第53話
王都へ向け出発する当日、アランは準備に追われていた。
「だからアラン、あれだけ前から支度しておけって言っただろ?」
「いや1つ言わせてくれる?荷物のほとんどはユーラのやつだからね?」
「え......それはアランが手伝ってくれるって言ってたからつい......」
「普通なら終わるはずだったんだよ、だけどここまで荷物が多いなんて思ってなかったよ!しかも下着の数どんだけあるんだよ......」
ユーラが顔を沸騰させて反論する。
「アラン傷つくぞ......私こう見えても年頃の女だぞ?というかそういうことを声に出して言うな!」
「あ、ごめん......」
ようやくアラン一行の出発準備がもうすぐ整い荷物を積み込む頃には、もうすぐ正午になるかという時間帯になっていた。大きなケースが10個以上ある中で、その内ほとんどがユーラの荷物だった。シノも手伝いなんとか荷物運搬用の魔道車に投げ込んでいく。そこでもユーラの悲鳴が轟いた。
「シノ!そんなに乱雑に私のケースを投げるな!!中のものが痛むじゃないか......」
「ユーラ様、準備に時間がかかるから耐衝撃用の特注ケースにしたのをお忘れですか?」
「いやしかし、それではケースそのものが痛むんじゃ......」
「ベルファト家の跡取り筆頭の方が小さことをおっしゃらないでください」
一緒に出発する人々もその様子を見守っていた。一見お固いと思われていたユーラの人間らしい一面を見て辺りは和やかな雰囲気になっていた。
「おーいアラン」
積み込みのせいでまだ暖かくなってないないにも関わらず汗をかいているアランに声をかける人がいた。
「お前は王都に帰るんだろ?ファルマン王にはくれぐれも失礼のないようにな」
「はい。ノークさんやみなさんはこれからどうするんですか?」
「うちらはまだ未定だ。もう少しこの街で数日ゆっくりする。その間に連邦の動きがあればそっちに参戦するし、それがなければ適当に彷徨うさ」
また近いうちに会おう、そう言ってノークは豪快に去っていった。次会うときまでにもう少し強くなります、アランも尊敬の意味を込めてそう返す。
いよいよ王都へ向け出発し、魔道車に乗りながら街の門を抜け少しした頃、ユーラに袖を引っ張られる。
「アラン、後ろ見てみろ」
シノに運転を代わってもらい、後部座席に移り後ろを見る。するとロラリアの住民が手を振って送り出す様子が見えた。
「わざわざ見送ってくれるなんて、嬉しいなぁ」
「王国とネクラス共和国は同盟を結んでもう200年以上は経つ。苦しい時もお互い助け合ってきたんだ、その積み重ねが今の信頼関係に繋がってる」
今度は戦争などではなく観光など平和な目的で来てみたい。若干の名残惜しさを抱えながら遠ざかる景色に別れを告げた。
王都からこちらへ来るときは雪景色だったが、月日が経ちそろそろ春の訪れを感じさせる様子を見せている。行きよりも人数が少なく、季節にも恵まれ王都への旅路は順調だった。
アラン達だけ魔道車で先行することを許されていたので、行きの半分の日にちが経つ頃には王都の壮大な景色が見えてきた。ゴリアテも主であるアランに少し距離を取りながらついて来ていた。
「やっぱりこれは何度見ても凄い......」
アランが再び王都を見て驚嘆している様子に、ユーラとシノは穏やかな笑みを持って眺めた後口を開く。
「さあ行くぞアラン、陛下やシンさん達に早く元気な顔を見せに行こう」
門へ向かいチェックを受けるが、突然衛兵から声が掛かった。
「失礼ですが、冒険者のアラン殿でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですが......」
「やはりそうですか!ユーラ様とご一緒に旅をされているのはシノ様とアラン殿しかいないというのは周知されていたのですが、つい興奮してしまって。しかし報告にはありましたが、その横にいるゴーレム本当に大丈夫なんでしょうか......いえ、失礼しました。報告書で問題はないとわざわざ明記されていたくらいです、詮索してしまって申し訳ありません。それはそうと、ネクラス共和国では見事な活躍をされたとこちらまで届いています」
「あ、はい、ありがとうございます」
衛兵やっと話し終えると笑顔で握手を求めてきた。照れながらもそれに応じる。握った手は戦士らしくゴツゴツとしていた。
「私は王都の門番としてこれからも精進します。お互いに頑張りましょう、ご武運を」
そう言った後、通行許可が下り、3人は再び王都の門をくぐった。ゴリアテについては事前に王都にも情報が届いていたため、とりあえずは門そばにある見えない木々の中に潜ませ待機させることになった。
街の中に入った後、ユーラに困惑しながらたずねる。
「あのさ、俺って結構有名人?」
「そうだな、最初は私のフィアンセという点でだけ名が売れていたが、最近は冒険者としての活躍がここまで届いているのだろう。私にとっても嬉しいぞ?」
「あはは......評価してもらえるのは嬉しいけど、下手に目立つのもどうなんだろうとは思う。動きにくくなるし」
