第6話
胸から下腹まで切り裂く。最初の一閃で仕留めれたのは1匹だけだった。アランにとってなかなか苦しい状況となった。襲撃にきずいたオーク達が一斉に動き出す。
通常種のオークたちが鋭い爪で殴りかかってくる。それを大剣で受け止め即座に反撃し、一匹の左腕を切り飛ばした。痛みから叫び声を上げる間にも胸から上を叩き斬り絶命させる。これであと2匹。
ここで一旦距離を取る。通常種のオークは上位種のハイオークを庇うように位置取りしている。やはりオークを迅速に仕留める。そうアランが決めた時、ハイオークが口を大きく開く。
まずい。アランの本能が警鐘を鳴らす。即座に横に飛ぶ。ハイオークが口から放った破壊光線が元いた場所をでたらめに破壊する。
そんなのアリかよ。思わず心の中で愚痴をこぼすも、動きを止めればすぐにやられる。アランはオークへ殺到する。振りかぶってきた右手を屈んで回避し、その勢いのまま大剣で首を跳ねた。これで残りはハイオークのみ。
近づきすぎると体が無防備になり、かといって離れすぎると破壊光線で蹂躙される。オークの上位種はある程度頭も切れる。ならばと、アランはハイオークに対して正面から力押しで行くことにした。
接近し大剣を振り下ろすが、オークはそれを両手で挟み込む。魔物が真剣白刃取りってどういうことだよ。半ば呆れながらも鍔迫り合いが続く。
このままでは体力が持たない。地面に穴が空くほどのパワーで大地を蹴り後方へ下がって、大剣から無理やり手を離させる。
振り下ろしが駄目なら突きで行く。ハイオークへ突進する。右手から繰り出されるクロー攻撃を屈んでかわし、ありったけの力を込めた突きは心臓を貫いた。
ハイオークの力が糸の切れた人形のように抜け、地面へ倒れる。と同時にアランも疲労の限界に達し地面に座り込む。
なんとか勝てた。安堵すると、討伐部位の剥ぎ取りにかかる。通常種のオークは爪を剥ぎ取る。これは討伐部位であると同時に武器の材料にもなる。ハイオークの方は爪の他に大きな角も薬を作るのに役に立つ。これらをすべて切り取り、布袋にいれていく。袋は大分膨れていた。
もう今日は帰ろう。大剣を背負い布袋を手に持つ。随分疲労が溜まっているので、普段より遅いペースで歩を進める。
ギルドまで戻ってきた時には体が鉛のように重い。カウンターに居るユキのところまで行くことすら苦痛だった。
「魔物退治してきました」
アランは持っていた布袋をどさっとカウンターに置いた。その中身をユキがチェックしていく。
「お疲れさま。ゴブリン6匹に......え?これはオーク?それにこの角」
「はい、ハイオークが出ました」
「ハイオーク!?アランくん大丈夫だった?怪我はない?」
「ええ、何とか五体満足です」
「ほんとに良かった......。まずは先に報酬の精算をしましょう。ちょっと待ってね」
ユキが次々と魔石やゴブリンの耳、オークの爪などを袋から取り出していく。最後にハイオークの角をまじまじと見つめ、心配そうにアランを見る。
「よく倒せたわね。でも私としては無理はしてほしくないかな」
「はい、以後気をつけます......」
「言葉だけじゃなくて、本当に無理しないでね。それで報酬だけど、合計で2800ベルになります。ハイオークの角だけで2000ベルよ。それだけ大物ってことね」
金額を聞いたアランは満足した。死にそうな思いをして戦ったかいがあった。部屋へ戻ろうとするアランをユキが呼び止めた。
「アランくんごめん、冒険者カードを貸して。少し待っててね」
そう言いユキは2階へと上がっていく。その間アランは疲れのあまりカウンターにもたれかかって待っていた。
5分ほどした頃ユキが戻ってきた。
「アランくんおめでとう。Eランクに昇格よ」
「え?僕まだ2日目ですけど」
「支部長に確認してきたけど、間違いないわ。ハイオークと普通種のオークをまとめて4匹仕留めれれば十分な実力の証明になるのよ。むしろ今アランのランクは正確にはEとDの真ん中よりほんの少し下くらいよ」
「はあ、そうなんですか......ありがとうございます」
「期待してるわよ、期待の新人くん」
ユキが微笑みを浮かべる。それにアランは苦笑いをしながら応えた。
ランクが上がることは良いことだ。これで少しは生活も楽になるかもしれないと、アランは俄然仕事に対してやる気が出てきた。
2ヶ月が経った。季節は春真っ盛りといった様子で、草花が元気になり、木々も葉を必死に空へ伸ばしている。アランは依頼をあえてFランクのみに絞った。徹底的に己を鍛え、戦闘力を向上させることを目標とした。
今彼が特に重視している事。それは炎の魔法を攻撃に使える練度まで引き上げること。最初はゴブリン相手に魔法を打ってみるが、まともに当たらない。炎弾の速度が遅いのだ。それが今では弓矢なみの速度で飛ばせるようになり、攻撃手段として通用するようになった。
