第60話
ギルド本部が入っている塔の90階。ここは通常の職員では入ることができない。一部の職員だけが知っている、特定の階層にある転移陣からしかここには来れない。なぜかはこの階層が使われる理由にあった。
この90階で男性2人、女性の2人の上級職員兼冒険者が深刻な表情で話をしていた。
「これから我々が行う行為は明らかに正義ではない。王国のためという大義名分も通用しないだろう。だから抵抗のある者は辞退してもらって構わない」
問いかけの残りの3人は残る旨の眼差しを向ける。そこにはこれから行うことで生じる重荷を背負う覚悟が宿っていた。
「よし、では行こう」
そう言って職員は男女2人組のペアを2つ作り、頑丈な扉を開き中に入る。
部屋に窓は一切なく、魔法による灯りが僅かに下を照らすだけだった。テーブルと椅子が置かれ、机上に手を、椅子に足を拘束された女がいた。
「いつまで待たせんのよ」
「悪い悪い、ちょっと寝てたわ。というのは冗談だが。俺はヘクター。お前は?」
「適当に呼べばいいわ」
「そうか、お前どこの者だ、なぜアランに目をつけた?」
「彼結構イケてたから、ついね」
そうかそうかと言い、女の周りをゆっくりと回る。部屋の隅には女性の職員が緊張した面持ちで待機している。
「なぜ逃げた?やましいことがなければ逃げる必要ないだろ」
「やましいことなんてしてないわよ。彼が急に追いかけてきたから怖くなって逃げただけ」
「ほう?」
ヘクターが丁度周りを一周し女の前に立つ。そして靴紐を結ぶかのような自然さで女の左手人差し指を逆方向に思い切り押し込んだ。肉の繊維が切れる音が部屋に響き、女は絶叫を上げる。
後ろで控えていた女性の職員が紫色になってあらぬ方向に曲がった指に治癒魔法をかける。だが怪我だけを治し、痛みを取ることは敢えてしない。
「ここ最近王都で人攫いが頻発してるようなんだが、あんた何か知らないか?」
「......さあ、知らないねえ」
女は脂汗を全身にかきながら答える。その答えに満足しないヘクターが、今度は右手の人差し指、中指を押し込む。
先ほどよりも甲高い悲鳴を上げ、意識を失う寸前まで追い込まれる。そして先ほどと同じように怪我だけを治療する。
「知ってることを話すまで何度でも続けるぞ?なんの目的で攫う?攫った人はどこにいる?」
「だから知らないって......言ってるだおいおいやめろやめろ私は何も知らない冤罪だ!!!!」
ヘクターが魔力を纏った拳を女の右手へと振り下ろす。轟音と共にテーブルが凹み、右手が原型を留めない程の肉塊になっていた。当然臨界点を超え意識を失うが、魔法により怪我の治療と共に意識も戻される。治療役の女性も見ていられないのか拷問する瞬間は目を閉じていた。
その後も部屋には、衝撃音と悲鳴が幾度となく木霊する。
アランは不審者を撃退した後速やかに王都の警備隊を呼んだ。本来ならば身柄を拘束して連れていかなければいけない所だった。だがどうやったのかは分からないが、ゴリアテが警備隊に連絡しておいたお陰ですぐに救援の部隊が到着したのは幸いだった。
連行されていく不審者を横目にしながら彼らはどうなるのかと警備隊の中の1人に聞いたが、知らないほうが良いですと言われたのでアランはそれだけでこれから何をされるのかを察した。
その後何事もなかったように部屋へ戻るとユーラにどこへ行っていたのかと聞かれ、先ほどのことを話すと途端にどこか怪我はないかとアランの体をベタベタと触りだした。恥ずかしいしどこも怪我はないと言っても辞めないので無理やり引き剥がす。
その後過保護な親に付き添われるようにして車でギルドへ出勤した。朝の一件はどういう訳か既にギルドにも伝わっていて、職場に着くと職員が心配してアランの元へと殺到する。
「アラン君、大丈夫だったのか!?」
「はい大丈夫です、それほど強い相手じゃなかったですから」
「どうやって撃退したんだ?」
「え?普通に戦って勝ちました」
「それを当たり前に言う辺り、お前も強くなったってことだな」
職員達はアランが五体満足で無事であることを確認すると、持ち場に戻り仕事を始める。徐々にギルドがいつもの姿を取り戻していく。
だがアランの心の中まではいつも通りという訳にはいかない。彼自身も分からなくなっている。捕らわれた男女の心配をしているのか、行方不明になった人々を心配しているのか。当然前者はないと思っていたが、警備隊の人が言っていた知らないほうが良いとう言葉が残っているのかもしれなかった。
仕事を始めて幾らかの時間が経った頃、荷物の整理をしていたアランに背後から声がかかった。
「今日は冒険者の間でもアランの話で持ちきりよ」
ホムラだった。アランの隣に座り、荷物の整理を手伝う。
「襲われたことでしょ?なんでそんなに話題になるんですか?」
「最近行方不明になる人が増えてることをみんな心配してるのよ。そこに今度はアランが狙われて、ある意味運よくというか、アランが敵を捕まえることができたから、何か進展はないかなって期待してるのかもしれない」
