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第55話

 「父ちゃんあれ何!?」


「ん?あぁ、あれは多分研究所で作られてる自分で動く馬車じゃないかな」


「自分で動くの!?凄いね、どうやって動いてるんだろ」


「父ちゃんにも分からないなあ、聞いてきてみるか?」


「うん!!」



 繁華街をゆっくりと進んでいると1人の少年がこちらへ向けて走ってきた。ゆっくりと魔道車を停止させると、少年は勢いよくアランに尋ねた。



「ねえねえ、これ何!?」



 答えたのはアランではなくレンだった。母のような穏やかな笑みを浮かべ答える。



「これは魔道車って言ってね、自分で動く車なんだよ」


「凄い......どうやって動いてるの?」


「それはね、君の中にある元気なエネルギーをこの車が借りて動いてるの」


「元気なエネルギー?」



 レンは少年の疑問に、分かり易く例え話で説明した。少年はうんうんと頷き話を聞いていた。



 ばいばいまたね、そう言って少年が手を振り去っていくのを、ユーラとシノも手を振って返す。



「シンさんレンさんふと思ったんですけど、この魔道車は貴族の方達だけに販売するんですよね?そもそも値段も高すぎるし。それなのにこんなに一般の人たちに見せてしまって大丈夫なんですか?」



  アランが運転したまま真面目な顔つきで2人に問いかける。


 「中には不満にいる人も出るだろうというところは否定できません。ですが大部分の人々は我が王国における技術の進歩を歓迎してくれる国民がほとんどであると信じています。今回の試運転はそういう面でアピールをするという一面もあります」


 「アランさんが心配されるのも当然のことです。ですから将来は、乗り合いの馬車の代わりに魔道車を使う計画もあります」



  人の波をかき分け繁華街を抜けた時、シンから王都の外へ出てみようと提案された。そんなことを言われ ると思っていなかったアランは心配そうに尋ねる。



 「大丈夫ですか?警備の兵がいるとはいえ、魔物も出ますよ?」



  シンが答えようとする前にユーラが真顔で言った。



 「何言ってるんだ?アランには超優秀な護衛がいるじゃないか」


 「え?どういうこと?」


 「ゴリアテのことだ。こういう時に使ってこそだろう?」


  「はい、確かにそうですね......」


  アランは思念でゴリアテに合図を送った。するとまだ門へたどり着いていないというのに遠くから地鳴りが響いた。



 何か余計なことはしていないか心配で思わずアクセルを踏みそうになるが、なんとかとどまりゆっくりと車を門前まで走らせた。


 当たり前のことではあったが、ゴリアテは周囲に周囲に何か被害を与えたなどということはなく、門を出てすぐ右側にどっしりとした存在感を伴って待機していた。


  始めてゴリアテを目にしたシンとレンは思わず数歩後ずさった。



 「こ、これが噂の......アラン殿のしもべですか」


 「ちょっとでも余計なことをすれば踏み潰されそうですね......」



 そうならないように命令しているから大丈夫だと2人を安心させ、アラン達の後についてくるように命令し、自分たちはゆっくりと平原に向け車を発進させる。


 「後ろから凄い音がするんですけど......」


 「レン、気にしたら負けだ。僕たちはデータを取ることに集中しよう。アラン殿、スピードを上げてください」



 指示に従いスピードを上げる。20、25、30FB、どんどんと流れる景色が速くなる。

 

 それに合わせてゴリアテも歩幅を広げ走り出し、魔道車について行く。より強くなった地響きにアランを除く全員が後ろを振り返った。



 「あいつって走れるんだな......すごく怖いぞ、敵としては絶対に出会いたくないな」



 ユーラの言葉に皆力強く頷いていた。



 「平原だからある程度平らな土地とはいえ、本当に乗り心地がよくなりましたね。衝撃が少なくなったというか」


 「そうですね、衝撃吸収装置も改良していますので、これくらいならほとんど乗り心地には影響しません。あとは座席自体の質もさらに向上してます。職人さん随分苦労されていましたが」


 

 それから10分ほど走り続け、その間シンとレンはものすごい勢いでノートにデータを記録していった。



 「アラン殿、そろそろ戻りましょう。有意義なデータが取れました」



 シンの言葉を聞き進路を反転する。その間も魔道車は高速で走りながらも、挙動は非常に安定していた。門へはすぐにたどり着いた。兵士に挨拶をし、中に入る。ゴリアテは後ろからドタドタと大地を揺らしついてきていたが、アラン達が中へ入ったことを見届けると、指示されるまでもなく待機場所へと戻っていった。






 「皆さん、本日はお疲れ様でした」



 研究所に戻った時には、もうすぐ日がくれそうな時間になっていた。中庭の指定された場所に駐車し、魔道車から降りたアランが大きく伸びをした。


 そのままユーラ、シノと研究所を出よう歩き出した時、レンが3人を呼び止めた。



 「皆さん帰りはどうされるんですか?馬車では時間がかかるでしょ?」


 「はい、ですがそれ以外に方法は......」


 「こちらへ来てください」



 レンに付いていき、中庭の隅のところへ行く。すると何かの大きな物体にカバーが掛けられていた。それをシンとレンが準備はいいですか、と言って一気に取り払った。それを見た3人は大きく目を開く。そこには先ほど運転したものと同じ形で、渋い青色の魔道車があった。


