第52話
翌日、会議室にてゴリアテに関する緊急会議が行われた。まずアランからユーラや総司令官に聞かせたのと同じ内容を、軍や街の上層部、出席している腕の立つ冒険者に説明した。
そのあまりにも突飛な内容に出席者達の反応こそ様々であったが、一貫して気になっていた事はなぜゴリアテとアランの関係であった。
一同が最も関心を抱いているのは、以前ゴルサノダンジョンで報告があった突如出現したゴーレムとゴリアテの特徴が酷似している事だった。
もちろんあの事件の時からゴリアテと繋がっていて騒動を起こしたとは誰も考えてはいなかったが、今現在このゴリアテとアランとの繋がりは大いに気になるところであった。
「アラン、ダンジョンでゴリアテと遭遇した時、お前は敵対していたという事で間違いないな?」
「はい。手を貸してくれた冒険者と一緒に、命をかけて戦いました」
ノークの問いかけに対して予想通りの答えをアランは返したが、その事でより一同の疑問は深まった。
「アランに語りかけてくる声の主は一体何者なんでしょう......ゴルサノダンジョンの件だけで見れば、明らかに我々にとって害をなす存在です」
総司令官の疑問に対してはこの場にいた一同も納得の表情をしていた。そこにノークが付け加える。
「見方を変えれば、声の主はアランと敵対する可能性は低い。そして声の主の望みはアランに使命を果たしてもらう事。今はその使命とやらが何かはわかりませんが、我々がそれに協力するのであれば、向こうも下手な真似は仕掛けてこないのではないかと」
その時会議室の端の方にいる、ロラリアの文官が声を上げた。
「アラン殿、その使命が一体何なのか分からないのですか?」
「今の所、手掛かりすらも教えてもらっていません。ただ王国の方針に真っ向から対峙するようなことではないんじゃないかと俺は思います。そうでなければゴリアテを僕に寄越さないと思うので」
アランはそう言った後、軽く咳払いして続けた。
「それに、声の主はゴリアテを好きに使えと言っていました。そしてこいつを使って俺の力量を試してきました。恐らくこいつは俺を冒険者として鍛えるために授けられたのかもしれません。後1つだけ確かなことがあります。今まであいつが嘘をついた事はありません」
一同が沈黙する。各自各々で頭を悩ませているようだった。そしてわずかな間ののち、ノークが口を開く。
「その天の声様が好きに使えと仰っているんだから、素直にそうさせてもらおうじゃねえか。なあアラン? 」
「ノークさん、何を考えてるんですか? 」
「そのままの意味だ。自由に使わせてもらうんだよ。こっちの戦力としてな」
ノークの提案に会議室全体がどよめいた。
「ノークさん、それであいつが怒ったらどうするんですか? 」
「そこは大丈夫だろう。そのゴリアテだっけか? そいつは自分の意志を持ってるんだろ?だったらあちらさんにとって不都合な事は断ってくるはずだ」
「それは、確かにそうかもしれませんが......」
ノークの提案が決め手となり、ゴリアテはアランの直属の部下という形で、王国の冒険者部隊に所属することとなった。
もっとも軍の上層部の人間はゴリアテの存在を完全に信用できた訳ではないので、アランがそばにいないときは常に衛兵が最低4人は付いて監視することに決まった。
そしてゴリアテの扱いに関してはアランに一任されることになった。こんな強力な兵器を一冒険者に預けて大丈夫なのかという声も聞かれたが、ノークとマンセルが上層部に必死に説得した末、了承を取ることができた。
そしてアラン達が遺跡からロラリアへ帰還してから3日後、夜明けの民一同と街から少し離れたところにある平原で話し合いが行われていた。
「さて、俺たちに強力無比な戦力が加わったわけだが、こいつの運用に関して各自何か良い案はあるか? 」
しばらく沈黙が続いていたが、このままではらちがあかないといった様子でマンセルが渋々発言した。
「アランの下僕だ。アランが使えばいい」
「そうだね、それがいいよ。アランはこいつをどうしたいんだい?」
コスモも同調しアランに問いかけた。それに対して、手を組み地面をじっと見つめながら考え込み、少ししたとき。
「......そうですね、こいつは前に俺が戦った時にコテンパンにされたほど強いやつです。なので、このゴリアテを使って戦闘の訓練をしようかなと今思いつきました」
「ほう、さすが訓練好きのアランの考えそうなことだ。それにしてもそんなに強いのか......。それじゃあちょっと手合わせさせてもらおう」
ノークの突然の提案にアランが仰天した。
「ちょっとノークさん、本気ですか!?」
「あたりめえだ。やりあってみねえと分からねえだろうが。とはいえ流石に殺されるのは勘弁だから、そこんとこそいつに伝えとけよ」
「はい......」
アランはゴリアテにノークと戦闘訓練を行うように念じた。そして承知した旨の返事が脳内に返ってくる。
「よし、いっちょやろうじゃねえか。その実力どんだけのもんか見せてもらうぜ」
