」
「知ってて聞かないでください。それで、何の御用ですか?」
「ん?何もない。純粋にお前という友達に会いに来た」
それを聞いたアランは嬉しさ6割、呆れ4割といった心境だった。だが思い返してみれば、用事などではなく純粋に自分を尋ねてきれくれた人はユーラなど親しい人以外では初めてのような気がしたので、今回尋ねてきてくれたシドルには感謝の気持ちしかなかった。
「アラン、都合の良い時間を教えてくれないか?積もる話もあることだしな」
「今日は駄目なんですが、明日の夜だったら大丈夫ですよ」
「明日だな、じゃあこの塔のでエントランスで待っている」
「分かりました」
予定の段取りを立て終えたシドルはそれで目的は済んだのだろう、アランに軽く手を振るとさっさと出口に向かい帰ってしまった。
明日ということは今日の次の日という訳で、あっという間に約束の日になった。今日もギルド本部へと向かう。幸いなことに今日は城壁護衛の任務が仕事ではなく、本部での事務作業だった。
仕事を終えエントランスに降りる。するとエントランスの壁にもたれていたシドルがアランを見つけ、ゆっくりとアランへ歩きながら声をかける。
「アラン、こっちだ」
「シドルさん、待たせてしまいましたか?」
「いや大丈夫だ、では行こう」
昨日は約束だけですぐに解散したので分からなかったが、ゴルサノで会った時よりもさらに全身がたくましく鍛えあげられているのがすぐに分かった。
出口に向かいながらシドルが口を開く。
「アラン、お前が協力して完成した魔導車に乗せてくれよ」
「え?シドルさん魔導車のことを知ってるんですか?」
「ああ、王都に入る時にギルドカードを見せてアランの知り合いだと申告したらすこし待たされてシノという女性が迎えに来てくれた。そこであらかたのことは聞いている」
「なるほど......」
「なにより1番驚いたのが、俺達が死ぬ気で戦ったゴーレムが、今アランの下僕になってることだ。詳しいことはお前以外は知らないみたいだとシノさんは言っていた。何か複雑な事情があるんだろう、詳しいことは聞かないが、結果強力な駒を手に入れられてよかったじゃないか」
「ありがとうございます、説明したくても雲をつかむような話なので」
話をしながらエントランスを抜け、車を停めている場所に向かう。徐々に車の全貌が見えてくると、シドルが思わず走り出した。
「おぉこれが魔導車か!乗ってみても良いか?」
「良いですけど、運転は駄目ですよ?」
「......どうしても駄目か?」
「駄目です。運転はシノさんがしますから」
いつの間にか専属運転手となったシノが車を発車させる。行き先はユーラとシノで毎晩のように通っている食堂だ。
食堂前に車をが近づくと、その近くで遊んでいた子どもたちを大人が注意し移動させる。今現在魔導車を所有できるのはアラン達パーティーととても位の高い貴族しかいないことは王都中の住民が知っているので、粗相がないように自然と配慮がなされる。
「アランお前こんな極上の乗り物にのってんのか......ある意味陛下より恵まれてるぞ」
「はは......さすがにそれはないでしょ」
2人で中へ入る。シノはアランとシドルが久しぶりに再会したことを配慮して、車で待つことにした。
アランがカウンターへ座ると、最近お気に入りになりつつある7種類のモンスター肉直火焼きを注文する。
「シドルさんは、俺たちと別れた後どうされてたんですか?」
アランが尋ねると、シドルは色々あった、と呟きながら昔のことを語りだした。
「アランとユーラ様が旅立った後、徹底してダンジョンの異変を探る捜索が行われたが、収穫という収穫は特になかった。だが偶然かどうかは分からないが、アランが旅立った後から異変がピタリと止まったんだ。それで上層部は様子を見る判断をした。
そして大体1ヶ月ほどして、異変の原因は結局不明のままだがダンジョンの異変は収まったと判断され、警備体制も通常に戻された。その間俺は警備隊を仕切ってダンジョンを監視する任務を任された。
