第59話
控室に女の子を案内すると、一気に複数の視線を浴びた。普通入ってこない小さな女の子を連れているのだから当然といえば当然だろう。
女性の職員に事情を説明し、女の子を椅子に座らせる。他の職員にこの件を引き継ごうとしたが、最初に対応したのがアランであったために最後まで責任を持ちなさいと言われ、それもそうだなと納得し女の子からテーブルを挟んで正面の椅子に腰掛けた。
「お名前は?」
「マキ」
「マキちゃん、お父さんとお母さん帰ってこないって、いつからなの?」
「えっと、昨日の昨日」
「おとといか。それはちょっと遅いな」
大体の話を聞き終えると女性の職員にマキの相手をしてもらい、その間アランはホムラ達を探しに行く。程なくしてホムラは見つかった。ちょうど会議室から出てきた所で、コナツと一緒だった。
「ホムラさん、今大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。何かあった?」
側にいたコナツも話を聞くと言ったので、2人に事情を説明する。
「最近の行方位不明の件と関係ありそうね。警備隊の報告を待ってられないわ。私達も動きましょう」
「動くって、何をするんですか?」
「マキって子の家を調べるわ。何か手がかりがあるかもしれない」
「ちょっと待ってください。マキちゃんを連れて行くんですか?危ないかもしれませんよ?」
「だから私達で行くのよ。3人共冒険者でもあるんだから」
「え?私も行くの?私はベルファトのギルド支部長であってこっちの管轄じゃないんだけど」
「そう言わず手伝ってよ。こっちは人手が足りなくてさ」
「まあ良いけど。ベルファトに帰るまでまだ日にちはあるから」
こうして翌日にマキの家に向かうことが決まり、彼女は保護し両親が見つかるまでギルド本部で預かることとなった。
マキの家は一般階級の人々が住む区域にあった。ギルドが入っている塔までは結構な距離があったので、よくたどり着いたなとマキ以外の皆は驚いていた。
貧相でもなく豪華でもない、文字通りごく普通の2階建ての家だった。ただよく手入れされていたのか、とても綺麗で他の家よりも格式が高いような印象を受ける。
一応ノックをし、中へ入る。床の控えめな赤い色の絨毯が一同を出迎えた。玄関は広く、突き当りにリビングがあり、左右に扉があってそれぞれ部屋に続いていた。
一同はまず中央を奥に行きリビングへ入ると何か異常はないか調べ始めた。6人以上が並んで座れる大きなテーブルには王国の紋章が入ったテーブルクロスが掛けられていて、お皿がいくつか綺麗に現れた状態で載せられている。
「この子がギルドに来れてるから予想はついてたけど、荒らされたような形跡はないわね」
コナツがあたりを見回しながら言った。
何か手がかりはないかと、一同はテーブルの下を屈んだり引き出しをひとつずつ開けたりして何か異常はないか探した。しかしリビングでは特に怪しい痕跡のようなものは見つからなかった。
「お母さんとお父さんの部屋はどこかな?」
ホムラがマキに優しく問いかける。
「こっち」
マキがホムラの手を引き案内する。一同は玄関を入って左側の部屋に入った。
中に入るとまず目に入ったのが大きな薄緑色のベッドだった。メイキングされておらず、少し乱れた状態で布団が被さっている。これを一同は普段の使い方で生じたものだと判断した。
長方形の窓からは綺麗に太陽の光が注ぎ込んでくる。普段ならそれが家族に降り注ぎ和やかな時間を作り出すはずが、今は無人となった部屋に寂しさだけを運んでいる。
ここでも何か手がかりはないか一同はかなり細かいところまで調べ上げた。だが特に異常は見当たらない。
「ここも何もなしか......」
「何もないことがかえって怪しいこともあるわよ」
アランのぼやきにコナツが答えた。アランは念のために探知魔法を発動させた。部屋の物の配置などの情報が脳内に流れ込んでくる。その情報を分析していると、1つ怪しいところが見つかった。
部屋のドアの境目の床のシミをよく観察する。ホムラとコナツにこれを知らせ確認してもらうと、表情に影が差した。マキに聞こえないように小さな声で話す。
「これは血ね......」
「それならこの部屋は荒らされた痕跡を消したのね。でも血痕だけ見逃すなんで随分ズボラな仕事ぶりね」
これでマキの両親に何かあった可能性が高まった。一同は念のため残りの部屋も調べたが、先ほどの血痕の他には怪しい点は見られなかった。一同はマキの家を後にする。
ギルド本部に戻るとマキを休める場所へ案内し、残りの3人は控え室で今後のついて話し合っている。
「ホムラさん何とかならないんですか?事件性高くなってきてますよ」
「そうね。警備隊にも報告して巡回を強化してもらう。ただこれといった手掛かりはないから長期戦になりそうだわ」
ギルドは優先事項にこの件を認定し、組織としても調査をすることが決定した。かといってアラン1人で何かできるといったことはなく、ホムラから日々の仕事に精を出すように指示を受けるにとどまった。