 「シンさんレンさんこれは......」


 「さっきの型と同じ魔道車です。まだ試作型ですが、アラン殿にこれを進呈いたします。まだ充電はしてないのでそれだけはここでやっていってください。これがあれば普段の用事から長旅まで役に立ってくれるでしょう」




 アランはもちろん、ユーラ、シノの2人も大きく首を横に振る。



 「いやいや幾ら何でも、こんなに貴重なもの頂けませんよ......」


 「大丈夫です、皆さんは命がけで我が王国のために尽くしてくださっています。このくらいは当然ですよ」


 「と、とにかくこの車見一度見せていただいても良いですか?」


 「はい、どうぞどうぞ」


 

 ついさっきまで乗っていた車とほとんど外装は同じだったが、前を照らすライトが丸型から格好良くデザインされた長方形の形に変わっていた。

 車体の前側に動力装置があるのは同じで、荷物などは一番後ろの収納スペースに納めるようになっている。前側は車高が低くなっており、座席部分において緩やかな曲線を描いて昇り屋根に繋がり、最後部の収納スペースへ行くに従って再び曲線を描いて車高が低くなっていた。


 ドアは前の座席と後部座席にそれぞれ付けられ乗りやすくなっていた。開けて中を見ると今日乗った試作型とは違い前列、後列それぞれ2人の合計4人乗りだった。クリーム色の座席が高級感と品格を演出している。

 運転席には前の景色の邪魔にならないようスピードや魔力残量を知らせるメーターが上手に配置されていた。




 思わずうっとりして眺めているといきなり後部座席のドアをユーラが開き、シノを誘って中に乗り込んだ。



 「シノ、凄いぞ!足を一杯伸ばせる!」


 「ええ、とても広いですね。それにゆったりできます」


 「2人とも切り替え早いね......シンさん、レンさん、なんて言ったらいいか」


 「いえいえ、この分は王国に尽くしてくだされば十分でございます」



 アランが2人にお礼を言った後、車の動力装置に充電を始めた。その時に若干の違和感があった。魔力が吸い込まれていっているは確かなのに、充填されている感じがあまりしなかった。それをシンに尋ねると、装置の魔力貯蔵量が大幅に上昇しているので、そのように感じるのは自然なことだと聞き、もしかして壊してしまったのではと一抹の不安を抱いていたが安心した。


 充電が終わり、後部座席で戯れている2人に続いてアランも車に乗り込む。ゆっくりと座席に座り、感触を確かめ、前に移る景色を眺める。車ごしに穏やかな様子でアランを見つめるシンとレンの顔がわずかに滲んで見えた。


 その後は、2人を乗せて宿代わりにしている塔まで運転した。子供のようにはしゃいでいたせいでぐっすりと眠っていた。そんな中アランは1人で現地点での最新鋭魔道車の運転を堪能していた。途中で車を見かけた一般の市民がこっちの方を見て手を振ったりしてきたので、アランも恐縮しながら返事を返した。


 駐車場所はどうするのかと悩んでいると塔の管理者が駆け寄ってきて、1階のロビー内に停めて良いと言ってくれたのでその通りにさせてもらうことにした。


 2人を起こし自分の部屋に帰ると、とても幸福な気持ちのままゆったりと眠りに入った。





 翌日アランは早めに起床し熟睡している2人を寝かせたまま外出していた。車は使わず、後ろからゴリアテが付いてきている。以前のファルマンとの話し合いの中でゴリアテの存在と安全性を周知させる必要があるとの結論が出ていたので、今こうしてペットのように連れ出している。最もペットというにはあまりにも巨大ではあるが。



 目的地は銀行だった。アイテムボックスに保管しておいても良かったが、スペースを占領されるのが嫌だしボックスを無くしたり破損すれば中のお金も消滅してしまうので、やはりきちんとしておくべきだと判断した。


 広い街路をゆったりと歩く。早朝だというのに人の流れができている。だがその流れはアランの前で見事に二分される。後ろにゴリアテがいるからだ。人々はアランを見て笑顔になったり挨拶をしようとして、その背後に嫌でも見える巨大な物体が目に入り急いだ左右に逸れていく。


 銀行に着いた時にはわずかに汗をかいていた。アイテムボックスからタオルを取り出し体を拭く。戦場以外でここまで歩いたのは久しぶりではないだろうか。

 

 銀行は天にも届かんとする山ほどある塔の中ではなく、以外にも博物館のような、巨大ではあったが平屋の建物の中だった。


 まるで神殿のようだなとアランは感じた。入り口の左右には巨大な建物を支える柱が4本ずつ建っている。


 建物の壮大さに見とれていると、ひそひそ声というよりもざわざわ声が後ろから聞こえてきた。どんな内容なのかは聞くまでもなくわかった。アランの横にいるゴリアテのことだった。このままでは騒動になりかねない。心の中でゴリアテに尋ねた。



 「ゴリアテ、目立ってしょうがない、何か手はない?」


 「......手はある」



 そう言った直後、ゴリアテの巨大な体の輪郭が徐々に薄くなっていき、最終的には透明になった。



 「......あんたほんとなんでもありだね」



 もはやどこにいるかもわからないゴリアテを気にするのをやめて、銀行に入る。間違って市民を踏み潰すようなドジはあのゴーレムはしないだろうという謎の確信があった。

 


 

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