その後は冒険者らしく王国内を気ままに旅をしていた。 そうしたら途中寄った街で王国が連邦と戦争してるって話を聞いた。その時はしまったと思ったよ。山の中に籠もったりして野人みたいな生活をしてたから、冒険者を募集してる話に乗り遅れちまった。そうでなけりゃアランと一緒に戦えたのにな」
それを聞いたアランが歯を見せて笑った。
「シドルさんに放浪癖があったなんて知らなかったです」
「冒険者ってのは多少なりともそういうところがあるだろ?」
「確かに、俺も旅は好きです」
「だろ?そんで戦争中に期待の新人が出てきたって話が耳に入ったから誰かと思えばアランお前だったからビックリしたぜ。元から才能はあったがこれほど早く腕をつけてくるとは思ってなかったからな。それでアランの情報を辿っていくうちにここにたどり着いたってわけだ」
「ユーラもシドルさんみたいに自由に旅ができれば良いんですけどね」
「今でも結構優遇されてる方だと思うぞ。それよりもだ、もう一度言うがあのゴーレムがアランの下僕になってるのにはほんと度肝を抜かれた。あいつには色々な意味でとてつもない価値がある」
7種類のモンスター肉直火焼きが運ばれてきた。それぞれ色の違う肉が綺麗に扇状に並べられ、横には色とりどりの野菜が盛られている。
それを取り皿に盛りながら、2人は話を続ける。
「ゴリアテについては所有者こそ俺になっているものの兵器としても運用できるくらい強力なので、俺の一存では決められないんです」
「そりゃそうだろうな。だが少しくらいの融通は聞いてもらえるんだろ?」
「今のように連邦も攻めてきていない状況ならある程度は」
それを聞いたシドルがうんうんと何度か頷いた。そしてアランに耳打ちをした。今度はアランが何度か頷く。
「分かりました、早速明日提案してみます」
「おう。恐らく通ると思うがな。しっかしこの料理上手いな。それぞれ肉の味が違っていて飽きない」
この後もアランとシドルは料理を楽しみながら話に花を咲かせた。
翌日、いつものようにギルドへと出勤したアランは上司であるホムラの姿を探した。ホールに彼女の姿はおらず、職員用のバックヤードにいるのではと思い向かうとホムラを見つけたので、すぐに声をかけた。
「ホムラさん!」
「アラン!後ろから大声掛けないでよ、びっくりしたじゃない!」
驚いた拍子に落とした書類を拾い終えると、アランに改めて向き直った。
「すみません、つい急いでいて。それでホムラさんに相談があるんですけど」
「相談?厄介なことでないと良いんだけど」
アランがホムラに事情を説明する。彼女はうんうんと話を聞いていたあと、少し顎に手を当て考えていたが、答えがまとまると顔あげアランを見つめ答えた。
「分かったわ。王国にとっても利益になるだろうし、上には私から話しておくわ」
あっさりと提案が通り少し拍子抜けしたが、これで許可ももらったとで心置きなく実行できることもあり、アランは気分上々でその後の仕事に励んだ。
2日後、アラン、ユーラ、シノ、シドル、そしてゴリアテの一同は建築途中の城壁からさらに離れた平原にいた。
シドルはシノとは初対面なので、アランが経緯を話し、お互いの間で軽い談笑が成される。それが終わるとシドルがアランに話しかけた。
「よし、ここまで離れてれば大丈夫だろう。アラン思い切りやれ」
「もちろんです。じゃあゴリアテ、頼むぞ」
アランが大剣を構え前を見据える。しかしそこにゴリアテはおらず、アランが警戒に入った時には既に遅く横から鋭い衝撃が襲う。
受け身を取ることもままならず吹き飛ばされるアランを見て、一同が心配そうに見守る。
「おいおい...俺が言い出したことではあるが、本当に大丈夫か?」
「大丈夫さ、受諾したのは彼なのだから。ほら見てみろ」
見つめる先には、土煙だらけになりながらも再びゴリアテへと向かっていくアランの姿が見えた。




