第56話
中へ入ると、想像していた以上に豪華な内装がアランを出迎えた。上級貴族でないと入ることすら許されないのでは、という感覚になるのは彼だけではないだろう。
床には複雑な模様が描かれた絨毯が敷かれ、接客用の机と椅子はアンティーク調でまとめられていた。
その接客セットが数えれる限りでも10組は置かれ、客を極力待たせないようにという配慮が感じられた。
アランが空席のある座席へ向かう。それに気づいた女性の職員が立ち上がり深くお辞儀をした。
「いらっしゃいませ」
上品な服装をしていて完璧なプロポーションだった。思わず見とれそうになったが、将来の伴侶から雷が落ちることを恐れ我に返った。
「あ、すいません、預金をしたくて」
「はい、かしこまりました。それ...... 」
職員が最後まで言う前に、甲高い悲鳴が聞こえた。
アランが声のした方に目を向けると、丸太のような腕と屈強な体をした5人ほどの明らかに人相が悪そうな男たがいた。そのうちのひとりが職員に剣を向けていた。
「聞こえただろ!?早く金を出せって言ってんだろうが!」
怖さのあまり泣き出している女性に対し更に詰め寄る。それを見たアランが立ち上がった。
それに気づいた強盗が叫ぶ。
「おいお前、そこから一歩も動くな!」
全く耳を貸さずにアイテムボックスから大剣を引き抜く。その大剣を見た強盗の1人が顔色を変えた。
「おいあのバカでかい剣、あいつ最近噂のアランってやつじゃねえか?だとしたらやべえぞ」
「だったらなんだ?殺っちまえばいいだけのことじゃねえか」
それを聞いたアランにスイッチが入る。
「じゃあ殺してみろよ」
強盗たちが気づいたときには職員に向けていた剣が真っ二つに断たれていた。アランが大剣を構え職員の前に庇うように立つ。
「この人達にこれ以上近づくな」
「ただのガキが何をほざいてやがる!」
別の1人が斧をアランに向け振り下ろそうとしたとき、突如としてその体が木っ端微塵に吹き飛んだ。それを見て呆然とする強盗たちだったが、アランだけは正確に状況を把握していた。
外で待機していたゴリアテが主の危機に気づき強盗に急襲をかけたのだ。その結果がひき肉になった男とそれによって得られた数秒の時間であった。だがアランにとってはそれで十分な時間でもあった。
大剣で一番近くにいた男を叩き切る。体が真っ二つにされ崩れ落ちた。その時、外から閃光が走り、3人目の男が下半身を吹き飛ばされた。
これで制圧できるかもしれないと考えたとき、怒鳴り声が聞こえた。
「動くな。こいつの首が飛ぶぞ?武器を降ろせ」
誤算だった。力だけで押し通そうとしそうな見た目と1人斬ったときの動きなどからそれほどの手練ではないと判断していたが、残った男が思っていたよりも上手だった。人質をとられ一気に状況はイーブンまで戻された。大剣をゆっくりと床に下ろす。
「おい、今のうちに金を集めろ」
主犯の男がもう1人に指示を出す。各組の金庫にある紙幣を片っ端から集め乱雑に布袋へと詰めていく。
そうしている間アランは金を集める方の男ではなく主犯格の男だけを観察することに集中していた。
男も同じようにアランだけを監視し油断はしていなかったが、もう1人が金を集めるのが遅いことに少しずつイライラしだした。
「おい、たかが金を詰めるだけだろ、何をそん...... 」
ほんの少し警戒が緩んだところをアランは逃さなかった。無詠唱で小さな炎弾を主犯の男に向けて超高速で発射した。それが男の首元で命中するかと思ったその時、突然炎弾が衝撃のようなものに阻まれ、破裂した。
男は破裂した炎弾の一部が当たって吹き飛ばされた。だがその横に目を向けてアランは息が止まった。女性が巻き添えを食らって火だるまになっていた。あまりの予想外な自体に次の取るべき行動が分からなくなる。
すぐに女性を消火しないと。だが自分に水、氷系の魔法は使えない、どうすれば良い。そこで咄嗟に思い出したのがゴリアテだった。こいつは透明にもなれるし、瞬間移動すらもできる。ならばこの状況にも対応できるのではと思い、叫んだ。
「ゴリアテ、中に入ってきて良いから大至急この女性を治せ!」
指示を受けたゴリアテが入り口を吹き飛ばして入ってきた。すぐに女性の元まで駆けつけ、鞭のような両腕を上にかざす。青い霧が発生し、瞬く間に女性についていた火が消えてゆく。
金を詰めていた男は突然の自体に対応できず固まっていた。放心していた時間はアランに大剣を突きつけられるのに十分な時間だった。
「今度はお前が動くな」
そこまで言った時、入り口から大量の武装した兵士が突入してきた。統率が取れた部隊のようで、迅速に状況を確認していく。そしてアランと生き残った盗賊の男を見つける。
「あなたは冒険者のアラン殿ですね?」
「はい。大体わかるとは思いますが、男たちが強盗しようとしていた所を俺が阻止しようとしました」
「そのようですね。その男は生き残りですね?こちらで引き受けます」
「お願いします。あと職員の女性が僕の魔法の巻き添えを食らってしまって。使役しているゴーレムに応急措置はさせましたが、至急医者に見てもらいたいのですが」
「分かりました、早急に手配します。アラン殿、詳しく何が起きたかを把握したいので、ご同行願います」