マキの家を訪ねてから4日が経った。その間アランはいつも通りに昼はギルドで働き、夜はユーラ、シノと過ごした。しかし心の奥底にあるモヤモヤは解消されずそのことが2人に伝わり心配されもした。
今日は眠れなかった。ユーラを起こさないようにと静かにベッドから抜け出し着替え、部屋を出ると塔の1階まで転移する。
塔をでた時、突然悪寒のようなものがアランを襲った。咄嗟に探知魔法を展開し辺りを探るが、範囲内に反応はなかった。
だからといってそれで良しとして放っておくわけにもいかない。今までのもしかしたら誰かに見られているといった程度のものではなかった。今回は一言で言えば殺気に近いほどの威圧感を感じた。
殺気を感じた方角へ向け走りながら、再び探知魔法を展開する。今度は今アランにできる最大限まで範囲を広げた。すると走っている所から2000歩程先に高速で移動する人の反応を2つ捉えた。
猛烈な勢いで反応を追いかける。アランが今いる場所は天まで届くかという塔が密集している地域で、住宅街ではなかった為に地上では遮蔽物が少ない。よってすぐに逃げていく人影を視界に捉えることができた。
地面にヒビが入るほどの力で大地を蹴り、障害物を飛び越えながら急速に不審者との距離を詰める。そして距離が約100歩よりも近づいた頃、全力で逃げていた不審者2人が突如反転しアランを待ち構える。
対峙した場所は塔と塔の間にある大通りの街路だった。まだ朝早いこともあり、3人以外には誰もいない。不審者は男が1人、女が1人だった。
「普通の少年に見えたんだが、逃げきれなかった。攫う対象を間違えたな」
「私たちについてこれるということは、この子はそれなりにできる冒険者あたりでしょうね。まあ姿を見られた以上、ここで死んでもらうしかないけれど」
「お前らばかり一方的に喋るんじゃない。近頃頻発してる行方不明の事件はあんたらの仕業か?」
「だったらどうするの?あなたが止めることなんて出来ない。こっちからも聞くわ、あなたは誰?」
「こいつを見せれば、もしかしたら知ってるかもな」
そう言ってアイテムボックスから大剣を取り出し、構える。それを見た不審者2人の顔の表情が硬くなった。
「厄介な奴に見つかったわね。あなたベルファトの流星さんね」
「知っていてくれたのは光栄だが、あんたらの紹介がまだなんだが?」
「ここで果てる人に言っても仕方がないでしょ?」
その言葉を合図に戦闘が始まった。2人が左右から接近しアランに攻撃を仕掛ける。
左側から女がいつの間にか抜いていた剣を、アランの首を撥ねようと小振りに振るう。それをしゃがんで回避しながら、右側から迫る男の素手での突きにも大剣で受け止め対応する。
男の方は武器を持っていない点を見ると、格闘家の線が強かった。一方の女は剣を使っているが、長さが長剣と短剣の中間くらいで二刀流のところを見ると、暗殺用の戦い方をするのだろうとアランは分析した。
一瞬で分析を終えると、アランは重力に身を任せ体を倒しながら2人まとめて狙い大剣を振り抜いた。
反撃されると思っていなかった2人はほんの僅かに反応が遅れたせいで大きくアランから距離を取る。それを逃さず男へと一気に距離を詰め、大剣を頭上から振り下ろす。
男は体を左へそらして回避する。だがそもそも相性が悪かった。アランは剣の使い手であり、しかもリーチの長い大剣であることが災いし、男は最初の一手以降有効打を出せていない。
大剣の短所である大ぶりになりがちな所を狙おうとするが、アランもそれを想定して小さい動きで大剣を扱っていたため、少しずつ押され始めた。
男を救援するべく女がアランへ攻撃を加えるが、それにもアランは対応した。防戦一方の男の腹に蹴りを放ち動きを少し止めた間に、大剣を思い切り振り抜き女の剣を弾き飛ばした。
呆然とする女に猶予を与えず、大剣を右手に持ち替え左手で炎弾を作り出し女の胸に放った。衝撃で全身を燃やされながら地面を転がり吹き飛ぶ。
アランは相手の弱さに少し拍子抜けした。だが一般人を誘拐するのだとしたら、それほど戦闘能力などの練度は必要ないのかもしれない。女の方は先程の一撃で戦闘不能になっただろう。アランは男に対して提案を持ちかける。
「投降しないか?今なら命だけは助けてもらえるように口添えしてやるぞ?」
「たちの悪い冗談だな」
男は攻撃を加えようと一歩目を踏み出す。だがその時すでにアランは視界にいなかった。その直後視界の右端からアランの足を捉えたときにはもう遅かった。鳩尾に思い切り蹴りを食らい、男は血を吐きながら意識を失った。
不審者を撃退したアランは、ふとした疑問を感じた。
「ゴリアテ、お前ずっと何してた?」
その声に応えるように、ゴリアテが透明化を解除させ大きな体を晒した。
思念で返答が返ってくる。どうやらこの不審者はゴリアテから見るとアランの驚異ではないと判断し、手出ししをしなかったらしい。
「まあスルーされていなかったなら良いよ。あいつらを拘束してくれ。警備隊に引き渡す」
承知したと思念で返事が返ってきた。それを聞いて深く息を吐く。これが最近の行方不明の件の進展につながれば良いのではとアランは願った。