ゴリアテがアランの命令に従いゆっくりと前に出る。それを見た一同が戦闘の邪魔にならないように、2人から距離を取った。ノークもゴリアテと30歩くらいの距離で対峙する。
先に仕掛けたのはノークだった。一気に距離を詰め、鞘から引き抜いていた両手剣をゴリアテへ向け振り切る。それを体を逸らすだけで回避したゴリアテが、今度は鞭のような右手でノークを攻撃した。
「確かに、コイツはやべえな......」
ノークが呟き、ギアを一段階上げる。今までよりも数段キレのある動きでゴリアテへ切り込んでいく。それをゴリアテは先ほどと同じように体さばきだけで回避していたが、ノークの一閃を交わした時に瞬間移動し真後ろに転移した。
「ちっ、アランが言っていたのはこの能力か」
突如転移し上からの薙ぎ払いの攻撃にもノークは動じず、剣でゴリアテの攻撃を弾き、受け流す。そして一気に15歩ほど距離を取ったが、すぐにゴリアテも転移し左手で地面すれすれをなぎ払った。
それを跳んで回避したノークだが、逃げても転移ですぐに距離を詰められる、だから無駄だと頭を切り替えこちらから攻めていくことにした。
剣を握る手に程よく力を込め、ゴリアテを注視する。そして再度勢いをつけ切り込んでいく。ノークが正面から戦いを挑んだことに応えるように、ゴリアテも転移はせず両手で剣を受け止めた。鍔迫り合いとなり膠着状態が続くかと思われたが、ゴリアテの馬鹿力にノークが押され始めた。
「なんだコイツは、正面から責めても半端ねえやつだな......」
このままでは押し切られると判断し、剣を引き距離を取る。ゴリアテは追撃せずノークをじっと見つめていた。アランからあくまでも訓練と念を押されていたため、止めを刺すスキがあってもそれを今までせずにいる。
一方ノークは、実際に戦って分かったゴリアテの強さに驚いていた。おそらく自分のパーティーの中で、コイツを倒せるものはいないのではないか、マンセルでさえも......。そう判断せざる負えないほど戦闘力の差は圧倒的だった。
ノークの心の糸がプツンと切れた。剣を収め、両手を上げる。
「俺の負けだ」
しばらくの間、誰1人として声を上げない。王国を始め大陸で知らぬ者の居ないパーティー、夜明けの民のリーダーがここまで圧倒的にねじ伏せられるとは思いもしなかった。
そんな中アランがゆっくりとノークへと近づいていく。
「ノークさん、大丈夫ですか?」
話しかけられたノークは、顔をアランに向ける。意外だった、ノークは笑っていた。
「やっぱ世界は広いぜ、なあアラン」
「え?」
「これでうちらにも大きな戦力が加わったわけだ。アラン、お前はほんとにツイてるな」
その後一同はロラリアに戻り、ノークとの戦いでその強さを見せつけたゴリアテの運用について上層部と話し合った。アランの提案であった自身を鍛えるための訓練相手としての運用は一部の面で認められたものの、これほどの戦闘力の持ち主を訓練だけに使うというのは論外であったため、主な運用は王国軍の中でアランと共に行動することとなった。
そして現状連邦が新たな動きを見せていない、その兆候も今の所見られない状況の中、王国から直々の命令が下された。
【軍を一部解散、冒険者部隊は解散とする】
「この命令ってこの前決めた事と矛盾しない?」
「つまりだな、私たちだけはこれからもロラリア軍と共に行動するという事だ」
ロラリア内に設けられた高級宿の一室内でアランとユーラが今後について話し合っていた。
「俺はともかく、なんでユーラまで一緒なんだろう」
「それは......アランと私の関係が影響してるからだろ」
そう言ってわずかに頬を赤らめた。アランがそれを見てしばらく経ってからその意味が分かり、照れを浮かべた。
「やっぱり俺たちのことって知れ渡ってるの?」
「当然だろ?縁談も色々来ていた中で、アランが私をさらっていったのだから。国中の貴族で知らない者はいないぞ?」
「さらったって......誘拐みたいに言わないでよ」
アランが座っているベッドの隣に腰を下ろし、静かに右手の上に自分の手を添えた。
「プロポーズしてくれた時、ほんと嬉しかったんだ」
「そう言ってもらえて良かった。俺もあの時言わなかったら後悔すると思ったからさ。それにこういうことはできれば男の方から言うべきだろ?」
「アランも逞しくなってきたな。でも無理はするなよ。自然体のお前が好きだ」
そう言って静かに胸に頭を預けた。アランは優しく抱きしめながら、こう言う何気ない日常がかけがえのないものだということを強く実感した。
その翌日全体の行動方針が決まった。ロラリア駐留軍は2つに分割され、1団は引き続き駐留し、もう1団は一度王国の首都ノルドベルガへと戻ることになった。アラン達は帰還組に割り当てられた。これには魔道車のことでシンが国王に対し、アランを一度呼び戻せないかと相談したことも影響していた。
さほど長い時が経ったわけではないが、魔道車のことも含めノルドベルガにはまた寄りたいと思っていたので、気分上々で旅の支度を準備した。 こうしてアラン一行は再び王国へと帰還する。