こうしてアランは王都警備部隊に任意同行を求められ、同行することとなった。
「なるほど、それはとんだ災難というほかないですね。よく対処してくださいました。ただひとつ問題ではないのですが、不運だったのは職員に攻撃が巻き込まれてしまったことです」
「はい、そのことについては、本当に悪かったと思っています......」
「不可抗力ですから、仕方ないことではあります。その後の女性の経過についてお知らせします。アラン殿が使役しているゴーレムの治療が良かったのでしょう。後遺症は僅かなやけどの跡を除いてありません。その点については安心してください」
「はい......」
「ただ、一般人に被害が及んでいるので、この事を冒険者協会に報告しなければならないのです。ですので、後日協会から出廷を求められます。」
「出廷ですか」
「はい。ですがアラン殿は間違ったことはしていません。真実をお話されれば協会も正当な審判を下すでしょう」
事情聴取が終わり外へ出ると、アランは深くため息をついた。上を見上げると、自身の気持ちとは真逆のような青空が広がっていた。まだ太陽は空の天井近くに落ち着いていた。
「アラン様」
どこか気遣うように声をかけられ、そちらを見るとシノがこちらに駆け寄ってきていた。彼女は白い日傘を差して、ピンクのカーディガンを羽織っていた。普段からシノは真面目な女性だったが、今の服装がより彼女の清楚さを際立たせていた。
「本当にお疲れ様でした。アラン様お怪我されていないようで安心しました。まずはゆっくり休みましょう」
シノの後についていくと、アラン達の車が街路の脇に停められていた。
「あれ、シノさんって運転できたんですか?」
「ゆっくりなら大丈夫ですよ」
アランを慰めるような笑みを浮かべ微笑む。アラン様は後ろへ、と言われたので後部座席に乗り込む。まさかこのような形で快適さを極めた内装が役に立ってくれるとは思っていなかった。座席にもたれ、足を伸ばす。すると一瞬で睡魔が襲い、意識が沈んでいった。
シノは車を運転し宿泊している塔へ向かう途中、何度か停車しアランの様子を確かめた。正に泥のようにといった表現が正しく、深い眠りに落ちていた。若干苦しそうな寝顔を見て、銀行で起きた事はアランを相当消耗させていると判断させるに十分だった。
シノは知っていた。彼は短い間に幾度かの戦場を生き抜き、生身の戦闘力はあるのだろう。だが、それと精神の強さは別のものであると。
ユーラが仕事を終えたときにはすでに夜になっていた。部屋に戻ると早速アランの元へ向かった。すでに眠っていたため、側で待機していたシノに具合を聞く。
「シノ、ありがとう。アランはどんな感じだ?」
「随分消耗しておられるようです。車内でもずっと眠っておられましたし、部屋に着いてからも先程まで考え込んでおられました」
「そうか......。大体状況は聞いているが、その女性は大丈夫なんだろ?」
「はい。命に別状はありませんし、もちろん五体満足です。ただ顔に火傷の痕が残るそうです」
それを聞いて納得できる部分と疑問に思う部分がそれぞれ出てきた。確かにアランは冒険者としては繊細で他人に流されやすいところはある。しかし今回の事がなぜアランをこれほど消耗させているのか、そこが分からなかった。
「ユーラ様も、今日はお休みになられてはいかがでしょう。お勤めでお疲れでしょうし」
「そうだな、私も少し疲れた。シノ、遅くまでありがとう」
シノにねぎらいの言葉をかける。彼女はいつでも呼んでください、と言って自分の部屋へ戻った。自分も寝よう、そう思い普段は別々のベッドで寝ていたが、今回はアランのベッドに潜り込み、やさしく手を握る。せめて安らかな夢を見れるようにと願いながら。
翌日目を覚ますと、アランはベッドにいなかった。軽く目をこすると、ゆっくりとベッドから起き上がる。
アランはどこだろう。探そうと思い着替えを始めた時、ちょうどドアが開き、彼が戻ってきた。
「アラン、おはよう」
「おはよう、ユーラ。ちょっと散歩してきた」
「そうか、外に出るのは良いことだ。昨日は眠れたか?」
「うん、夢も見なかった。そっか、シノさんから昨日のこと聞いたんだね」
「ああ、本当なら心配ですぐに駆けつけたかったんだが、一応この身分だし、公私混同してはいけないからな。なんとか仕事していたよ」
だがユーラは心配だった。依然としてアランは思いつめた顔をしていたからだ。
「シノから聞いたんだが、今日は冒険者協会へ行くんだろ?」
「うん、呼び出されてるから。事情を聞かれて、場合によっては処分もあるかもしれない」
「恐らく王都警備隊の人にも言われたとは思うが、ありのままを話せば良いさ」
「うん、ありがとう」
送っていく、ユーラに協会本部まで車で送迎してもらうことになり、アランは少しほっとした。自分でも信じられないくらい消耗しているこの時に、親しい人に近くにいてもらえるのはとてもありがたいことだった。
車に乗り込み、後部座席から運転しているユーラをのんびりと眺める。本当はこういうことはシノの役割なのだろうが、ユーラがどうしてもと言って無理やり代わったのだろう。アランは周りの人達に助けられることに感謝しながらも、自分自身はひどく弱い人間だということを否が応でも自覚せざる負えなかった。