そしてもうひとつアランにとっての良いことは、探知魔法を大幅に強化できたことだ。以前は30歩ほどが限界だったが、今は10倍以上の400歩の範囲を探知できるようになっていた。
炎魔法と探知魔法の強化により、索敵と戦闘の質が大幅に向上した。これは魔物討伐依頼をするに当たって非常に役に立った。
広範囲の索敵により効率よく敵を見つけることができ、炎弾を使えるようになったことで、近距離、遠距離両方の攻撃手段を得た。剣術も2ヶ月でより磨かれ、今となってはハイオーク数匹ですら余裕とはいかないまでも遅れを取らず倒せるまでに成長していた。
こうして2ヶ月間森でひたすら魔物刈りを続けた。そして最近アランは魔物の数が少なくなってきたと感じていた。
「アランずっと森にこもって魔物退治ばっかりしてたから、魔物がもういないんじゃない?あんだけ倒してればそりゃいなくなるよ......」
ユリエの半ば呆れたような言葉にアランもあははと言うほかなかった。
これからどうするか。依頼書を見に行き、めぼしいものがないか探す。だがこれといったものが見つからない。そうやって10分ほど悩んでいると、ユリエが声をかけてきた。
「アランやりたい依頼ないの?だったらお願いしたい依頼があるんだけど」
そういってアランを手招きする。
「実はお世話になってる商人のダッカさんが、隣町のドスレまで商品を売りに行くんだけど、護衛を募集してるんだって。報酬は1000ベル。食料はダッカさんが出してくれるってさ。どう、やってみない?」
「......そうですね、他にやることもないし、引き受けます」
「よかった。あとあなた以外にもうひとり冒険者が雇われてるから、2人で協力してね。出発は明日の朝に南門集合だから。」
「分かりました」
この時のアランはまだもうひとりの冒険者のことは特に気にしていなかった。
今の時間はちょうど日が落ちた頃だった。森で魔物を大量に仕留めたおかげでお金は多少余裕があった。ギルドの酒場でステーキを頼むと、飲み込むような勢いでガツガツと食べた。満腹感に満足すると自分の部屋に戻った。持ち物は大剣と何かあったときに入れる布袋だけだったので、準備も済んでいるようなものだった。明日に備えて今日は早めに寝ることにした。
翌朝、十分な睡眠をとれたアランはすこぶる体調が良かった。まだ時間には少し早かったが、先に行って南門で待つことにした。しばらくすると、ファームバッファローと呼ばれる馬鹿力持ちの家畜2頭で引かれた馬車がやってきた。馬を操っているのがダッカという人だろう。
「やあ、待たせたかな?君がー、アランで合ってるか?」
やってきたのは、砂漠の民が着ているような民族衣装を身にまとった中年くらいの男性だった。
「はい、アランです。護衛の依頼を受けました」
「そうか、まあ今回はダッカまでだから距離も近いし、運ぶ荷物もそれほど高価なものはないから、恐らく大丈夫だとは思うんだが、念のためにな。よろしく頼む。ところでもう1人頼んだはずなんだが」
「すみません、そのもうひとりのことを僕は知らないんです」
2人で遅刻した冒険者を待つが、待てど暮らせどなかなか来ない。そして1時間ほどたった頃。
「ダッカってのはあんたで合ってるか?」
ダッカに話しかけたのは、耳にピアスをし泥によごれた鎧を洗おうともしていない様子が見える装備を着ている中肉中背の男だった。
「俺がダッカだが、まさかお前ばもうひとりの冒険者か?今何時だと思ってる?」
「ちょっと遅れただけじゃねえか。ごちゃごちゃ言うな。これくらい誤差の範囲内だ。俺はロッツ」
そういうと、ロッツはアランの方を向いた。
「お前がもうひとりの冒険者か。ランクは?」
「ランクはEです」
「けっ、素人か。俺はランクDだ。くれぐれも足を引っ張るな。道中では全面的に俺の指示に従え。どうせ役にも立たんのだから、せめて人形としてくらいは働け」
雇用主と同僚に対して考えられない言葉を平然と言い放つロッツ。この地点でアランのロッツに対する評価は限りなく低いものになっていた。最もそれを態度に出さない程度にはまだ理性が残っていた。
最悪の雰囲気の中一行は出発した。
ドスレまではバッファローで2日ほどの距離がある。その間ずっとロッツの下で動かなければいけないことに、アランはため息をつきそうになる。
「おい素人、お前は前で見張ってろ。敵やら魔物が来た時はせめて壁くらいにはなってくれ」
「......」
こいつは全く当てにならない。アランは護衛が自分1人だけだという前提で動くことにした。探知魔法を使い、周囲を警戒する。
ゆっくりと流れる景色そのものはなかなか良いものだった。街道は整備され、そこから地平線の奥まで緑の絨毯がほどよい高さで育っている。地平線の終点にはアランがまだ名前をしらない高い山がそびえ立っている。
できれば一人旅で来たかったと心の底から思い、ヘドロのようにため息が出てくる。それでも下を向いている場合ではない。これは護衛であり、仕事なのだ。