「そこは慣れてもらった方が良いな。Bランクともなれば冒険者としてはもはや高ランクに足を踏み入れたところに入る。それにアランは調子に乗るタイプじゃないから、今のままで大丈夫だ」
「そうなんだ......少しずつ慣れていくよ。ところでこれからどうするの?」
何も考えていなかったのが完全にバレているのを隠さず、ユーラに尋ねた。
「決まってるだろ、陛下に謁見しに行くんだ。到着し次第すぐにアランを連れて向かうよう私に命令されている」
「あれ?それなんで俺は聞いてないの?俺って信用されてないのかな......」
「そういうことじゃないだろ、アランはどこか抜けてるところがあるから私に頼んでおけばきっちりと連れてくるからというだけの事だ。アランは意外と他人の評価が気になる方なのか?」
「そりゃあ、評価されれば嬉しいし、ダメなところがあれば直さないと」
「なるほど。いつものアランで良かった」
「いつものってどういう事だよ......」
太陽がやや沈んできたくらいの頃、アランとユーラの2人は太陽の塔143階でファルマン王に謁見するために別室で待機していた。だがすぐに陛下の準備が整いましたのでどうぞと声を掛けられ、執務室へ足を踏み入れた。
「陛下、アラン様、ユーラ様をお連れいたしました」
臣下の声を聞き書類に目を通していたファルマンが顔を上げた。
まずはユーラが深く礼をした後、言葉を紡ぐ。
「陛下、ユーラ、アラン共に戻ってまいりました」
「おぉ、お前達ご苦労だった!さあそんなとこに立ってないでこっちへ来てくれ」
ファルマンが執務室の奥にある目立たない扉を開け別室へ2人を招く。シンプルではあるが品格を備えた白のテーブルと椅子だけが置かれた部屋だった。ファルマンが席に座ったのを見届けて、2人も後に続いた。
「2人とも本当にご苦労だった。アラン、随分顔つきが凛々しくなったな。ネクラスではなかなかの活躍だったと聞いているぞ」
アランは少し緊張はしながらも極力平静を装い言葉を返す。
「はい陛下、ありがとうございます。今回の遠征は自分にとって成長できましたし、その一方で色々と考えさせられるものになりました」
ファルマンは深く頷く。
「ぜひ話を聞かせてくれ、アランもユーラもな。我が軍の精鋭に所属させていたこともあって命の面ではそれほど心配してはいなかったが、色々と学ぶものも多かっただろう」
ファルマンは2人から遠征のことを始め色々なことを興味深く聞いていた。血なまぐさいことがほとんどとはいえ、かけがえのない経験をして成長していることを感じ取り非常にそれを嬉しく思った。
そして話題は近頃恒例となっているゴリアテのことに及んだ。
「今はゴリアテとかいうそのゴーレムは外に待機させているのだろう?」
「はい、いきなり街に入れても恐らく騒ぎになるでしょうから」
「だがいつまで経ってもそれでは困ることもあるだろう。ゴリアテはアランが使役しているのだろう?であれば、それを証明するためにも一緒に行動した方が良いかもしれん」
「それは、陛下のおっしゃる通りかもしれませんが......」
「俺から関係各所に通達しておこう。後でゴリアテを中に入れてやれ。あいつにも意思があるのだろう?ずっと外に放ったらかしでは機嫌を損ねるかもしれんし、そうなった方がよほど困る」
いくらか真剣な表情でそう言ったファルマンは、今度はユーラに話を振った。
「どうだユーラ、旦那は少しは頼もしくなったか?」
「そうですね、少しずつですが頼もしくなって来ています」
「陛下、なんてことを聞いておられるんですか......」
アランが大きくため息をつき嘆くもファルマンは気にせずに続けた。
「しかしよくこうも都合の良い時に良い玉が転がって来たものだな。肩書きだけの貴族に拾われずによかったじゃないか」
「陛下、流石に肩書きだけということはないですが、確かに私はアランと一緒に居られる方が幸せです」
それを聞いたファルマンがそうかそうかと豪快に笑った。
「だそうだアラン、これからも捨てられないように精進したまえ」
「は、はい、頑張ります!」
「捨てはしないですよ陛下。放置はするかもしれませんが」
「それ捨てられるよりも悲しい......」
その後も世間話に花を咲かせ、終わった頃には日が暮れそうな時間になっていた。アランはこの大国を収めるファルマン王とここまで長時間個人的に話せることは、実はとてつもなく幸運で恵まれていると実感した。
その後、ロラリアの時と同じようにゴリアテの大移動が始まった。王都でも同じように待機場所をどこにするかは難しい問題だったが、王直々の命令ということを周知させるために、発展の塔の入り口横で決まった。
一歩歩くたびに振動で王都の大地を揺らす。それに対して何事かと思いゴリアテを見に来る人が増えるという流れはロラリアと同じであったが、王都の人々はそれに比べて比較的落ち着いていた。
ゴリアテの移動が終わる頃には、アランはびっしょりと全身に汗をかいていた。以前にもこんなことがあったとデジャブを感じながらも、ゴリアテにくれぐれもこの場を動くなと厳命し、宿泊先の部屋へたどり着くと、泥のように眠りについた。