「なるほど。ホムラさん、ここだけの話にして欲しいんですが。王都ってそれほど治安良くない気がするんです」
「それは悔しいけど否定できないわ。前回の大規模な襲撃もそうだけど、対応が後手後手に回ってる。陛下も頭を悩ませておられるそうよ」
「そういえば警備隊は何か情報は引き出せたんですかね」
「どうかしら。でも何か分かれば私のところまで情報が降りてくるはずだから、まだでしょうね」
「どうしてホムラさんのところに情報が集まるんですか?」
「私結構偉いのよ?本当は私くらいの階級だったら奥に引きこもって表には出てこない人がほどんどだから、誤解されやすいけれど」
整理を終えると手伝ってくれたホムラに礼を言い、2人は別れた。その後表に出るといつも通りとはいえものすごい数の冒険者がカウンターに押し寄せている。アランも事務処理班の中に入り黙々と冒険者の要望をさばいていく。
冒険者も最近の行方不明事件のことを気にしているのか、捜索依頼をうける者もかなり増えている。だが吉報を持って帰ってくる冒険者は少ない。
本来依頼は達成できないと程度の差はあれ一定のペナルティが課せられるが、この行方不明事件に関する依頼だけはペナルティなしの案件に指定されている。
本日も進展はなしかとアランが諦めかけていた時、カウンターに1人の男冒険者がドタバタと駆けつけてきた。
「行方不明の人を発見したぞ!」
男が発した言葉に聞こえていたギルド職員が一斉に耳を傾ける。アランが席に座るように促し、詳しく話を聞く。
「どの依頼ですか?」
アランが尋ねると、男が依頼書を手渡した。それをチェックすると、行方不明になっていたのは夫と妻、その子供の3人だった。この家族は警備隊に引き渡し、保護されているらしい。
「どこで救出されたんですか?」
「王都の外れにある森の中だ。3人とも目隠しをされて手足も拘束されていた。特に不可解だったことがあるんだが、3人の真下に魔法陣が描かれていた。あれは恐らく転移系の魔法陣だったと思う」
アランは男の発言をメモにとっていく。
「これは俺の推測だけどよ、親子連れてとんずらかまそうとしたんじゃねえかな。もしそうならすぐ近くに犯人いると思って助けることだけ考えた。俺だけだと太刀打ちできないかもしれないからよ。それでなんとか助けることができた」
「賢明な判断です。対象を救助していただきありがとうございました」
後ろで控えていたホムラが感謝を述べた。聞き取りを終えた冒険者が席を立つ。帰り際に他の冒険者からよくやった、など激励の言葉をもらっていた。
その様子を見ていたアランがホムラに問いかける。
「救出された人から事情は聞けたんでしょうか?」
「いえ、精神的に相当消耗していたからまだ休ませてる。話を聞くのはそれからね」
「あ......そりゃ誘拐されたんですもんね、そりゃ消耗するよね......」
これで何か進展があれば良いが、誘拐された時の恐怖などからさほど何か有益なことを覚えているかどうかは怪しいだろうとアランは推測した。だがそれでも救助できたことで事件は解決に向け一歩前進したと言って良いだろう。
ギルドでの仕事を終え、ユーラ、シノと行きつけの食堂で食事をしながら今日のことを話すと、それは良かったと表情を明るくさせた。
「本当にその家族は幸運だったな。命が助かる以上に良い事などない」
「うん。だけどまだ真相は何も分かってない......」
「アラン、この事はギルドの上層部も警備隊も必死に手がかりを追ってる。この事を忘れろなんて言わないが、日々の事に力を使ったほうが良いと思うぞ」
「......確かにそうだね、ありがとう」
「さあ、食べましょう。今日はベルーダ肉のシチューですって。楽しみですね」
3人は出てきたシチューを食べ、至福の時を堪能する。アランもこの時は、事件のことを忘れて純粋に食事を楽しむことができた。
帰りの車内シノに運転してもらいながら、アランはこの件に関して色々な機関が動いており自分にできることは今現在では少ないが、いつか役に立てる時がきたらその時に力を尽くそうと心に決めた。
翌日もいつものようにギルドへ出勤する。この仕事が嫌ではないが、そろそろ本当に常勤扱いにされていないか心配だった。なのでホムラにその事を聞いてもきちんと臨時職員として登録しているから大丈夫大丈夫、と軽くあしらわれてしまった。
その後ホムラから午後に職員会議があり今回は全員参加なのでアランにも出て欲しいと言われ、出席することになった。
内容は確実担当している業務の進捗具合の報告や、ギルドの規約に違反し追放処分となる者の選定など様々であった。アランは話こそ一応聞いてはいたが特に興味をそそられる情報などはなく、右耳から聞いた情報が左耳を通じで抜けていく有様だ。
「次に、王都ノルドベルガ市街拡張計画についてだが......」
王都......拡張......その言葉を聞き、徐々にアランの脳が再び回転し始める。




